第122話:新鮮な感覚
体育祭、文化祭と行事ごとが近づいてくると、それに伴って授業のペースは少しだけだが遅くなる。特に体育時間なんかは、体育祭に向けた練習に割り当てられることもしばしばある。
といってもやることはあまりなく、学年種目である大縄跳びぐらいしか練習することがない。
今もクラスの体育祭実行委員の指示の元、大縄跳びの準備をしている。
「とりあえず真ん中は身長が大きくなるようにして~。間隔開けて2列に並んで~」
縄の真ん中付近は必然的に男子が集中し、左右の端の方は女子が固まっている。俺はクラスの中でも小さすぎず大きすぎない丁度いい身長なので、真ん中よりも少し端寄り。ちなみに目の前には、なぜか紗枝がいる。
紗枝は女子の中でも身長が高い方なので、真ん中の方に回されたのだろう。
秋も深まってきて寒くなったからか、紗枝はしっかりとジャージを上下に着て、上着のジッパーを首まで上げている。夏のころはポニーテールが印象的だったが、今はおさげにして、肩の前に垂らしている。
俺も大縄跳びをやるということで下のジャージは穿いているが、上は普通にTシャツ。やっぱり男子と女子とでは寒さの感じ方が違うのだろう、周りを見ても男子はジャージを着ていない人の方が多い、一方の女子は一部を除いて完全防備だ。
「優、寒くないの? 上着ないで」
見てる方が寒そうと言いたげな紗枝は、眉を寄せて俺を見る。
「思ってるほど寒くはない。それにこれから動くから、これぐらいが丁度いいんじゃないか」
「さすが男子。私は寒くて仕方がない」
「ジャージ着てるじゃねぇかよ」
「それでも寒いものは寒いんだよ」
この季節で寒いと言っていたら、12月とか1月にはどうなっているんだろうか。わからないけれど、冬場の女子のスカートはかわいそうだな。とはいつも思ってる。あれはさすがに、どうにかしてあげたくなる。
「どーん」
「ぐぅ……なんだよ」
「別に?」
考えているところに、紗枝が急に寄りかかってきた。咄嗟に顔を横にずらして、後頭部が顎に当たらないようにしたはいいが、あまりにも顔に近いせいで、外だというのに甘い匂いが漂ってくる。
「前の方の女子もやってるし」
そういわれて視線を前に移すと、日角が列を離れて寺島に後ろから抱き着いていた。他の女子も身を寄せ合って寒さを凌いでいるように見える。
「ねっ」
「ねっ、ってお前……」
確かにやってる人はいるだろう。しかしそれは女子が女子にやってるのであり、女子が男子にやるようなものではない。そりゃあカップルならその限りじゃないと思うが、残念ながら俺たちは友達であって恋人ではない。明らかに場違いな行為だ。
「見られるだろ」
「普通にしてれば誰も気にしないって。むしろ、おたおたしてる方が目立つよ?」
それは確かにそうなんだが。
紗枝の言っていることはわかる。ただそれよりも問題なのが、彼女との距離があまりにも近いということだ。以前もこれくらい近づく機会はあったが、それは環境というか状況的にそうするしかなかった場面で、今みたいに近づく必要がない場面ではなかった。
ヤバい。いい匂いする。
幸恵は日角といった距離感の近しい女子と絡むことが増えし、紗枝も紗枝でいっつも近いから自分でも慣れてきたかなと思ったけど。現実はそうではない。
結局、こう寄られてしまえば意識はするし。紗枝みたいに可愛い女の子からスキンシップがあるのは、普通に嬉しい。それでもそんな感情を表に出すこともなく、ただただ無難にやり過ごす。仲がいいからこそ、超えてはならないラインというものがあるのだ。
それに、変に意識してるって思われたら、気持ち悪いって思われる可能性もあるしな。
なので俺はズボンのポケットに手を入れて、紗枝には指一本も触れませんと主張する。そして冷静であろうと心を無にして、虚空を見ることにした。
どうせ始まるまでの辛抱だと思っていたが、寄りかかりながらも俺の方を見る紗枝に、かなり心がグラつく。
男子はそういう上目遣いに弱いんだよな~。しかも無駄に顔がいいせいで、視線向けられるだけでもドキッとする。まあ紗枝に限らず、幸恵や日角でも同じことが言えると思うけど。
なるべく彼女のことを視界に捉えないようにするが、端で見えるだけでも十分な破壊力だった。さすがにこれ以上見つめられると心臓が持たないので、「なんだよ?」とぶっきらぼうに尋ねる。
「いや、優が後ろにいるのが珍しいというか。いつもは私は後ろ側だったから」
「それは席の話だろ?」
「でもそう思わない?」
「いや……近すぎてわからん」
「離れるのは寒いから無理」
「お前なぁ……」
ぶっちゃけお前の後頭部は見えるけど、俺の視界のほとんどは紗枝の前の人が占拠している。下を向けばいるのはわかるが、顔が近くなるのでできれば向きたくない。というか普通に恥ずかしい。
しかしそんな理由で彼女は俺を逃がしてはくれないだろう。現に「というか、下向けばいいじゃん」と頭をぐりぐりと押し付けてくる。
さすがにうざったいので「やめろお前」と優しく押しのけてやると、「仕方ないな~」と文句を垂れつつも体を離した。
暖かさと引き換えに少し距離ができたことで、改めて紗枝の後姿を見た。
普段は髪を下ろしているから見ることのない、首の裏に視線が吸い寄せられる。
うなじ……。
ポニーテールの時の大胆に見えるうなじもいいが、おさげの時に見れるちょっとした隙間から覗くうなじも妙な魅力を感じる。髪フェチではないと思うが、これにかんしては目が行ってしまう。
半身になってこちらを向いた紗枝は、俺が寸前まで首の裏を見ていたことに違和感を感じたのか、手のひらでそこを押さえた。
「なんか変?」
「あっ、いや。変じゃないよ」
「そう……?」
どこか納得がいっていない様子だったが、体育祭実行委員の人が「そろそろ始めるよ~!」と号令をかけたので、紗枝は渋々前を向いた。
確かに。これはちょっと新鮮かもな。
こいつが言ったことを理解してしまう自分がいるのは少し癪だが、それでもこの状態はわりかしありなのかもしれないと思った。
ただそれと同時に、きっと紗枝こんな邪な気持ちでは俺を見てないだろうと思い、人知れず自分の気持ち悪さに自己嫌悪した。
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