第20話:VS期末試験

 今日は前期期末試験が行われる。今まで前期の中でやって来たことの総復習なので、大学への偏差値に反映されないからと言って手を抜いていいものではない。

 それに俺の場合は、最低でも学年五十位以内には入らないといけない。前回のを越える必要はないが、成績がよければ色々と融通が効いてくるはずだ。それこそバイトは続行だし、夏休みも勉強以外に費やせる日も増える。


 そして今回の試験は自信がある。特に今まで苦手な分野であった現代文や古典、英語が大幅に改善されているので、いければ三十位以内に入れるはずだ。よし、気合い入れろ俺。


「相馬ガチだね」


 顔をあげると、浅見が少し引いた表情で見ていた。


「当たり前だろ? 一先ず成績がいいにこしたことはないんだ。俺の場合はな」


 学校の試験にかんしていえば、ここまで俺のようにガチでやることはないと思う。もし自分の実力を本当に計りたいのなら、学校の試験よりかは国が実施してる実力テストを受けた方がいいし、成績を安定させたいのなら、90点前後が取れる範囲でいいと思う。


「厳しいって言ってたもんね」

「ああ。そういうお前はどうなんだ?」

「私? 勉強は問題ないけど……私は席が一番前になるから嫌なだけかな」


 テスト期間の間は、座席が出席番号順になる。浅見は窓際一番前になり、俺はその隣の列の二番目。浅見から見ると斜め後ろになる。少し違うが、普段と真逆の位置だ。


「俺は別にいいんだけど。むしろいつもこれでもいいかもしれない」


 浅見からのちょっかいもなくなり、気にかけることが少なくなるし、瀬川さんとも近いしな。


「私は嫌なの。一番前だと勉強しないといけないし、それに……」

「……それに?」

「相馬をからかえないのが嫌なの」

「俺は今、心底この席に戻ってよかったと思ってるぞ」

「前の席は瀬川さんだしね」

「……それは関係あるのか?」


 確かに前が瀬川さんなのは嬉しいことだけど、それと浅見が俺の後ろじゃないことには関連性はないと思うが。


「……なくはないのですよ」

「なんだよ、煮えきらねぇな」

「ともかく。私は早く元の席に戻りたいの」

「はいはいわかったよ」


 たく、意味がわからん。そりゃあ教室の後ろの方が気が楽なのはわかるけど、席が近いということなら今だって普通に近いじゃないか。そして瀬川さんが前じゃいけない理由もわからん。


「そうだ、相馬」

「ん?」


 浅見は自分の席に戻りペンケースからキーホルダーのついた、あからさまに女子が使いそうなシャーペンを取りだし、「はい」と手渡してくる。


「……何?」

「簡単な願掛け。ジンクスみたいなものかな」

「またジンクスか。今度はなんなんだ?」

「勉強を頑張れるおまじないなんだって、だから相馬のも貸してよ」

「俺のも貸すのか?」

「私に勉強頑張ってほしくないの?」

「……」


 そう言われると断るのも薄情だというもの。仕方がないのでペンケースの中から適当なシャーペンを一本取り出し、浅見に手渡す。


「まあ頑張れよ」

「まあって何さ。私は心の底から相馬には頑張って欲しいと思ってるのに。愛がないよね」

「ああもうわかったよ。頑張ってくれ」

「うん。頑張ります」


 上機嫌に自分の席に戻る浅見。ため息を吐きつつ受け取ったシャーペンを見る。


 本当にこれで勉強が頑張れるのかよ。


 半信半疑に見ていると、予鈴が鳴る。皆が席に座り、テストの準備に入る。俺もシャーペンを机の上に置いて、ペンケースから消ゴムと予備のシャーペンを取り出す。


 さて……頑張りますか。


 ~~~


 テストの時間は案外好きだ。ペンの走る音だけが響き、それ以外は静寂に包まれる。考えるための空間が作られ、皆その中で悩みながら問題と向き合っていく。人によっては苦しい時間かもしれない。人によってはつまらない時間かもしれない。でも俺にとっては楽しい時間だ。

 結局勉強を日常的にしている人間だからかもしれないが、自分の日ごろの成果がこうやって結果として出てくるのが楽しいのだ。問題が解ける度に、やって来たことが間違いではなかったという自信にもつながる。


 まあ、そう思うようになったのは、中学も終わるころだったけどな。


 高校受験は難なくで済んだ。

 元々は偏差値70近い学校に受験するつもりだったのだが、父親が何故かその高校に入れたがらなかったのだ。母親は頑なに言い張る父親に問い詰めたが、止めろの一言で、結局母親が折れる形で話しに決着がついた。けども自分の実力を見るために試験は受けていいと言われたので受けたら、合格ラインには軽く到達していた。

 その時父親が、ここに受かるんだから、別のとこはもっと簡単だな。と言っていたのをよく覚えている。事実そうだと思ったし、他のところを受験したときは、その結果が自信となってリラックスした状態で試験を受ける事ができたのだ。

 そこから、勉強することに意味を持つようになった。

 だから勉強することに抵抗はないし、日常的にやっている。好きではないが、必要なこととしてやるようになった。


 ――おっと。


 普段から勉強をしているとはいえ、わからないところは出てくる。

 俺の場合わからない部分は一度飛ばして考えるようにしているんだが、まさか最終問題でわからないとは……。


 チラリと時間を確認する。

 余裕を持ってやっていたつもりだったが、思いのほか時間を使ってしまっている。後五分。わからない部分をやるよりは、別のところの見直しに使った方が得策か。まあ一問逃しても九十点は確実だし、そうする――。

 持っていたシャーペンのキーホルダーが揺れる。試験の前に浅見が貸してくれたシャーペンだ。


 勉強を頑張れるおまじないだと言っていたが、今のところ理由はよくわからない。別に自分のシャーペンでもいいだろうに。

 シャーペンをジッと見つめると、なぜか浅見の顔が思い浮かぶ。そして想像の中の浅見が、『わかんないの? 教えてあげようか~?』と、自分の答案用紙を見せびらかせながら上から目線で煽って来た。なぜかあいつには解けていて、そして俺より点数がいい。

 想像の中なのに、それが無性にムカついて、イラ立ちが募る。


 ぜってぇー負かす。


 それから五分間、俺は問題と向き合った。


 ~~~


 初日のテストが終わった。手ごたえは抜群。これ以上ないってほどの出来栄えだ。

 自分で自分の出来に感心していると、「どうだった?」と帰り支度を整えた浅見がやって来る。


「おう。これのお陰で本当に頑張れたわ」ペンケースの中からシャーペンを取り出す。


 このシャーペンのおかげで浅見のことを思い出したことで、負かしたいという気持ちが湧きあがって試験に臨めた。本当に頑張れたので、ジンクスの効果さまさまだ。


「そ……そっか」


 素直に伝えたら、なぜか浅見はどこかよそよそしくなる。どうかしたのか?


「一先ず、期間中は借りてていいか?」

「えっ? ……うん、いいよ」

「サンキュ」


 よし、これで明日も必要以上に頑張れそうだ。


「その……相馬さ」

「ん?」

「……いや、何でもないや。じゃあ私も相馬のシャーペン借りてるね」

「試験終わったらちゃんと返せよ?」

「わかってますよ~」


 先程のよそよそしさがなんだったのか、上機嫌に寺島の元に向かっていく。

 俺はシャーペンをペンケースの中に仕舞い、鞄を手に教室を後にした。


 さて、浅見に馬鹿にされないためにも、帰ったらまた復習しないとな。

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