第118話(サイドt):4月とか5月に誕生日の人って学校で祝われること少ないよね
珍しく塚本誠治がいないからと教室で相馬を交えて一緒にお昼を食べているのだが、こいつがいて教室で食べてるとなれば自然と周りが寄ってくるもので、結果的に教室の一角はカオスな空間に早変わりだ。
何に対抗意識を持ったのか、紗枝と幸恵はお弁当のおかずの出来の良さを相馬にアピールしてるし、瑠衣は瑠衣でちゃっかり一人だけ手渡しで食べさせてあげてるし、佳代は困った風な顔を見せて内心楽しんでるだろうし……。
もうちょっと静かに飯食えよ。
目の前で繰り広げられるイチャイチャ空間にため息が零れそうになるのをグッとこらえ、私は黙々とお弁当を食べ進めるのだった。
一度、相馬からヘルプの視線を感じ取ったがそんなものは無視。勝手にやってくれてどうぞ~って感じなので、この空間において私は置物であると認識してほしいものだ。
しかし瑠衣はともかく、幸恵もかなり積極的になってきたな。もしかしたらそこまで深く考えてはいないのかもしれないけど、本当に自然な流れでおかずを相馬に提供してたし、なんだったら相馬も若干嬉しそうだったしね。
実は関係性で一番進んでいるのは幸恵なんじゃないかって、時々思ってしまう。バランスがいいんだよな、この二人は。
だとしても私は、紗枝のことを応援しようと思ってるけど。
ひとしきり騒動が落ち着いて、ようやくゆっくり食事がとれるといったころ。今まで私と同じで状況を静観していた佳代が、突然「そういえば、相馬さんって誕生日いつなんですか?」と話題を振ってきた。
これには女性陣たちも一瞬、手を止めた。
「もうとっくに過ぎてるよ」
「「「えっ」」」
無常にも突きつけられた現実に、紗枝と幸恵よ瑠衣は仲良く声を揃えた。
「そうだったんですか?」
幸恵の問いかけに相馬は頷き「うん。俺、誕生日4月なんだ。4月21日」と答えが返ってきた。
……そりゃあ誰もお祝いせんわ。
学校にはよくあることだが、新年度などでクラス替えや新しい学校へ入学など環境に変化が生じる4月の時期は、まだクラス内での友達との関係性も深くなく、誕生日などのちょっと攻め込んだ話題はなかなか会話に上がってこない。なので4月生まれやギリギリ5月生まれの人なんかも、クラスメイトに祝われることなく一年が過ぎることがざらにあるのだ。
そこに共感したのか、佳代が「あ~わかります~。まだ仲良くない時期とかだと、誕生日の話題にはなりませんもんね」と言った。
「もしかして、新嶋さんも4月なんですか?」と幸恵が興味深げに尋ねたが、佳代は「いや、6月です」と首を横に振る。
6月でわかるとか、正直ギリギリな線だと思うが。
ちなみに言えば私は5月生まれなので、祝われたことはあまりない。そもそも誰かに誕生日を伝えるってこともあまりないしね。
あれ? でもそういえば……。
「紗枝、9月だよね?」
「ん? あ~、誕生日?」
「そうそう」
一応、私は個人的にお祝いはさせてもらったのだが、今更ながら紗枝の口から相馬にお祝いされたなどの惚気話を聞いていない。もしかしなくてもこいつ……言ってないんじゃないか?
「えっ、そうだったのか?」
案の定、相馬が少し焦ったように食いついた。
「うん。9月7日」
「あ~……そうだったのか」
「えっ? なに、どうしたの急に」
意外なほどに落ち込んでいる相馬に、さすがに変に思ったのか紗枝が聞き返す。
「いやまあ、お礼ってわけじゃなかったんだけど、手伝ってもらっただろ色々」
「ああ、お姉さんのこと」
「そうそう。だから、さすがにお祝いしてあげないとな~と、思っていたり」
ああ、なるほど。相馬なりの感謝の気持ちってやつか。でもそれ、今この場で言ってよかったのか。
もちろん紗枝は見るからに嬉しそうだが、目の前の瑠衣が無言で相馬に圧力をかけているのが怖い。それと幸恵もちょっとシュンとしっちゃってるし。飼い主とはぐれた子犬みたいになってるから。仲間外れにされたのが、きっと悲しいんだろうな。
「でしたら、今からでも遅くはないのでは?」
そう提案したのは佳代だった。
「ちなみに、他に誕生日近いよって人います?」
そう聞いたとき、手を挙げたのは幸恵だった。
「私、明後日です」
「なんで言わなかったんですか!」
「きっ、聞かれなかったので!」
さらっと重要なことを明かした幸恵に、さすがの佳代も取り乱した。まあ、こういうところがあるから幸恵が幸恵たるゆえんなんだろうけど。
「だったら、その日に瀬川っちとあさみんの誕生日会しない? 学校終わった後にでもさ」
瑠衣の提案に、幸恵は「いいんですか!?」と目を輝かせる。紗枝もどことなくそわそわしているところを見ると、普通に嬉しいのだろう。
しかしそうなると、誕生日プレゼント探しに行かないとな。紗枝はいいとしても、幸恵に何がいいだろう。
そう考えたときに、急に電気がついたようにパッと名案が閃いた。
何も一人で行く必要はない。ここは相馬を引きずって、一番嬉しいであろうプレゼントを選ばせるというのも手か? 相馬は紗枝にお礼がしたいみたいだし、買い物を影からサポートする形なら、色々と口出しができる。今日は部活にでるつもりだったからバイトは休みだし、行こうと思えば行けるのか。
「そうと決まれば、二人抜きで誕生日プレゼントでも探しにいきますか」
私がその思考に至ったのとほぼ同時に、瑠衣がそう提案した。ここでの二人というのはおそらくは紗枝と幸恵のことだろう。
こいつ、もしかして途中からそのつもりになってたのか?
もしかしたら瑠衣も私と同じで、今日は部活にでるつもりはないのかもしれない。というのも、私と瑠衣が組んでいるバンドのメンバー他二人が、今日に限って用事があるから部活にこないのだ。だからセッションはできないし、行ったところでやることもあまりない。
瑠衣はそれがわかっていたから、相馬と一緒に買い物に行くために話を誘導していた可能性がある。
疑惑の目を瑠衣に向けるも、彼女はいつものような綺麗な笑みを浮かべるばかりで、まったく返事をしてくれなかった。
正直、瑠衣の策略に乗るようで癪だが、ここは一緒に選べるという大義名分を得るために乗るべきだろう。
「そうね。事前に内容がわかってるんじゃ、つまらないだろうし」
「反応にも困りますしね。相馬さんもそれで大丈夫ですか?」
「おう。むしろ女子の好みが聞けてすごく助かる」
この状況について楽観ししている相馬は、本当に頭がお花畑だな。いや……ただ鈍いだけか。
「む~。ずるいですけど、プレゼントを選んでもらう立場の人間なので何も言えないですね」
「まあ、こればかりは仕方ないよ幸恵」
不満そうに口をとがらせる幸恵に、意外にも物分かりのよい紗枝。
「変なの選んできたら許さないからね、優」
「善処します」
軽口を叩いて笑って見せるが、チラリと私のを方を見た。その目配せの意味を理解して、まあ安心しなさいと心の中で返事をする。
とりあえず瑠衣には指一本手出しさせないくらいの気持ちでいこう。買い物中も、絶対に目は離さない。
そんなこんなで、明後日10月23日の幸恵の誕生日のために、私たちは放課後にプレゼントを買いに行くことになったのだった。
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