サイドt:寺島さんは不本意であったが塚本に頼る

 さてと。後は若いものに任せて、私はどこにいきましょうかね。

 相馬を自分達が寝泊まりする部屋に押し込んだ後、暇ができた私は廊下で佇んでいた。

 別の人の部屋に押し掛けるのもありと言えばありだが、時間的に非常識だし、先生の見回りもあるのに頼るのもな~。


 腕を組んで悩んでいると。ポケットに入っているスマホが短く二回震えた。誰かからメッセージが来たんだろう。

 こんな時間に誰だ? と訝しげに画面を見ると、通知欄に塚本と記載されていた。

 この名前を見るだけで眉間に皺が寄る。


「なんの用だよ」


 通知をタップして内容を確認する。


『お菓子開けちゃったんだけど食べに来ない?』


 ご丁寧にスナック菓子の袋が開いた画像まで添付されていた。

 いやお前、男子が女子を自分の部屋に誘うとかどうなんだよ。とか、こんな時間にお菓子食べるのかよ。とか、思うところは色々あった。ただ紗枝と相馬の方はすぐに終わるようなことはないと思っているので、画面を閉じて下の階に向かった。


 ~~~


 先生がいないか注意しながら廊下を進み。相馬たちの部屋をノックする。

 ガチャリと鍵が開き、扉が開いた。


「いらっしゃい」


 いつもと変わらない柔和な笑みで出迎えてくれる。その表情に腹立たしさを覚えながらも、塚本を押して中に入り、扉を閉める。


「けして……けしてお菓子に釣られた訳ではないと言っておく」


 勘違いされても困るから伝えたが、塚本は一瞬キョトンとした顔をすると、すぐにいつもの笑みに戻る。


「ははっ。そこまで食い意地が張ってないのは知ってるよ」


 予想外の返答に別の考えが過った。

 まさかこいつ。普通に誘ったら頼らないと思ったから、わざと菓子の話題で私をおびき寄せたな?


「何があるのかはわからないけど、真紀自身が相馬に用はないと思ってさ」


 つまりなんとなく察して、私のために動いてくれたのだ。だとしてもタイミングよすぎてキモい。


「もしかしてあいつ、告白されてる?」

「告白といえば告白だけど……たぶんそこまではいかないと思う」

「というか、あんな変人好きになるやついたんだね」

「失礼だと思うけれど、そこはなんとなく同意してあげる」


 相馬はよく紗枝のことを変人扱いしているが、自分もそうとう変人であることをいい加減理解した方がいいと思う。でもそれを──。


「でもそれを、あんたに言われたらおしまいね」

「そういうことは心の中に留めて欲しいかな。お菓子食べる?」

「しかたないから貰ってやるわ」


 塚本と向かい合うようにベッドに腰を下ろし、開封されたスナック菓子を一つ摘まむ。薄切りのジャガイモにほんのり塩が振られた、定番のスナック菓子だ。


「私、サワーオニオンが好きなんだけど」

「それはこの銘柄にはないから。昔はうす塩好きだったのに、いつの間に鞍替えしたの?」

「人聞きの悪いこと言わないで。それに昔は昔、今は今。あんただって食の好み変わってるでしょ?」

「う~ん、どうかな?」


 ごまかしているのか、本当に思い当たらないのか。とにかく、うすら笑みにこめかみが反応した。


「ただ、真紀の好みが知れたのは嬉しいかな。今度はサワーオニオンを持ってくるよ」

「ウザ」

「シンプルに酷い」

「そういうご機嫌取りみたいなの止めてくんない? あんたに優しくされると、他の女子からの目線が痛いんだから」

「俺は自分の気持ちに正直なだけなんだけどな。真紀のことは好きだし」

「あとそれ」

「ん?」

「名前。昔ならいいけど、今は駄目」

「どうして?」

「それくらい考えろアホ」


 塚本はわざとらしく考えると、「ドキドキしてしまうと」というあり得ないほどポジティブな解釈をしてきた。バカだろこいつ。


「ちがーう。あんたが異性を名前で呼ぶことに、どれだけの影響力があると思ってるの。私は去年から針のむしろなんだよ」

「うーん……なるほど」

「だから今度名前呼びは」

「それは無理かな」

「……はあ!?」


 驚愕に顔を歪めている傍らで、塚本はいつも通りの柔和な笑みを浮かべている。その顔を見るだけで、怒りが沸いてきた。


「あんた私の話聞いてた!?」

「聞いてたとも。名前を呼ばれたくないんだろ?」

「そう! だったら!」

「でも断る」


 普段こいつは、女子の頼みを断るようなことはしないイエスマンだから、それに私を好いていると言うから、絶対に断らないと思ったのに。


「なんで!?」

「真紀」


 塚本は自分の唇に人差し指の側面を押し当て、静かにとジェスチャーで伝えてくる。それくらい言って伝えろと思うが、こんな時間に騒ぐことではないので、苦虫を噛み潰したような気持ちで従うことにした。


「どういうつもり?」

「どうもこうも。俺は真紀のことが好きなんだよ?」

「だったらなんで」

「だからこそ、なんだけどね。真紀にはわからないかな?」


 よくわからないが、バカにされているのがわかる。自然と手が塚本の胸ぐらを掴んでいた。


「暴力反対です」

「その舐めた顔がムカつく」

「生まれつきです」

「小学生の時はもっと可愛かったから」

「え~。真紀から見たら可愛かったの?」

「昔はね」


 今はただのムカつくイケメンに成り下がったがな。

 一先ず手は離してやり「でっ?」と、先程の真意を問いただした。


「人はね。自分と他人を比べちゃうものなんだよ」

「だから?」

「つまりは、そういうことさ」


 どういうことだよ? というかその顔ムカつく。

 はっきりとしないから再度胸ぐらを掴むと、コンコンと扉がノックされた。

 二人で扉を見てから、顔を見合わせる。鍵が刺さる音がして、ヤバイと頭の中に警鐘が鳴った。


「真紀」

「ちゃんとごまかしてよ?」


 恐らく先生の見回りだろう。こんなところ見られたら、そういう関係でなくとも疑われる。それだけは死んでも嫌なので、仕方なく布団の中に隠れてやり過ごすことにした。




 結果、塚本の巧みな話術で、先生はなんとかやり過ごせた。こういうときに限り、こいつの面の皮が厚くて助かったと思った。


「ふう。なんとかやり過ごせました」戻ってきた塚本は、わざとらしく肩をすくめた。

「ずいぶん余裕そうに聞こえたけど」私は一先ず掛け布団を剥いで、座り直す。

「そんなことないでしょ。人を騙すのは得意じゃないから」


 どの口が言ってんだこいつ。


「まあいいや。そろそろ戻った方がいいかな」


 スマホを確認したが、特に連絡は来てなかった。向こうが終わってるかわからないが、先生の見回りがあるとなると、そう長居はできないだろう。

 一先ず紗枝にメッセージを飛ばすと、「もういいの?」と塚本が訊いてくる。

 この言葉には、もう大丈夫なの? と、もう訊かなくていいの? の二つの意味があるのはわかった。こう訊いてくるのが本当に腹立たしい。どうせ訊いたってたいした答えが返ってこないのは、もうわかっている。


「いいよ。どうせ時間の無駄だしね」塚本の顔に指を差し「一先ず今は我慢してあげる。でも不用意に人前で、特に女子の前では名前で呼ばないで」

「つまり二人きりならOKと」

「……もうそれでいいから。よろしく」

「了解了解」

「じゃあ私は」


 部屋をあとにしようと思ったが、「ああ、ちょっと待った」と塚本に止められる。


「なに? もうこれ以上あんたと話してたくないんだけど」

「酷いな。でも少し待った方がいい。ここは階の丁度真ん中だからね。先生がいなくなるのには、もうちょっと時間がかかる」

「……それもそうか」


 一理あるのでまたベッドに腰を下ろす。


「食べる?」


 再度スナック菓子を進められるが、これ以上は太りそうなので食べなかった。

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