第106話:何やる文化祭?
「はい。じゃあ今から文化祭で何やるか決めようと思いま~す」
「「「「「いぇ~い!!!!」」」」」
日角の号令と共に、クラスの中は一瞬でお祭り騒ぎになる。女子男子区別なく盛り上がり、今からただ出し物を決めるだけだというのに無駄に口笛を吹いたり、拍手を送ったりしている。
文化祭という一大イベントにテンションが上がるのは気持ちとしては理解できるが、個人的には「そこまで?」と疑問に思ってしまう。
「出し物についてなんだけど、2年生になったおかげで色々と制限が緩くなって、できることが多くなったんだよね。まあそこらへんの細かいところは、今から相馬が説明しま~す」
「丸投げかよ」
先生が設けてくれたクラス時間で、今日は文化祭の出し物決めや、先の文化祭実行委員会議で可決された内容や、諸注意について伝えることになっている。事前にもろもろを纏めた手帳は俺の手元にあるので、自然な流れで俺が読むことになった。
ただ言わせてほしい、この手帳の持ち主は日角で、内容を纏めたのも日角だ。それをなぜか、教壇に上がる前に俺に手渡したのだ。もしかしたら最初から、俺に説明部分は丸投げする算段だったのかもしれない。
まあ、いいんだけどな。
こんなことで無駄に噛みついたりしないので、素直に手帳を広げ読み上げようとする。するとクラスの男子から「そこかわれ~」「なんで日角さんが読まないんだ~」「日角さんこっち向いて~」と言ったヤジが飛んでくる。いや最後のなんだよ。モデルの撮影会じゃねぇんだぞ。
さすがにこんな序盤に騒がれてしまうと進行に支障をきたすので、日角は2回ほど手を叩いて「静かにしてくださ~い」とお願いする。するとどうだろう。先ほどまで俺に敵意を向けていた男子たちが一斉に黙るではないか。
ここまで統率が取れると、驚きと共に気持ち悪さを覚えた。女子グループの方からも「うわぁ……」と引く声が漏れている。
気を取り直して、順番通りに手帳の内容を読み上げていく。
「え~……じゃあ説明しますと。2年生になると屋台の出店が認められます。知ってるとは思いますが、グランドに仮設テントを立てて、焼きそばであったりたこ焼きであったり、お祭り会場などで目にするB級グルメがクラスで出せるようになりました。他にも室内でクレープなどの製菓を扱えるます。また今年は、生徒からの強い要望もあり、他クラスと合同で出店をすることも可能になりました」
これには「お~」と歓声が上がる。
「今までは、クラス個人での出店しかなかったため、一クラスのみで行うには作業やスペースに限界があるなど問題がありました。しかし事前に他クラスと共同で行うことで、クラス間の交流や、より大規模な制作を行えます」
ここまで説明したところで、一人の生徒が手を上げる。
「はい。波崎さん」
「クラスと共同でやる場合は、どうやって出し物を決めるんですか?」
「その点につきましては、まずはクラスでやりたいことを纏め、そこで共同でやるかやらないかの判断を仰ぎ、似たような内容、出店物のクラスと協力するかどうかの話し合いを行います。なので基本的には、まずは自分たちが出店物を決めることになりますね」
「どこのクラスとやるかは選べないってこと?」
「選べないことはないですね。その場合、事前にどこのクラスと共同で行うか決め、他クラスの文化祭実行委員を通じて意見のすり合わせをしていくことになると思います。ただ現状、初の試みなので穴も大きく、やりながら最適解を見つけていくってことになりますかね」
「そっか~」
俺の説明を受け、クラスは少しどよめく。あまり印象もよくないようで、浮かない顔の生徒の方が多そうだ。
「なんだったら私が今から直談判しに行ってもいいよ」
「えっ?」
日角は自分を指さし、そう提案する。
確かに、いろんな過程をすっ飛ばして直接話し合いの場を設けるのは手っ取り早いと思う。それに今の時間はどのクラスも文化祭の話し合いを行っているはずなので、そこに突っ込むのも悪い手ではない。
「ただこれだけは聞いておきたいんだけど。他のクラスと一緒にやりたい?」
この問題について極めて重要な部分を問いかける。ただみんな、お互いの様子を見るだけで積極的に発言をしようとはしなかった。
ここはあれだな、民主主義国家に基づき、多数決だ!
「じゃあ多数決を取ります」
誰かが横やりを入れるよりも先に、クラスに提案をする。
「やりたいなっていう人、手を上げてください」
そう聞くと、日角を含め、主に女子面子は他クラスと合同でやりたい様子だった。そしてその様子を受けて、徐々に男子たちも手を上げていく。
「見た感じ過半数超えてるな」
「みたいだね」
「では、うちのクラスの方針としては、他クラスと共同で何か出店するでいきましょう」
一つ問題が解決すると皆が「は~い」と返事をする。
「じゃあ次の問題だけど……どこのクラスとやりたいですか?」
2年生だけでも6クラスあり、3年生や1年生を加えると17クラスが対象となる。まあ、同学年以外のところに顔を出すのは少し難しいと思うので結果的に2年生だけになると思うが。
ここですかさず手を挙げたのは、女子面子の中でもかなりパリピ属性を持つを姫野さんだった。彼女は俺が指し示すよりも先に「4組がいいです!」と声を上げた。そしてその声に、「4組はあり!」「てか4組しかないよね!」と多くの女生徒が賛同する。
なぜここまで女子が4組を押すのかというと、理由は非常に単純で、塚本誠治がいるからだ。学校のプリンス、バスケ部の貴公子、女子からの羨望を多く集め男子からの怨恨を多く集める男。
確かに女子からしたら、かっこいい人と一緒に文化祭やりたいよな。
しかしそれに反旗を翻すのは男子面子。「4組はない」「塚本だけは絶対にダメだ!」と、嫉妬心マシマシで反抗する。
始まってしまった男女間戦争。クラス内は大いに盛り上がっているが、文化祭実行委員としてこれを纏めないといけないのは胃に穴が開きそうだ。
「みんな静かに~!」
普段だったら聞き入れる日角の声に、男子たちは反応しない。それほどまでに塚本来襲が嫌なのだろう。まあ男子からすれば、女子の視線を全て持っていく塚本の存在は邪魔でしかないわな。
「相馬……」
さすがの日角もお手上げのようで、珍しく困った表情で俺を見た。しかたない。
「男子ども静粛に!」
陣営を名指しで呼んだことに男子どもをこちらを向く。
一人の男子が「うるせぇ相馬! こっちな死活問題なんだ!」と叫び、また一人の男子が「お前とは違って必死なんだよ!」と喚き、一人の男子が「お前も敵なんだよ!」と指をさす。
なんでだよ。と突っ込みたくなる気持ちを抑え、「よく考えろ」と冷静に対処する。
「どのみちこの学年に塚本誠治という男がいる以上、どこにいようが何をしていようがやつの存在はでかい。なんだったら手元に置いて囲ってしまった方が楽だと思うぞ?」
俺の提案の意味がいま一つくみ取れないのか、男子の一人が「つまり?」と尋ねる。
「つまり、こちらも塚本と仲良くなってその輪に入ってしまえばいいだけの話いう訳だ。あとはもうわかるだろ? そっからは自分の努力次第だ」
ようは塚本という人間を囮に、それによって来る女子たちをひっかければいいという話だ。考え方は下種だが、ぶっちゃけ塚本に勝てる男子はそうそう存在しないので、これは単に男子たちに希望を与えつつ騙しているに過ぎない。それに気づくかどうかはみんな次第だが、妙に納得しているようで「なるほど……」「それはいい案だ」と頷いている。
そして俺の提案を鵜呑みにしている男子たちを見て、「相馬ってヤバいやつ?」「考え方キモ……」となぜか俺が引かれるはめになった。
いやいい案だろうがよ。お前たちだって塚本とお近づきになれるんだから文句いってんじゃねぇ!
「相馬が塚本くんと仲良いのってそういう……」
変な想像を膨らませる日角に「ちげぇよ」と冷静にツッコミを入れる。
「とにかく、4組と合同でやるでいいな。じゃあ日角、あとは――」
「ひとまず私と相馬で隣様子見てくるから、ちょっと待っててね」
「ちょ! おい!」
あとはもう日角に投げてしまおうと思っていたのに、彼女は俺の腕を強引に引っ張り教室を出ようとする。急に引っ張られたことにつんのめりそうになったが、なんとか堪え、男子たちの悲鳴を背に教室を後にする。
「さて、交渉といきましょうか」
「なら先に、腕を離してくれ」
優しく掴んでいる手をほどき、静かな様子の隣のクラスを見る。
「任せていいのか?」
「もしあれだったら助けてよ?」
あまりそういう自信ないんだけどな。
「もしもがあったらな」
まあ、塚本もいるしなんとかなるか。
気合を入れなおしたところで、日角が4組の扉をノックした。
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