第123話:何もない休日

 近頃、文化祭やバイトなどもろもろで、現況する時間がめっきり減ってきてしまった。本当だったら隙間時間とかで勉強しておきたかったんだが、それすらもできないほど心身共に疲れ果てていて、基本的に家に帰っては風呂入って飯食って寝る、という……社会人にありそうな、社畜みたいな生活をしている。

 これも自分が選んだ選択なので文句を言うつもりはないが、たまにはゆっくりと体を休めたいし、大学受験に向けて勉強も進めておきたい。


 なので何もない休日というのは非常に貴重で、今日だけは誰にも邪魔されずに勉強がしたい。


 昼の1時過ぎ。軽く昼食を終えた俺は自室の机に向かい、小論文の対策用に買った本に目を通す。

 俺の志望校では小論文が条件に入っているので、今のうちからしっかりと基礎を叩きあげておかないと、書けるものも書けないだろう。


 特に俺は、文系科目がわりかし苦手だからな。


 5教科の成績で言えば、一番点数がいいのが数学で、それ以外はほぼ横ばい。けれど国語だけは、一歩引けを取るといったところだろう。

 古文や漢文は多少増しになってきたと思うが、現代文はいまだに難しい。特に読解が顕著で、錯読法などの方法を試したりしながら、なんとか他の教科に食らいついている状態だ。


 筆者の感情とか……昔からあれはよくわからないんだよな。


 だからというわけではないが、作文というも得意ではなかった。そもそも幼少期に本をあまり読まない人間だったから、そのせいもあってか文章を作る、文章を読み解くというスキルが欠如しているのかもしれない。

 そんな俺にとって、小論文はまさに壁と呼べるべき難題なのだ。


 1ページずつしっかりと読み込み進めていくが、なんとなく理解しているだけで身についているような感覚はない。これは実践を踏まえてやっていかないと、いけないな。


 そう頭を悩ませていると、机に置いていたスマホがバイブで振動する。通知欄に表示されていたのは、紗枝の名前だった。


 紗枝……。


 一瞬、内容だけでも確認した方がいいかなとも思ったが、今日は勉強に力を入れたいと思っていたので、変に絡まれても面倒だったので無視することに。しかし俺のそんな考えを見透かしたかのように、連続でスマホが揺れる。メッセージを連投したのだろう。


「うるさい」


 サッと対応してサッと終わらせようと思って中身を確認すると、道端に寝転ぶ猫の画像が大量に送られてきていた。


 えっ、可愛いんだが。


 予想に反したものに戸惑いはあったが、それよりも小動物特有のかわいさに、もうそんなことはどうでもよかった。


『ちょっかいかけたらなつかれた! めっちゃかわいい!』

「相変わらず動物に好かれるなあいつ……」


 もし自分が猫にちょっかいをかけようものなら、きっと尻尾が立ち威嚇の構えを取られ、最終的には引っ掛かれかねない。


『確かに可愛い』

『人慣れしてるし、家猫かな?』

『首輪は付いてないけど、どうなんだろうな?』

『あ』

「……あ?」


 なぞの短文が送られた。


『どうかしたか?』


 いつもだったら付く既読が、一向につく気配がない。何かあったのかと少し不安に思ったが、5分後に一本の動画が送られてきた。


「ん?」


 開いてみると、それは先ほどの猫を撮った動画だった。


『よしよ~し……かわいい~』


 撮っている紗枝が手を差し伸べると、猫は何の警戒心もなくその手にすり寄り、顔をこすりつけている。


『優さん見てますか~』


 動画内で呼びかけられ、素直に「見えてますよ~」とつぶやく。


 にしても本当に可愛いなこの猫。俺も触りたい。


 動物に好かれた経験がない俺にとって、触るという行為は未知の領域なのだ。それを当たり前のようにやっている紗枝が本当に羨ましい。


 2分少々の動画を見終わると、紗枝からメッセージが来ていることに気づく。


『癒しすぎる』


 心の底から同意できるその言葉に『まったくもってその通りだ』と送り、もう一度動画を視聴した。

 十分に猫パワーを吸収すると、また紗枝からメッセージが来ていることを確認する。


『今後、猫カフェに行こう』

「いや……それは無理なんじゃないか?」


 行ってみたい気持ちはなくはないが、俺の体質を考えるとむしろ猫の方がかわいそうに思えてしまう。ただ前に紗枝と二人で行ったドッグランのこともあるから、根気強く関わっていけば、もしかしたら近寄ってくれるくらいまでは、いけるかもしれないと希望を持ってしまう。


『行ってみるか』

『じゃあ、明日学校で予定決めよ!』

『はいよ』


 そんな他愛もない約束をして、スマホをいったん閉じる。そして机に置かれた本を見て、「よし! やるか!」と改めて気合を入れなおした。

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