第68話:席替え
週に一回だけ、クラスの行事や係決めなどに使う時間が存在する。どういう意味でつけられたのかわからない、総合という時間だ。
この時間は基本的に担任の先生が何をするのか決めるのだが、そろそろ体育祭や文化祭も控えているので、それの係決めもあるかもしれない。
が……しかし。
周囲を見渡すと、クラスが妙にソワソワしているのがわかる。そして後ろを振り向くと、明らかに不貞腐れている紗枝が、机に突っ伏していた。
おそらくは、そういうことだと思う。
教室の扉が開き、抽選箱を持った先生が中に入ってくる。そして開口一番「お~し、席替えすんぞ~」と気だるい声で宣言した。
やっぱりな。
年に三回あるかないかの、ちょっとしたプチイベント。だいたいが季節の変わり目か学期の始めに行われる。
環境を変えるって意味でもやる必要があると思うけれど、いい席に座ってる、友達が近くにいて居心地がいいとかだと、どうしてもやりたくない気持ちの方が強くなる。
逆に嫌な席に座っていると、ようやく来たか! と歓喜するんだろう。
ちなみに俺は、正直このままでもいいと思っているので、席替えはしなくてもいい派だ。まあ欲を言うなら、紗枝が座っている場所に移動したい気持ちはあるけど。
今座っている場所は窓際の列、後ろから二番目。最後尾じゃないが比較的まともな席に位置づいている。席替えでこの席を手放すのは惜しい、実に惜しい。
席替えで目的の場所に行けることなんて稀だ。それこそ願ってもない場所に飛ばされて、後々の学校生活が憂鬱になることだってある。授業において、周辺環境というのはそれだけ大事な要素だ。俺にとっては、今がわりとベストな状態なんだ。
……紗枝のちょっかいは正直なくてもいいけど、それ以外はかなりいい。うん。
だから席替えなんてしなくていい。
「別に席替えしなくてもよくないですか~」
クラスの女子の一部から反対意見が上がった。見ると、そこは女子の割合が多く、中の良いメンツが集まっている。たしかにあれでは、席を変えたくもなくなるだろう。
その女子たちに同調するように、他のクラスメイトも反対派に回る。というか、クラスの人間のほとんどが、今の席替えには反対のようだ。
人間は慣れる生き物だし、半年近く今の席でやってきたので今更新しい環境に身を置くのも嫌なんだろう。たださっきも言ったが人間は慣れる生き物だ。いずれ席替えをした後の環境にも慣れ始める。
「まあ俺も正直、別に今のままでもいいとは思ってる」
先生は俺たちに賛同してくれているようだが、手では黒板に席替え表を作っていた。
「ただ他の先生から、一部の生徒が煩くしているって苦情が来てな。手っ取り早く解決したい」
さすがの一言に、クラスからは「横暴だ!」「先生の都合じゃん!」と文句が飛び交う。しかし事実、俺たちが煩くしていることは間違いではないので、文句を言える立場ではない。俺も紗枝とわちゃわちゃしてる時とかあるし。
ツンツンと、背中を突かれる。後ろを向くと、紗枝が「私たちのことじゃないよね?」と小声で訪ねてきた。
「違うだろ」
授業中に注意受けたことないし。なんだったら、さっきの女子たちの方が注意を受けている。
「だからお前ら、さっさと引きに来い。そしてさっさと席変われ。やること詰まってんだ」
どれだけ文句を言っても席替えは逃れられない運命のようだ。全員がぶつくさ言いながらも席を立ち、抽選箱を持った先生のもとに向かう。
「あ~、嫌だ~」
後ろの席で、紗枝が項垂れていた。
「私この席好きだったのに~」
「俺にちょっかい出せるからか?」
「それもだけど~……」
ジッと見つめられて、なんでそんなに見つめてくるのかわからず困惑する。
「なんだよ?」
「逆に優はどうなの?」
「何が?」
「席替え、嬉しいの? 私から離れられて」
「……こないだ言っただろ」
「えっ?」
つい最近言ったことを、こいつは忘れているのだろうか。きょとんとした顔で首をかしげる。だが俺もさすがに、同じことは二度も言いたくはない。恥ずかしいだろ。
「なんか言われたっけ?」
言いましたよ。ちょっと物足りないってね。
「忘れたんならいい」
「え~……そう言われるとなんかな~……」
気を落とす姿に、悪いことをしているような気分にさせられる。こういう時のこいつのこの顔って卑怯だよな。ただ自分から言うのも癪なので、さすがに黙っておこう。
「ほら、早く取りに行くぞ」
「あっ! ちょっと待ってよ!」
思い出そうと頑張っている紗枝を横目に、俺は黒板に描かれた席替え表を見つめる。
できれば今と同じか、それかいっこ後ろの席になれますように。
無駄なお願いとわかっていても、やるだけならタダと思って祈っておく。
~~~
うちのクラスの席替えは、まず生徒が番号の書かれたクジを引いてから、次に先生が黒板の席替え表に番号を入れていく。なので自分の番号が書かれるまで、どこが自分の席になるかはわからない。
席に戻り、自分の番号を確認する。俺の番号は【23】。窓際の列、後ろから二番目か最後尾がこの番号になれば万々歳だが、それ以外はあんまりって感じだな。
「優、何番だった?」
席に戻ってきた紗枝が自分のクジを見せてくる。
「私は【7】だった」
「俺は【23】」
「うわ~、めっちゃ嫌だ~。せめて優か寺氏の近くになれますように。欲を言うなら優の後ろになれますように」
向こうはからかうために俺の後ろがいいのだろうけど、そう素直に言われると少し気恥ずかしい。
先生が無言で数字を入れていく。その経過を見ながら、クラスでは落胆するものや歓喜するものに別れる。徐々にマスが埋まっていくが、いまだ俺と紗枝の番号は書かれない。そして俺たちが座ってる場所にも書かれない。
やべ~、もう席少なすぎんだろ。これどこら辺になる俺? 真ん中か? それとも右上か? 冬は廊下側くそ寒いから止めて欲しいんだけど。
緊張しながら見つめていると、丁度紗枝が座っている席に先生の手が伸びる。
23、23、23!
しかし願い届かず、そこには【7】の数字が……【7】?
後ろを向くと、紗枝が驚いた顔で俺を見ていた。
「変わらな~い」
「くそ、羨ましい」
「あっ! 優、優!」
紗枝が黒板を指さすので見るといつの間にか俺の席にも番号が振られていて、そこには【23】の数字が書かれていた。
「……変わらない」
「変わらなかったね」
変わらなかったことは嬉しい。もちろん、後ろがこいつだったことも含めてだ。
「よかった。また一緒だね」
紗枝はさっきまでが嘘みたいに、優しげな笑みを浮かべる。
「うん。まあ宜しく」
俺も自然と頬がほころぶ。とりあえず、退屈とは無縁の後期になるだろうなと、その時思った。
「はい。じゃあ席替え!」
先生の号令と共に、文句を垂れながらクラスメイトたちが動き始める。俺たちはそれを眺めながら、誰がどの席に座るのか見て楽しんだ。
中には席の変わってない俺たちを茶化したり、羨ましがられたりしながら、次第に喧騒は静まっていく。
ただ俺の隣の人がなかなか来ない。誰が来るのか気になってたんだけどな。やっぱりお互いに気を使うのは困るだろうし、嫌だろう。
できれば男子の方がありがたいんだが、最近当たりが強いんだよな。でもせめて、絡みづらい人じゃなければ。
そう願っていたら、隣の席に見知った顔がやって来た。
「あっ、相馬が隣なんだ」
お人形のように整った顔に、ライトブラウンのボブショートの髪型。紗枝にも勝ると言えそうな美人が、そこにはいた。
「日角」
「なんか隣って、久しぶりだね」
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