第117話:カオスな昼休み
とある日の昼休み。今日は珍しく塚本が部活の用事ということもあって、最近昼を一緒に取るようになった紗枝と寺島の三人でのお昼となった。
俺はいつも通りお弁当を片手に、4人で一緒に食べている特別校舎の屋上前に行こうとしたのだが、紗枝が塚本がいないのにわざわざ場所を移動する必要はないんじゃないかと提案をした。
確かに移動することが手間といえば手間なので、まあいいかという軽い気持ちでその提案を受け入れたのだが、それが結局のところ悪手だったと思う。
この時俺は、紗枝の反対を押し切ってでもいつもの場所に逃げ、静かな昼食をとるべきだったのだ。
「日角さん近くない?」
「そう。友達ならこれくらい普通じゃないかな~? あさみんだって寺氏とは距離感近いし」
「私と寺氏は女の子同士だからいいの!」
「お二人とも、食事中なんですからもう少し静かにした方が……でも日角さんが近いのは同意です」
「え~? 瀬川っちの方が近くない? 目の前じゃん。相馬と同じ机使ってるし」
「そっ! そんなことはないですよ!?」
「まあまあ、どちらにしろお二方は近いですよ」
「新嶋さんはちょっと黙っててもらっていいですか!?」
「瀬川さん、私に当たりが強くなりましたよね……」
そうすれば、こんなカオスな状況の真ん中に放り込まれることはなかった。
ことの経緯は先ほどの通りなのだが、そこになぜか幸恵と日角と新嶋さんの三人を加えて、一緒にご飯を取ることになったのだ。ちなみに席の振り分けは俺の前の席に幸恵、斜め前に新嶋さん、隣が言わずもがなで日角、斜め後ろが寺島、後ろは当たり前に紗枝、そして左側は壁だ。
日角は普段は離れている机を俺の方に寄せ、前に座る幸恵は俺の机にお弁当を置いている。後ろの紗枝は少しだけ机を前に押しているので、実はかなり狭い状態になっている。
なので俺は現在、女子6人に囲まれるという男子ならば夢見るようなシチュエーションになっている。しかし正直な話、俺にとってはあまり居心地のいいものではない。なんせ学年の中でも美人な紗枝、日角がいて、そこにクラスの中でも目を引く可愛さを持っている幸恵が加わっているのだ。注目度が半端じゃない。さっきから男子たちが羨望の眼差しで……いや、人を殺しそうな視線で俺を見ている。
いままでこのメンバーで一緒にいるところが、クラス内ではあまりなかったから忘れていたが、ここにいる女性陣のほとんどは人気者だ。寺島だって紗枝や日角の影に隠れているが、男子の人気は高い。唯一普通なのは、新嶋さんくらいか。
失礼にもほどがあるけど、新嶋さんがまともに見える。いや、普通だからまともなのか……めっちゃ悪口じゃんこれ、ごめんなさい。
とまあ、そんな状況なのでぶっちゃけ胃が痛い。けれど女性陣はその周囲の様子を気にもとめていないようで、先ほどから軽快な会話を繰り広げていた。
俺はグループの中央にいるはずなのに完全に蚊帳の外。先ほどから隣の日角と距離を取りつつ、全体を見渡せるように横を向いてご飯を食べ進め、ただ女性陣の会話を聞いているだけだった。
ただ日角が……何かわからないんだけど。紗枝と幸恵との相性があまりよくなさそうなんだよな。仲が悪いってほどじゃないと思うんだが、さっきから見てると日角の距離感について論争になってるんだよな。確かに最近は結構近いけど、結局は俺が少し距離を取るから問題はないんだけど。
一通り話に決着がついたところで、幸恵が「あっ」と声を漏らす。
「そうだ優くん、卵焼き食べますか? 今日は出汁で作ってきたんです」
「おっ」
出汁ってことは、俺の好みの味付けか。
そういえば、夏休みが終わってからは幸恵のお弁当を食べることがなくなったからな。あの時は勉強のお礼にって受け取ってたから、それは仕方ないことなんだけど、かなり美味しかったから残念でもあったんだよな。
その時のことを思い出し、口の中が卵焼きを欲し始める。しかし周囲の視線に一瞬箸が止まる。
「どうかしました?」
「えっ、いや……」
ただ久しぶりに幸恵の卵焼きを食べたい。すまない男子諸君。俺は欲望にはあらがえないようだ。
「いただきます」
「どうぞ」
失礼して幸恵のお弁当から卵焼きを一個拝借する。男子諸君の悲痛な表情を極力無視しながら、卵焼きを一口。しっかりと出汁がしみていて、ほどよくしょっぱく、米が進む味わいだ。
久しぶりに食べるとうめ~。
「お口にあいましたか?」
「うん。やっぱり幸恵は料理が上手だよな」
「お粗末様です」
そんなほほえましいやり取りをしていると、「優!」と紗枝もなぜか俺にお弁当箱を差し出し、「ハンバーグ食べない!?」と進めてくる。
「えっ? いいのか?」
ハンバーグは好きだからすごく嬉しいんだけど、メイン級のおかずを食べさせてもらっていいのだろうか?
「いいからいいから。私ちょっとお腹もいっぱいになってきてるし、だったら他の人に食べてもらったほうがいいし」
「えっ、まあ……そういうなら」
彼女はまくし立てるようにそう言ったが、せっかくのご厚意ということもあり半分に切ってあるハンバーグを一つもらう。ここまできてしまったら、男子諸君の目線などもう無視だ。いけるところまで行ってしまえ。
冷めてしまっているが、それでも重厚な肉のうま味が口いっぱいに広がり、米が欲しくなる。
「美味しい?」
心配そうに聞いてくる紗枝に「めっちゃうまい」と一言伝えて米を掻っ込む。やっぱり肉には米だよな。
「まっ、私が作ったんだから不味いはずがないんだけどね」
そしてなぜか偉ぶる。でも紗枝が料理上手なのはキャンプや調理実習などで実証されているので、いまさら驚きはしない。
ハンバーグを堪能していると、今度は幸恵が「優くん!」と唐突に呼びかける。
「んっ? どうかした幸恵?」
「からあげとかもありますよ?」
「えっ、いやさすがにそれは……」
断ろうと思ったが、かぶせるように紗枝が「優!」と呼びかけた。
「煮物好き? 今日のは結構自信作でね」
「うん。好きだけさ、あの……」
何? これどういう状況。
よくわからないが、なぜか紗枝と幸恵が矢継ぎ早に自分のおかずをお勧めしてくる。状況を理解できず斜め後ろで静観している寺島にヘルプを求めたが、なぜかジッと見つめるだけで動こうとしてくれない。ならば新嶋さん、と思って視線を向けたが、憐みの表情で俺を見つめ首を横に振った。
見放したなこいつ!
「相馬」
いや今度は何よ!?
突然呼びかけた日角の方を向いた瞬間、つぶつぶした感触の何かを唇に押し付けられた。目線を下に向けてよくよく観察してみるとそれがイチゴだということがわかる。
なんでこれを押し付けられているのか全く理解できなかったが、もはや口に入れる以外の選択肢がなく、彼女の手に触れないように歯でイチゴを受け取ってそのまま上体を後ろにそらした。
先ほどまでのおかずの味を全て上書きするような甘酸っぱい味わいに、口の中がすっきりする。
「何、急に?」
意味わからない行動をする日角に尋ねたら、「ビタミンも取った方がいいと思って」と斜め上の回答が返ってくる。
「まだあるから食べていいよ。あさみんも瀬川っちも、食べる?」
タッパーに入っているヘタがとれたイチゴを見せる日角。本当に何をしているのは全く理解できないが、その訳のわからなさに逆に押し切られてしまい、いつの間にか二人の争いは収まっていた。
「ありがとう……」
「いただきます……」
二人も手を伸ばしてイチゴを食べる。
どうやら落ち着いてくれたようで、俺はホッと胸をなでおろす。
しかし結局、なんで二人はあそこまで躍起になっていたのだろうか。
……謎だな。
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