第38話:最初の連絡ほど勇気のいることはない
夜の十時が過ぎた頃。俺はベットに寝転がり天井を睨みつけながら、頭の中では色々な文言が浮かんでは消えてを繰り返す。
拝啓……いや、片っ苦しい。おっすー……ノリが軽すぎる。ハロー、こんにちは、そういえばさ……あ~、何を俺はこんなに悩んでいるんだ。
寝返りをうち、うつぶせになる。枕に顔を埋めながら溜め息を零し、右手に握られたスマホを顔の横に持ってくる。顔だけスマホに向け、おふざけの自撮り画像が貼られたラインのトーク画面を見つめる。しかしそれは三日前で、それ以降の連絡はない。
相手はもちろん、生意気でなにかにつけて俺にちょっかいをかけてくる構ってちゃん。近頃いろいろあってちょっと関係がギクシャクしてしまったが、なんとか元通りに仲直りができた女の子。浅見紗枝だ。
俺はいまだに彼女に連絡ができていない。
終業式の日。なんとか浅見の連絡先を交換し、夏休みの予定を決めるために連絡すると言ったというのに、俺はいったい何をやっているのだろうか。
普段、あんなに軽快に回る口が、いざ文面になるとこう……気恥ずかしさというか、何を書いていいのかわからないというか、俺いままでどうやって話してたっけ? って考え出したら止まらなくなり、放置してしまったのだ。
だがさすがに何日も放置している訳にもいかない。今日で三日。さすがにこれくらいがタイムリミットだろう。連絡すると言った手前、連絡しない訳にはいかない。
「けどな~……」
自分のコミュニケーション能力の低さを今日ばかりは呪いたかった。
俺は基本的に用がないと連絡ができないタイプなので、特に用がなかったけど連絡した。みたいなことは絶対にできない。むしろ用がないのによく連絡できるよな? 向こうが迷惑だなと思うかなとか思わないのかな? 用が無いのに連絡してくんなよとか思わないのかな? 俺は思っちゃうんだけどな!
だからいままで気軽にメッセージを送る、なんてことがなかった。そのうえ相手が相手だ、文面を作るにも慎重になるのがわかるだろう。
ほら……仲直りしたとはいえ最近までいろいろあったわけだし。終業式の後でもいままで通りって感じでもなかったし。というかそもそも……いまだにあの光景が頭の中に浮かんできて困ってるし。
思い出して、頬を擦る。恥ずかしいくも浅ましいことを考えている自分に嫌気がさす。
「くそ! あれはほっぺだったんだ! 口じゃないんだ! ほっぺのキスなんて外国じゃまあまあ当たり前に行われていることなんだから、あれも挨拶の一部だ! だからなんてことはない! 気にすることもないんだ!」
そう、気にすることはない。けれど思春期の男ゆえ、やっぱり頭の中に過ぎるのは許して欲しい。
「はぁ……」
溜め息が零れた。本当……何してるんだろう。
勝手に自分でテンション上げて、勝手に自分でテンション下げてる。ただの馬鹿だ。
トーク画面を見つめ、指が動かそうとして、画面上にある通話ボタンを押す。
冷静に考えれば、別に文字で連絡する必要もなかった。
体をお越し、スマホを耳に当て、コール音に意識を向ける。三~四回コールがあった後、ピロリン♪ と相手が応答したことを合図する音が流れる。
『……もしもし』
少しだけノイズの混じった浅見の声が、スマホを通して聞こえる。電話なんだから当たり前だが、電話だから彼女の声や息遣いが、ダイレクトに耳に入って来た。
少しむず痒いな。
「もしもし、相馬だけど」
『うん。どした~? 突然電話してきて』
「いや……ちょっとな」
ちょっとなって何だよ。いいから本題に行けよ俺!
「夏休みの予定、決めないといけないだろ?」
『ああ~、そうだね。連絡来てなかったから、どうしたのかな~、とは思ってたよ』
「すまん。それについては謝る」
『……忘れてた訳じゃないよね?』
「違う。むしろ……」
『……むしろ?』
「……なんでもない」
『えっ~、気になるな~』
むしろ考えすぎてて連絡できなかったなんて、口が裂けても言えない。
「なんでもないから本当に気にするな。それより、予定決めちゃおう」
浅見は『ふ~ん』と、どことなく不服そうな声を出すが、話を進めてくれる。
『相馬、比較的空いてるって日はあるの?』
「基本的にはバイトない日は大丈夫っちゃ大丈夫かな。ああでも、時々学校いかないといけないから、その日以外だと助かる」
『学校? 相馬、学校に何しに行くの? 部活やってないよね?』
「ああ。瀬川さんの勉強見てあげる約束してるんだよ。寺島に頼まれてな」
『はっ? えっ? ちょっと待って』
なんだか声色が変わった気がする。
『えっ? 勉強見てあげるの?』
「うん」
『相馬が?』
「うん」
『誰を?』
「だから、瀬川さんを」
『……ふ~ん。そう。そうなんだ。へ~』
なんだか違和感を覚える。というか、どことなく怒ってないか?
「あ~、浅見?」
『何?』
うん、ちょっと怖いぞ。
「何か気に障ること言ったか?」
『べ・つ・に!』
明らかに怒ってるじゃないか!
「いや、何か機嫌悪いじゃないか」
『別にそんなことないし』
けれどもそれを認めようとしない浅見。頬を膨らませながらそっぽを向いている表情が頭に浮かんでくる。
「ごめん。取り敢えず謝るから許してくれないか?」
『取り敢えずで謝らないでくれる?』
「じゃあどうしろっていうんだよ……」
何にたいして怒っているのかもわからないのに、俺は何について謝ればいいんだ。
『別に謝ってほしい訳じゃないんだけど……一先ず、この話は置いといて』
「でも」
『置いとくの。それより予定決めないとでしょ? でっ? 瀬川さんとはいつ会う約束してるの?』
なんとも釈然とはしないが、まだ予定としては決めていないことを伝える。ただ彼女の補習が平日に行われるので、なるべくその日に学校に出向こうと思っていることも伝える。
『じゃあ休日の方がいいか。来週の土曜日とかどう? バイト?』
「いや、大丈夫」
『うん。じゃあその日で。場所はどこにする?』
場所か……別段どこがいいってのはないんだよな。そもそも外出はしないから、好きな場所とかもないし。
「どうしようか?」
『ノープランかよ』
「
『まあ、なんとなく察してはいたけどね。じゃあさ、適当にぶらつかない?』
「いいけど……どこを?」
『それをこれから考えるの』
さいですか。
『なにしよっか』
「そうだな~……」
それから俺たちは、日付が変わるまで電話をした。話の途中、脱線しかしなかった。そのたびに話を戻して、脱線して。なかなか本題が決まらない。
けれどそんなやりとりがどこか楽しくて。もう少しだけ話していたくなって。だから俺たちは、話を脱線させている。そんな気がした。
けれども用がすんでしまえば、切らざる終えない。
「じゃあ、また来週」
『うん。また来週』
「……」
『……』
切るタイミングだと理解していても、相手の様子を伺って少しだけ通話を続ける。けれども話さなくなったことがわかり、俺は耳からスマホを離そうとした。
『相馬』
浅見の声に、またスマホを耳に押し付ける。
「なんだ?」
『……おやすみ』
「……ああ。おやすみ」
そして通話が終わる。スマホの画面をみると、話してた時間が表示されていて、その時間に驚いた。
「1時間20分……」
普段はこんなに話すことはない。あっても30分とかそこら辺。なので今回は、俺の電話の中で最長記録だ。
「……おやすみ、か」
彼女の声が耳の奥で繰り返される。
倒れこむようにベッドに横になり、天井を見上げた。
「なんか……」
なんか……変な感じだ。
自分の気持ちがふわふわと落ち着かない。地に足がついてないような、そんな高揚感があった。
熱でもあるのか?
額に手をやって、熱がないことはわかった。けれどもその熱は、なかなか引いてはくれなかった。
違和感を感じながらも、スマホで時間を確認する。
もう、寝るか。
電気を消してベッドの中に潜り込む。
話して疲れていたのか、意外とすんなり寝付くことができた。
朝起きれば、この熱も治っている。明日になったら、きっと普通になっている。
短絡的に、そう考えた。
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