第18話:調理実習は甘い予感③
片付けを済ませてから数分、ガトーショコラもついに完成した。
「よし……完成!」
カップケーキの要領で手のひらサイズのガトーショコラがいくつか焼き上がる。元々の素材の量が多かったためか、ガトーショコラの数が多い。さすがにこれ、俺たちの班では食べきれないんじゃないか?
「うお~! うまそ~!」
高垣が目を輝かせながらガトーショコラを見る。瀬川さんも
今回の功労者である寺島は、どこかやりきった感じに大きく息を吐いていた。
「お疲れ」
「うん。相馬もお疲れ。メレンゲ作るの大変だったでしょ?」
「まさかあんなに混ぜるとは思ってなかったよ。右腕パンパン」
「ハンドミキサーがなかったのは痛かったね」
普通は当たり前にあるのだろうが、そういうものが無いのが学校なんだから仕方がないのかもしれない。だって学校だし。
「早く食べようぜ!」
高垣はまるで待てと命じられた犬のように、まだかまだかと待ち望んでいる。その様子に、俺と寺島は微笑してに戻るのだった。
~~~
どこの班も調理を終えて、実食に入っていた。教室の中は甘い香りが充満していて、嗅いでいるだけでお腹が減って来る。
高垣と千鳥さんは、自分たちの班でガトーショコラを楽しんだ後に、他の班におそそわけと言う名のお菓子交換に向かった。寺島が多めに作って、かつ持ち運びやすいようにしたのはこのためだったのかもしれない。よく考えてるな。
そういえば俺も、浅見とお菓子交換をする予定だったので、余ったガトーショコラを手に取って隣の班を見ると、丁度よく浅見がこっちに向かっていた。
「寺氏、相馬」
彼女の手にはカップケーキと同じような大きさの、けれど高さがないケーキを持っていた。
「これ、うちの班で作ったチーズタルト。自信作ですよ~」
「へ~。美味しそうじゃん」
「でしょでしょ? 頑張ったんだ~」
目の前に置かれたタルトは綺麗な光沢に、チーズの香しい匂いを漂わせていた。
チーズタルトはケーキの中では特に好きなものなので、匂いを嗅いだだけで口の中に涎が分泌される。
「食べていいか?」
我慢できそうになかったので尋ねると、浅見は得意気な笑みを浮かべて「そんなに食べたいの~?」と煽ってくる。
認めるのは癪だがこれは正直早く食べたい。けれどそう煽られるとどうも素直にはなれないので、「別にそんなんじゃねぇよ」と悪態をついた。
「冗談だからそんな怒らないでよ。寺氏の方はカップケーキ?」
「ガトーショコラ。欲しいならあげるよ?」
「なら貰いま~す」
遠慮なく浅見はケーキを手に取ると、ラベルを剝がしてかぶり付いた。
「ん! 美味しい!」
「当たり前でしょ? 誰が作ったと思ってるの?」
「さっすが寺氏。普段から料理してるだけはあるね」
「まあ、皆が手伝ってくれたおかげでもあるけどね」
「どうせ相馬は卵割ったくらいでしょ?」
「ぬかせ。メレンゲも作ったわ。瀬川さんと一緒にな」
隣で俺達のやりとりを静観していた瀬川さんは、「私は砂糖を入れただけですけどね」と謙遜する。
そんなことはない。砂糖を入れるタイミングとか、どこまで混ぜるべきなのか把握してくれたから、俺でもメレンゲを作れたんだし。
だから素直に「そんなことないでしょ?」と伝えると、瀬川さんは「そんなことですよ」とまたまた謙遜してくる。なんて奥ゆかしい子なんだ。
「ふ~ん……」
俺達の様子を見て、浅見はどこか不満げに呟く。ジッと隣に座る瀬川さんを見つめ、かと思えば俺を睨む。
「なんだよ……?」
「べっつに~……それよりも早く食べれば?」
「何急に機嫌悪くなってるんだよ?」
「なってない」
明らかに先程とは打って変わって機嫌が悪そうなのに、そうではないと言い張る浅見。何があった?
まあいい、それよりもこのタルトだ。
手の取ってかぶり付く。滑らかなチーズの食感、しっとりとしていてかつ甘味のあるクッキー。そして表面に塗られたバターの味わいが、完璧なバランスを作り上げている。一言でいうなら……美味い!
「どうよ?」
得意気に見下ろす浅見、なんだか負けた気分になる。がしかし、これは皆で作ったのであって、別に浅見本人が一人で作ったわけじゃない。それなのによくまあ、そこまで踏ん反りかえれるものだなと感心した。
「お前は何を手伝ったんだ? 卵割りか?」
意趣返しのつもりで悪態をついたが、「八割がた私が作ったわ」と怒られた。
「えっ? お前、料理できる人なの?」
「馬鹿にしないでよ。これでも家事全般は得意分野ですから。もし信じられないのなら、寺氏が証人になってくれるよ?」
寺島を見ると「紗枝は本当に料理上手だよ。お弁当もいつも自分で作って来るし」とタルトを口に入れながら、浅見の証言を裏付ける。
マジかよ。人は見かけによらないとは、本当にこのことなんだな。
「私も食べてみたいです」
瀬川さんのその申し出に、浅見は「ちょっと待ってて」と自分の班に戻って、新しいタルトを一つ持ってきた。
「はい。瀬川さん」
「ありがとうございます。美味しそ~」
瀬川さんも豪快にかぶり付き、手で口元を抑えて咀嚼する。
「美味しい~。浅見さん、凄いですね」
「まあね。今どきは料理ができてなんぼですから!」
勝ち誇ったように胸をはる浅見。今どきは逆に、料理ができなくても生きていける世の中だと思うので、それは世の女性に喧嘩を売っていると思うが、口には出さなかった。
「浅見さんは、いいお嫁さんになりそうですね」
「およ……めさん?」
「はい。料理上手ないいお嫁さんです」
瀬川さんの天然爆撃に、先程の傲慢さがどこに行ったのか、顔を赤くして固まる浅見。
浅見だったら「まあね!」と余計調子に乗ると思っていたから、あいつもであんな可愛い動揺のしかたするんだな。と少し意外だった。
「それはまだ早いでしょ!!」
「えっ!? 何がですか!?」
突然の大声に混乱する瀬川さん。ビクリと肩を震わせ驚く俺。そして哀れそうに浅見を見上げる寺島。
大声を上げたことが恥ずかしかったのか、浅見は早々に「私、戻るから!」と自分の班に戻っていき、突然帰ったことに動揺を隠しきれない瀬川さんはおろおろとしている。かくいう俺も何故あそこまで取り乱したのかわからなかったが、寺島が「気にしなくていいよ」と、タルトを頬張りながら言うものだから、俺と瀬川さんは余計に疑問に思うのだった。
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