第107話:隣になるだけでこうも違う
ノックをしてから数秒。中から「はーい」という女性の声と共に教室の扉が開かれる。
出迎えてくれたのは眼鏡をかけた、いかにも大人しめな文学少女だった。
扉が開かれたことによって俺たちの姿見えたからか、4組の教室の中は少しザワつく。
「あれ、日角さんと……」
彼女は目の前にいる日角を見た後に、その後ろにいる俺に視線を移す。しかしパッと名前が出てこないのか、そもそも覚えていないのか、「え~と……」と眉根を寄せた。
「相馬です。初めまして」
「そう! 相馬くん!」
彼女は人差し指を立ててうんうん頷いて、そういえばそうだった、忘れてませんよ~みたいな雰囲気を出している。が、なんでそんな雰囲気をだしているのか俺には理解できなかった。
ちなみに俺は彼女のことを知らない。そもそも誰だっけ? とういうレベルで、顔すらも覚えていなかった。なのできちんと挨拶をしたのだが、どうやら彼女は俺のことを一応は認識しているようだった。
「って、いや初めましてじゃないでしょ?」
「そうでしたっけ?」
「そうですが? 一応、文化祭実行委員の会議には参加してたんですけど」
「あ~……」
全然覚えてねぇ。
あの時は会議に集中していたのと、隣の日角が何かとこそこそと話しかけてくるものだから、周りにどんな人がいたのかなんて覚えちゃいない。唯一、名前を覚えたのは、文化祭実行委員長で軽音楽部の部長をしている柳さんだけだ。
俺のそんな様子に彼女は苦笑いをして「まあ話してはいないしね。こっちは一方的に知ってただけだし」とフォローを入れる。
しかし逆にそれによって更なる疑問が浮かんだ。
「えっ? なんで?」
中学や小学校の時ならいざ知らず、高校では比較的まともな立ち振る舞いをしているつもりだったので、一方的に知られる理由がわからなかった。しかし彼女は「そりゃ4組じゃ有名だよ」と呆れながら答える。
「塚本くんの横を独占する男子って呼ばれてるからね」
「……それは、あれだな。仕方ないかもな」
基本的に、俺は昼休みは塚本と教室以外のどこか適当な場所で昼食をとるのだが、それが4組の女子にとっては耐え難いことなのだろう。実際に、4組女子が俺に向ける視線は痛い。中には憎悪さえ持っているのではないかと思ってしまうものもある。
「まあそんな訳で知ってるんだけど、今はいったん置いておこう。何か用事があってきたんじゃないの?」
話を切り替えたところで、日角が「文化祭の件で相談があって」と切り出す。
「ん。了解。じゃあいったん中入ってもらっていい?」
「お邪魔しま~す」
遠慮なく中に入る日角と、少し緊張しながら中に入る俺。クラスからは訝し気な視線を向けられ、一部の女子からは刺すような視線を向けられる。その中で唯一、俺を見て驚いていたのは塚本だけだった。
教壇の前には、彼女の他に高身長の男子が一人立っている。おそらくもう一人の文化祭実行委員だろう。
彼は少し戸惑いつつも「どゆこと?」と説明を求めるので、彼女も「まあまあ」と宥めつつこちらを向く。
「じゃあ用事について説明してもらおうかな」
的確なパスを受け、日角は皆の方を向く。
「先ほど、うちのクラスの方で意見を募った結果、今回の文化祭では4組と合同で何かをやりたいな、ということになりました。そこで、4組の皆さんの意見も聞かなければならないと思い、突然ですがこうして、乗り込んできた次第です」
完結に伝えると、どよめきだった。突然こんなことを言われたら、そうなるのもわかるけどな。
「私たちは、4組の皆さんと一緒に文化祭を作っていきたいと思ってるんですが、どうでしょうか?」
そう呼びかけたタイミングで、文学少女系の彼女が「具体的に、何やるか決めたの?」と日角に問いかける。
「実はそこはまだなんだ。
政道さんと呼ばれた彼女は「うちでは飲食やるかアトラクションやるかで今のところ悩み中ってところかな」と黒板を軽く叩く。そこには文化祭でやりたいことの候補がいくつか上がっていた。
「ただまあ、一緒にやるってなるとそっちの意見も参考しないといけないしね。こっちで勝手に全部決めるわけにもいかないし。今までの案はいったん保留ってことになるかな」
「でも、一緒にやるってなったらスペースも多く確保できるし、できることも増えると思うんだ。アトラクションにしろ飲食店にしろ、スペースの拡張は利点だと思うけど」
「確かにそれはおいしい……人員も多くなればそれだけ作業効率もいい。さて……皆どうする~」
政道さんが呼びかけると、「別にどっちでもいいんじゃな~い」と一人の女子が気だるそうにそう言った。その言葉に賛同するように、周囲の一部の女子が共感し始めた。彼女の言葉を皮切りに、クラスの中は一気に騒がしくなる。いままで黙ってたのがなんだったんだと問いたくなった。
ただ雰囲気は雑というか……議論については特に関心が向いていない、という感じを受ける。
本当にどっちでもよさそうで、適当に済ませようみたいな気持ちが感じられた。その空気はクラス全体に電波して、大半の人間は文化祭について興味がなさそうだった。
うちのクラスとは大違いだな。
「とりあえず、多数決は取るよ~」
政道さんが隣にいる男子に視線を送ると、男子は黒板に“可否”を書いた。
「ちなみに私は……こっちです」
そして政道さんは率先して、“可”の方に横線を書く。
「じゃあ、手~あげて~!」
~~~
多数決の結果。大差で“可”が勝った。
「うちのクラスも3組と合同でやります! 異論はもう認めません!」
念押しと言わんばかりに政道さんはそう言うが、議論が可決したことでさらに興味が薄れたのか、だらけている人が見受けられる。その様子に、大丈夫なのだろうか? と少し不安になった。
「ひとまずはそういうことで。これからよろしくね」
日角は手を差し出す政道さんと握手をし、「こちらこそ」といつも通りの綺麗な笑顔を浮かべる。
「今後の方針については改めて話すとして、何をやりたいかだけはクラス内でまとめちゃうね」
「うん。うちのクラスはまだ何も決まってないから、これからなんだよね」
そういえばそうだった。隣のクラスの心配をしている場合ではない。これ時間内に終わるか? うちのクラスは激論が始まるとなかなか収まりが効かないからな。
「じゃあ私たちは戻って、何やりたいかの候補決めしてくるね」
そう告げて、俺たちは教室を出る。政道さんはすぐ隣だというのにわざわざ教室の外まで送ってくれた。政道さんは「こんなクラスだけど。よろしく頼むね」と伝えると、日角は「うちのクラスも結構ひどいから」と笑いながら答えた。
それを聞いた政道さんは「それは楽しみだね」と笑顔を浮かべ、「相馬くんもよろしくね」と俺に向け手を振る。
「うん。よろしく」
政道さんが教室に戻ったところで、日角が「予想以上に厄介かもね」とボソッと愚痴をこぼした。
確かに。協力的なように見えて、たいしたやる気もない。ああいうタイプには覚えがある。
準備期間とかそういうのが嫌いなだけで、文化祭当日だけは楽しむやつ。または本当に文化祭自体を面倒と思っているかのどっちかだ。まあどちらにしろ、厄介であることには変わらない。
「一緒にやることになったんだから、うまくやるしかないだろ」
「そうだね。さて……次はこっちか」
頭を切り替えて自分のクラスを見る。
日角の言葉通り、次はこっちなのだ。まだ意見を出し合ってくれるだけ進みやすいが、まとめる方としては彼らを相手にしないといけないので、少し憂鬱だ。
「もうひと踏ん張りだよ。相馬」
「……そうだな」
俺のそんな心を見据えてか、日角は優しく労ってくれる。
その言葉に励まされつつ、また気合を入れなおして、自分の教室の扉を開けた。
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