サイドt:寺島真紀と塚本誠治

 昼休み。お弁当を食べ終えてから、飲み物がほしかったので財布を手に一階にある自販機まで足を運ぶ。階段の踊り場まで降りてくると、目の前に仲良く隣り合って歩いている男子がいた。片方は楽しそうに話ながら、片方は少しウザそうに、話半分でほとんど聞き流しているように感じた。

 そして私は、そのおしゃべりな方の後ろ姿を見て、「げっ」と声が漏れた。

 おしゃべりな方、塚本誠治の地獄耳は私の声をしかと聞き入れ、話を中断して私の方を振り向いた。その様子に彼の隣を歩いていた、私の友人の片想い相手である相馬優も振り向いて見上げる。


「真紀じゃないの。自販機?」

「寺島」

「相馬も自販機?」

「おう」

「私も」

「あれ? 俺が最初に聞いたはずだよね? というか真紀は俺のことちゃんと見えてる?」


 塚本のウザい絡みを完全に無視して相馬の隣まで降りてくる。


「相馬。行こ」

「……ああ、うん」

「ちょっと待ってよ真紀さん!? 無視は酷いと思うよ無視は!?」


 戸惑いつつも付いてきてくれる相馬。それを追うように、やかましい塚本が付いてくる。しかし本当に煩いなあのクソ野郎は。相馬の前じゃなかったらド突いてるぞ。


「寺島、塚本と知り合いなのか?」

「ちょっとね。それより相馬が塚本と知り合いなのが意外なんだけど。あいつ凄いモテるし、やかましいし、相馬は苦手だと思ってた」

「まあ……最初は本当に苦手だったんだけど、別に悪いやつじゃないし、良いところもちゃんとあるってわかってるから」

「……相馬。それは大きな幻想だから、今すぐ思い直した方がいいよ?」

「真紀は本当に俺のこと嫌いだよね」


 いつの間に隣に移動したのだろうか。塚本はなに食わぬ顔で私の肩に手を回して歩いている。

 肘鉄……いや、そんなことをすれば相馬に変な目で見られる。けどこの状況を他の女子に見られるのは本当に困る。


「塚本。手を離すなら今のうちだからね?」

「……は~い」


 笑顔で脅しをかけるくらいだったらまあいいだろう。


 塚本は両手をあげて半歩下がってくれたので、私はため息を吐いて先に降りる。


「寺島って、本当に塚本のこと嫌いなんだな」

「えっ? 別にそこまでじゃ」

「いや、さすがにあれは怖いと思うぞ」

「……そっか」


 私からしたらかなり譲歩した返しだったんだけど、一般的にはもう少し優しくしてあげるのか。でも塚本にこれ以上優しくはしたくないから、絶対にしないけど。


 自販機の前につく。私はいつも通り紙パックのジュースを買おうと財布から小銭を取り出すと、それよりも先に塚本が自販機に小銭をいれる。

 塚本を見ると、今までもその顔で何人もの女を落としてきたのだろう、柔和な笑みを浮かべて「どれがいいの?」と訪ねてくる。

 これが普通の女だったら、えっと……じゃあ、これで。なんて少女漫画さながらの展開になるのだろうが、残念ながら相手は私だ。そんな甘いフェイスに惑わされることはない。


 最大限に嫌な顔をして、塚本のワイシャツの胸ポケットに欲しい物の金額分を突っ込み、自販機のボタンを荒く押す。


「ご馳走さま」

「それは奢られている人のする言葉だよ?」

「奢ってくれたでしょ?」

「俺のポッケにはお金が入ってるんだけど」


 胸ポケットを指差しながら、少し戸惑ったような顔をしている。ざまぁみやがれ。


「塚本、あんたはそうやって女の子にいい顔するの、いい加減やめた方がいいよ?」

「嫉妬しちゃう?」


 死ね。と喉元まで出かかって、なんとか飲み込むことができた。これ以上こいつを喋らせてるとストレスがたまりそうだったので、早々に無視を決め込み相馬の方を向く。

 相馬はいつの間にか缶コーヒーを購入していて、飲みながら私たちの方を見ていた。


「……本当は仲いいのか」

「……さすがに止めてもらえる?」


 思わず本音が漏れるほど嫌だった。昔ならいざ知らず、今はこいつと仲がいいというだけで女子から攻撃対象になるのだから、身の振り方は定めなくてはならない。この辺のことは男子ではなかなかわかりづらい部分があるので、理解されようとは思わないけど。


「そうか? 結構お似合いだと思ったけど。まあ寺島がそう言うなら、もう何も言わないよ」

「そうしてくれると助かる。塚本と仲がいいと思われるのは困る」


 本気で困っている私を尻目に、塚本は「俺は全然構わないけどね」と、能天気にそう言いながら私と同じものを買った。


「それに真紀は」

「塚本。それ以上は何も言わない。いい?」


 ろくでもないことを口走りそうだったので、事前に釘を刺しておく。塚本は渋々したがってくれるようで、肩を竦めてストローをパックに突き刺した。


「相馬。本当にこのことは、他の女子には言わないでよ?」


 これでも上手く生きているんだから、これ以上の厄介事はごめん被りたい。


「お前が嫌がることはしないよ」

「ありがとう。さすが相馬だね」

「黙ってるだけなら誰でもできるだろ」


 隣の男によく言って聞かせてやりたい言葉だ。あいつは我関せずというように、優雅に飲み物を飲みながら行き交う女の子に手を振っている。あのニヤけた横顔を殴りたい。

 ため息を吐いて、財布から小銭を取り出して別の自販機の方に向かう。今度は紙パックとかが売っているほうではなく、缶コーヒーやペットボトルなどが売っている方だ。


「まだ買うのか?」

「紗枝の分。一緒に頼まれてたの」

「ああ、なるほど」

「あっ。相馬、奢ってよ」

「なんで俺が?」

「紗枝の分だから」

「それで俺が支払う意味がわからん」


 彼女の分ぐらい奢ってくれてもいいのに。なんて気にもなるが、別に恋仲じゃないのにこれ以上冗談を言うわけにもいくまい。


「頼んだら奢ってくれるかと思って」

「それこそ、塚本だったらよろこんで金を出すと思うぞ?」

「それは絶対に嫌」

「……さいですか」


 自販機の挿入口に小銭を入れようとしたら、また横から塚本がお金を入れてくる。眉間に皺を寄せながら塚本を見ると、「呼ばれた気がして」と柔和な笑みを浮かべていた。


「……ふんっ!」

「ぐふっ!」


 我慢の限界だった。


 ボディブローを入れられた塚本は、鳩尾を押さえながら隣の自販機に凭れる。拳を握りしめた私は相馬を見る。相馬は何かを察した顔で頷いてくれた。


「ごめん。こいつことはよろしく」

「わかった」

「とりあえず、ご馳走さま」


 今度は私のものではないのでありがたく奢られることにする。紗枝のものを選んでそれを取るときに、今だ鳩尾を抱える塚本を見る。


「次はないからね?」

「……はい」


 半ば強引に了承を得た。


「じゃあ相馬。紗枝にはよろしく言っとく」

「ああ、わかった。って、なんで浅見なんだよ? おい」


 それくらいは自分で考えてください。


 相馬の言葉を無視して、一足先に教室に戻る。階段を登りながら、殴った方の手を見る。

 さすがに強く殴り過ぎたかな。でも相馬の前で私を怒らせた罰ということで、許してもらおう。というかそもそも。


「あいつが私に怒るわけないか」


 言葉にして少しだけ寂しい思いになったが、なんでそうなるのかよくわからず、まあいいかと気持ちを切り替えて階段を登るのだった。

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