第124話:まさか来るとは思ってない

 日曜日の午後。今日は本当だったら幸恵と二人で学校で勉強会を開く予定だった。だが昨日の夜に突然店長から連絡が入り、シフトに入るはずだった人が風邪を引いたため、代わりに俺に出てほしいとのことだった。

 最初は断ろうとも思ったが、店長には文化祭実行委員の仕事の関係で、今かなりシフトを融通してもらっている。その恩義もあるので、無下にはできなかった。

 その後さっそく、幸恵に電話した。彼女には申し訳ないと思いながらも、行けなくなったことを正直に伝えた。彼女は「それは仕方ありませんよ。私は私で勉強を進めておきます!」と気遣ってくれて、その優しさに感謝しつつも、やっぱり申し訳ないと思ってしまう自分がいた。


 夕方からだったらまだよかったんだけどな~。


 代わりに入る時間は昼から夕方なので、ちょうど勉強会のタイミングにかち合ってしまう。俺のせいではないとわかっていても、限られた時間を有効に使えないのは痛い。体育祭、文化祭が終わればすぐに期末テストだ。時間は思っているよりも少ないのだ。

 特に今回の期末では5教科平均点を目標にしているので、家庭教師として幸恵にはぜひとも頑張ってほしいのだ。なのでたった一回とはいえ、見てあげれないのが悔しい。


 そんな苦い気持ちを抱えたままバイト先に出向いた。いつものように自転車をこいで、いつものように「お疲れ様で~す」と店のドアを開ける。しかし入った瞬間に、俺が度肝を抜かされた。


「はっ?」


 なぜかいるのだ、幸恵が。


 彼女は素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいて、俺の顔を見るなり「優くん。お疲れ様です」と笑顔を向けた。逆に俺は困惑のまま「どうしたの?」と疑問を投げかける。


「店長さんにお礼をと思って。ほら、お祝いをしてくれようとしてたので」

「ああ……そういうこと」


 確かにこの間の紗枝と幸恵の誕生日の時に、店長のケーキを持ってこようとしたけど、学校の冷蔵庫が使えないために断念した。その話をしたら二人は「顔をださないとね」と言っていたので、律儀にそれを守りにきたのだろう。


「紗枝ちゃんにも連絡はしたんですけど都合が悪いようで、すごく来たがってたんですけど……。なので、私だけ先に来ちゃいました」

「来ちゃいましたって……」


 相変わらずの行動力だな。


「それに、思わぬ形で時間ができましたし」

「それについては何も言えないですね……」

「優くんが謝ることじゃないですよ。こういうこともあります」

「うん。埋め合わせは今度するから」

「本当ですか! じゃあ、あの……期待してます」


 一緒に勉強をするだけなんだが、幸恵はすごく嬉しそうにしていた。それだけ幸恵も勉強の大切さを理解したんだろう。一学期まではあんなに勉強が嫌いだと言っていたのに、成長したな~。


「おう、相馬」

「あっ、店長」


 厨房の奥から出てきた店長は、申し訳なさそうに首の裏を掻き「すまねぇな。嬢ちゃんから事情は聴いたよ」と苦笑いする。


「デートの邪魔して悪かったな」

「えっ!?」

「デートですか!?」


 話を聞いたというのに、何をどうしたらそういう結論が出てくるんだ。


「高校生の勉強会なんて、実質デートみたいなもんだろう。二人っきりの空間、重なり合う視線、そして二人はってか。いや~、お前もすみにはおけないねぇ~」


 けだるそうにおっさんが妄想全開で訳のわからないことを言っている。確かに勉強会は二人っきりだが、そんな甘々な空気にはならないし幸恵も真剣に勉強してるんだ。そういう邪な気持ちは持ち込んでいいものじゃない。


「幸恵は真面目に勉強してるんです。変なこと言わないでください」

「相馬くんおこ? 怒ったなら謝るよ、ごめんなさい……」

「謝るなら、まあいいですよ」


 店長も悪気があったわけじゃないだろう。


「幸恵、ごめんね。この人の言うことは無視していいから」

「えっ!? あっ、はい! 気にしてないので……あはは」


 なぜか焦ったように苦笑いを浮かべる幸恵。どうしたんだ?


「……とりあえず、着替えてきます」


 彼女の様子は少し気になったが、まずは仕事だろう。店長にそれだけ伝えて、俺は厨房の奥へと向かった。


 ~~~


 店長さんに悪気がないのはわかってるんですけど、はっきりとそう口にされてしまうと、私としても恥ずかしい。


 優くんが奥に入るのを見届けてから、私はコーヒーを一口飲み、気持ちを落ち着かせようとしていた。

 思わぬ方向から爆弾を投げつけられれば、誰だって焦りもする。私だってそうだ。


「ふぅ……」


 息を吐いて、冷静さを保つ。ただそれでも、頬がにやけてしまうのは許してほしい。


 デート……ほかの人には、そう見えるんでしょうか?


 いままで考えたこともなかった。私は勉強を教えてもらっているだけなんだけど、見方によっては確かにそう見えないこともない。

 私も普段は、彼の目を盗んでその顔を見ている時がある。目が合ったらどうしよう? こっちを見ないで欲しいな。そう思いながらも、心の底では見てほしいと願ってしまう。

 勉強を教えてもらっている手前、いけない感情だと思っているけど、それでも抑えられない気持ちがある。それに二人っきりだから、余計に欲張ってしまうのだろう。


 今日だって、紗枝ちゃんに連絡などせず、一人で来てしまおうかと思った。ただそれは私の良心が許さなかったので、ちゃんと連絡だけはした。紗枝ちゃん約束したし、紗枝ちゃんのことは好きだから、裏切るようなことはしたくない。

 ただ結果として一人で来ることになって、本当はすごく嬉しい。でもそう思っちゃう自分のことが、ほんの少しだけ嫌な女になったな……と、思ってしまうのだ。

 けど私は、今の自分のことはわりと好きだ。だから嫌な女だと思っても、この感情に嘘なんてつかない。


 だって私は、優くんのことが好きなのだから。


 エプロン姿で戻ってきた彼を見つめ、私は胸を高鳴らせた。

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