第108話(サイドt):さみしい時は言えばいいのに

「それでさぁ、私は無理ですって言ったんだけど」

「うん……」

「店長がどうしてもこの日は人が欲しいっていうからさぁ」

「うん……」

「断るに断り切れずに結局OKしちゃんたんだよね」

「そっか~……」

「……紗枝、聞いてる?」

「ん?」


 とある日の昼休み。いつも通り私、寺島真紀は親友の浅見紗枝と机を並べ、お弁当を食べていた。だがどうも紗枝の様子がおかしい。普段なら軽いノリで適当に返すことろでも、どこか上の空で人の話を聞いていない。

 今日だけというならまだいいのだが、実は数日前からこの調子なのだ。

 どうも会話に身が入らないようで、何を聞いてもうんうんと頷くのみで、自分の言葉を口にしない。ただ返答するだけのロボットと化し、時たま思い出したかのように会話に混ざってくる。


 何か気になっていることがあるのだろう。まあ私の予想通りならば、奴のことだと思う。というか、紗枝がここまで悩むことなんて、他の何をおいても奴のことだけだ。


 これまではそれがわかっていたからスルーしていたが、さすがにここまで会話ができないと私も私で楽しくない。私は全面的に紗枝と奴の恋愛を応援はするけれど、せっかくこうして二人でお昼を共にしているのだから、せめてここにいない奴のことではなく私のことを考えてほしいものだ。


 本当は突っ込みたくはないんだけど、行くしかないか。


「相馬と何かあったんですか?」


 嫌々尋ねると、紗枝は肩をビクリとさせ、困ったように眉を寄せて私を見る。

 なんでバレたの? とでも言いたげな顔だが、あれでわからない方がどうかしている。


「いい加減、上の空で会話してるのはウザいんでね」


 素直な気持ちをぶつけると、紗枝は申し訳なさそうに顔をゆがめ、「ごめんなさい」と目を伏せた。


「謝るなら許そう」

「う~……寺氏大好き」

「はいはい、私も好きだよ」

「緩くない? 私の好意にたいする返しが緩くない?」

「何? 感情込めて言ってあげようか?」

「いや、それはさすがに怖いからいい」


 なんだそれ。


 真顔で拒否する紗枝に、こちらは無言でツッコミを入れる。


「それで? 何をそんなに考えてるの?」


 本題について問いただすと、紗枝は「なんていうか……う~ん……」と歯切れが悪い。


「相馬になんかされた?」


 もしそんなことがあったら、私が相馬に問いただすが。


「何もないの」

「はっ?」

「だから、何もないからもやもやするの」


 拗ねたようにそっぽを向く紗枝。


「つまりは何。最近、相馬と何もないからさみしいと。そういうこと」


 呆れた様子で聞くと、紗枝は「それもそうなんだけど、ちょっと違くて……」と言葉を詰まらせた。視線を泳がせて、言いにくそうにしている。


 こいつ……もしや私の知らないところで何かがあった?


「違くて?」

「違くて……」


 さっさと続きをしゃべれと目で催促すると、紗枝は恥ずかしそうに視線を下げて「こないだ、日花さんの誕生日があったんだけど」と話し始める。


 日花さんというのは、相馬の姉である相馬日花さんのことだ。夏休みの時に皆でキャンプに行ったとき車を出してくれたのがその人で、それを期に知り合いになった。特に紗枝は日花さんと連絡先を交換しているくらいでなので、仲良くしてもらっているのだろう。


「誕生日プレゼントっていう感じで、日花さんが大学で作ってるファッション雑誌の撮影を手伝ったのね。モデルとして」

「ああ~、そういえばキャンプの時も塚本のことも妙に口説いてたもんね」


 珍しくあいつが困ったような顔をしていたから、私はすがすがしい気分でそれを眺めてたけど。


「まあそういうことで、撮影をしたのよ。優と一緒に」

「ほう」


 つまりは二人で撮影の手伝いをしたと。


「その時にその……雑誌の特集? みたいなので、デートコーデみたいなのがあってね」

「ほうほう」

「優とカップルがやりそうなことをやって、それを撮影したの」


 それは日常風景だな。と思ったが、口には出さなかった。


「その時にちょっと……なんていうか……いい雰囲気になったというか」

「それで?」

「それで……ついうっかりというか、ポロっとというか……口が滑りまして」

「はいはい」

「思ってたことを喋っちゃった」


 マ、マジか!


「それは何! す、好きって、言っちゃったの?」


 予想だにしない出来事につい興奮してしまった私は、早口で紗枝に尋ねる。紗枝は勢いよく首を横に振って「そこまでは言えない!」とキッパリ否定した。

 なんだよ。勢いあまって告白しちゃったのかと思ったじゃん。


「焦らせないでよもう」

「むしろなんで寺氏の方が興奮してるのよ」

「するでしょそりゃ。親友の一大事だよ? 黙ってられるわけないでしょ」

「あう……それは……ありがとう」


 むしろなんでもっと早く言わないんだと文句を言いたいが、照れている紗枝が可愛いのでひとまずそのことは置いておく。それに今問いたださないといけないのはそこじゃない。


「それでなんて言ったの?」


 問題は何をどう伝えたかだ。ここで伝わりにくい言葉を使ったのなら、たぶん相馬は何もわかっていない可能性が高い。なんせあいつは、いままで紗枝や幸恵から散々好きですアピールをされたのに、それで全く気付かない鈍感野郎なのだから。


 しかし紗枝も言いづらいのか、また視線を泳がせてる。ただ私が真剣な表情で見つめるものだから、根負けしたような形で「実は」と口を開いた。


「これからもずっと隣にいられたらいいなって」

「それは……もはや告白なのでは?」

「やっぱりそう思うよね!」


 私に事実を突きつけられ、面白いように取り乱す紗枝。しかしその言葉は、関係の深い男女がしていいものではないだろう。付き合うどうこうをすっ飛ばして、むしろ結婚にまで行っている気すらする。

 ただこれで合点がいった。確かにこんなことがあったのに、相馬からのアクションが全くないとなれば、紗枝がもやもやするのもわからなくない。

 こちらからすれば、かなりの隙をさらしたのにも関わらず、それを無視してどっかにいかれたようなものだ。あれ? もしかしたら女子として見られてない? みたいな気持ちになってもおかしくない。しかも好意を寄せている相手ともなれば、なおさらだろう。


「なるほどね。まああんたの言い分はわかったよ」

「わかってくれるの?」

「一応、私も女だからね。ある程度は理解できるよ」


 全部を全部理解するには、恋愛感情というものを学ばないといけないからね。さすがにそれはわからない。


「でもそれだったら、自分から探りにいれた方がいいんじゃないの? 向こうも気にし過ぎて話しかけられないだけかもしれないし」

「それは、そうかもしれないんだけど……」

「だけど?」

「最近、文化祭実行委員とかバイトとか忙しそうだし、勉強とかもあるから話しかけづらくて。迷惑にもなりたくないし……」


 じゃあいままでの授業妨害の数々は何だったんだと言いたくなるが、確かに後期に入ってからは積極的に相馬の授業の邪魔をしている様子は見られない。紗枝自身も、いろいろと相手のことを考えて対応を変えてきているのだろう。まあ正直な話、当たり前なことなんだけどね。

 ただまあ私からしてみれば、相馬も相馬でまんざらでもなさそうというか、紗枝のいじりに対してはかなり許しているような印象を受ける。本人にどこまでの自覚があるかわからないけど、他の人と比べてみても紗枝に対する寛容さは群を抜いていると思う。


 だから紗枝が一言「話したい」と言えば、あいつは絶対紗枝のために動くだろう。

 しかし紗枝はそれをよしとはしない。出会った時からそうだが、紗枝は友達、特に近しい人にたいしては必要以上に気をつかう癖がある。相馬に対してだって、いじってはいるのだろうが、相馬が本気で嫌がるようなことはしないようにしている気もする。

 だから距離を置いてしまうのだろう。それは美徳でもあるけど、こと恋愛においては悪癖にもなりかねない。特に今は、いろいろと危険な要素もそろってるしね。


 文化祭実行委員には、相馬の他に私の友達でバンドメンバーの日角瑠衣がなっている。そして彼女はなぜか知らないが、相馬のことを好いているのだ。この文化祭を通して色々とアクションを起こそうとしている可能性がある以上。今は無理を通してでも相馬との時間を取った方がいい。


「……よし」


 腹を決めろ寺島真紀。今まではどうしても避けてきたけど、紗枝のためにひと肌拭時が来たのだ。

 唐突に席を立った私に「寺氏?」と不思議がる紗枝。私は「任せな」と一言伝えてから、教室を後にした。

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