第19話:テスト前の自習

 自習時間。生徒によっては自由時間と取る輩もいるとは思うが、俺としては調整時間だ。

 自習時間はものによって意味合いが違ってくると思っている。というのも、先生がやむなく自習にする時と、テスト前の全ての課程を修了してから、先生が自発的に促す自習では訳が違うからだ。

 今日は先生が自発的に取ってくれた自習時間。この時間に苦手科目の復習や、テスト前の対策などを行うために設けてくれた時間だ。決して遊ぶためや、適当に過ごすために作られた時間ではない。


 しかしそんな中、俺の後ろに席に座る女子、浅見紗枝はやる気なくボーっとしていた。自習時間だけにちょっかいがあるかと思って警戒していたのだが、どうも手を出してくる気配はなかった。これほど絶好の機会を逃す訳がないと思い後ろを確認してみると、ジッと斜め下の一点を見て心ここにあらずといった様子だった。何か考え事だろうか。


 大丈夫かあいつ?


 普段見ない様子に少し心配になったが、何もしてこないのだし、俺も俺で勉強に集中したかったので見なかったことにする。これで話しかけて事が悪化するのはどうしても避けたかった。というのも、マジで現代文が不味いのだ。どうにかして対策を打ちたてないと、80点以下を取りかねない。それだけは避けなくては。


 なので真剣に問題と向き合っていく。けれどもふとした時に後ろの様子が気になってしまう自分がいて、なんとも思えない気持ちになった。


 いけないいけない。集中。


 真面目に問題文と向き合っていると、後ろに人が歩いて来る音がする。自習時間なので立ち歩くことも可能だ。しかし無駄話をするために立ち歩くことは禁じられているので、立っている人間には先生の視線が付いてくる。

 何か勉強のことで質問に来たのだろう。今の時間は数学なので、先生に行かないということは数学以外で気になるところがあるということがわかる。


「紗枝」


 声は寺島だった。


「ごめん。化学のことで教えて欲しいんだけど……」


 寺島の成績がどうなのかはわからないが、なぜ普段から授業をさぼっている浅見に教えを乞うのだろうか? 俺はいまだにこいつの頭いい発言は嘘だと思っているので、勉強に関して浅見のことは信用していない。

 もしかしたら化学は得意なのか? だったらまだわかるけど……本当に答えられるのか?


 聞き耳を立てて様子を窺っていると、「紗枝、聞いてる?」と寺島が再度浅見に尋ねている。


「あっ……ごめん。ボーっとしてた」

「大丈夫? 寝不足?」

「ううん、ちょっと考え事。それより何だっけ?」

「化学のことで聞きたいことがあったの」

「どれ?」

「これ」

「ああ、これは――」


 それから浅見は、わかりやすい解説をつけて問題の解答の説明を行う。聞き耳を立てていた俺は衝撃を受け、そしてあまりの説明の上手さに、理解しているはずの俺も納得してしまい、動揺からか肩越しに後ろを向いた。

 もしかして……本当に頭いいのかこいつ?


「そういうことか。ありがとう」

「うん。またわからないとこあったら聞いて」


 手を振り、寺島は自分の席に戻って行く。浅見はそのまま先程と同様に、伏し目がちに物思いにふけっている。本当にどうしたんだあいつ?

 俺の視線を感じたのか、浅見は俺の方を見る。視線が交わり、浅見は目を見開く。しかし直ぐに眉を顰めて「何見てんの?」と、少し怪訝そうに呟く。


「いや……説明上手いなと思って」

「そう? 普通だと思うけど」

「説明って、自分がそれをよく理解してないとできないだろ? お前、化学得意なのか?」

「化学はそこまでかな……私って、どちらかと言えば文系なんだよね」


 それにしては見事な説明だった訳だが。こいつ本当に頭がいいのかもしれない。


「因みになんだが……」


 俺は現代文の教科書から、以前やった文法の問題をノートに書き写し提示する。とはいえかなり前にやった問題なので、繰り返しやってなければ直ぐに出て来ない答えのやつだ。


「これわかるか?」

「……ああ」


 浅見は問題を読み解くと、「教科書」と手を差し出してくるので手渡す。


「え~っと……ここの部分を引用するやつでしょ?」

「……お前マジか」


 ばっちり正解だったのことに加え、ほとんど教科書を見ずに答えの場所を探し出した。それに本当にびっくりした。


「覚えてるのか?」

「覚えてるというか……現代文は昨日さっくりと復習したから覚えてただけ」

「そんなんで覚えてられるのかよ……」

「君とは記憶力が違うのだよ記憶力が」


 得意気に腕を組む浅見に、久々にイラっとした。 


「勉強教えてあげようか?」

「断る。別に困ってはないからな」

「そうなの? 現代文だったら本当に力になってあげられるよ?」


 ここまで言ってくるということは、現代文に関しては本当に自信があるのだろう。だったら、少しぐらいは頼って見るか。


「……じゃあ悪いんだけど」

「文法でしょ? お姉さんが対策を講じてあげようじゃないか」


 そのウザい絡みさえなければ、俺も素直に教えてもらおうと思うんだけどな。なんで寺島と俺でこうも扱いに差が出るのだろう。やはり男と女の違いなのだろうか。


 それから浅見と一緒に(ほとんど浅見の独壇場だったけど)、現代文の傾向対策をたてることができた。浅見曰く、これさえやっていれば前期期末は問題なく90点は取れるとのこと。本当か疑わしいところはあるので、これからも復習はしていこうと思うが、かなり有意義な時間だったのは確かだ。


「お前、本当に頭いいのかもな」

「もう信じろとは言わないと思ったけど、マジで今さら過ぎるからね? というか、寺氏にでも聞けばすぐわかっただろうに、聞かなかったんだ」

「本当に信じてなかったからな。あんだけサボってるのに頭いいなんて思えないだろ?」

「図書館で一緒に勉強したじゃん」

「あのときは……」


 普段見せない真面目な表情に見とれてたから、それどころじゃなかった……なんて言えないので、「自分のことに集中してたんだよ」と嘘をつく。


「それにしては、チラチラ見てたよね」

「別にそんなことは……」

「さっきだって、チラチラ見てた」

「……」


 図星をつかれて、言葉をなくす。この時間は浅見のことをかなり見ていた自覚はある。でなきゃ、わざわざ俺から話しかけることはないだろうし、こうやって勉強を見てもらうこともなかっただろう。それだけ俺は、こいつのことを気にかけていたのだ。

 それを自覚はしても、言葉にするのは恥ずかしかったので黙る。そもそもなんで見ていたのかと言われても、なぜ気にかけてやったのかと言われても、きっと上手く言葉が出てこないだろう。自分でもよくわからないのだから。


「……そんなに私のこと好きなの?」


 いつものような相手をからかうような笑みじゃない、慈しみのある綺麗な笑顔に、不覚にもドキリと心臓が高鳴るのを感じる。


「……なわけねぇだろ」


 けれどもそんな彼女を直視できなかったからか、悪態をついて前を向く。


「けど、助かった。ありがとう」

「いいよ、これくらい」


 それから俺は、余計な感情を忘れるように勉強に集中する。けれどもそのすぐ後に、浅見から構ってアピールが激しくなるので、やはりさっきのは何かの勘違いで、本当はからかうためのものであると考えを改め、俺は苛立ちながらも浅見の相手をしたのだった。

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