第143話(サイドh):私はそれを知ってる

 彼女が何を聞きたいのかはわかっている。大方、私が相馬と二人っきりで文化祭を回りたいと言ったことについてだろう。でなければ臆病者のあさみんが、一人で私の前に来ることはない。


 体育館のそばにあるベンチに腰を掛ける。膝を曲げるときに痛みが走り、眉をしかめた。治療したとはいえ、痛みがすぐに引くわけじゃない。でも我慢できないほどではなかったので、患部に触れないように撫でて、息を吐きひとまず落ち着く。


「足……本当に大丈夫?」


 隣に座ったあさみんが、心配そうにのぞき込んできた。

 珍しく顔に出るものだから、そりゃあ不安にもなるだろう。できれば私も、この後はずっと座っていたいし、歩きたくない。

 でもそうは言ってられない。彼女が話があるのと同じように、私も彼女に直接話さないといけないと思っているんだから。痛いとかは二の次だ。


「うん。ひとまず大丈夫。だから、心配しなくていいから」


 突き放すような言い方になってしまったけど、こうでもしないと彼女はいつまでも私の身を案じてしまう。それは私にとっても本意ではない。できれば何の気兼ねもなく、本音で話したい。


「それで? 何かな?」

「えっと……そのね?」

「うん……」

「あの……」


 言いづらそうにモゴモゴと話すあさみん。奥手奥手だとは思っているけれど、予想以上に引っ込み思案なんだな。それでよく相馬にあそこまでのギャルムーブをかませたよね。むしろ私なんかよりも嘘がうまいのではないか?


「文化祭なんだけどさ……」

「うん……」

「その……そのね……?」


 いや、さすがに引っ張りすぎだろ。

 むしろ私からここまでアプローチをかけているのに、いまだに腹が決まってないのに驚いてしまう。私があそこであさみんの誘いをOKした時点で、もう私たちがどういった関係なのかわかりきってるようなものでしょうに。


 でもそうか……これが本当の、あさみんの姿なんだ。


 想像の何十倍も弱そうな、ちょっと小突くだけでポッキリ折れてしまいそうな、そんな儚さを感じてしまう。見た目は清楚だけど中身が誰よりも逞しい幸恵とは大違いだ。

 私なんかよりも一層弱々しい彼女に、可愛らしいと思うと同時にイラつきも覚えてしまう。


 正直な話。私はあさみんのことは最大のライバルだと思っている。誰よりも相馬の近くに居て、誰よりも相馬から信頼を得ている彼女のことが、羨ましくないなんて思ったことがない。それだけ二人の関係は、周りから見て輝いて見えるのだ。

 だからこそ焦るし。だからこそ一歩踏み出す勇気をもらえた。

 それなのに当のあさみんはこのざまだし、むしろ私が一言、『相馬のことちょうだいよ』とでも言えば、悲しさを押し殺して譲ってしまいそうだ。


 こんな子のためにこれまで多少の無理をして相馬に近づいたって言うのに、なんだかその努力がバカみたいに思えてしまう。


「はっきりしなよ」


 自然と威圧的な声になる。あさみんがビクリと肩を震わせて、唇をキュッとつぐんだ。


「そうやって黙るのは。ズルいと思うよ」


 ふつふつと湧き上がる感情のままに、言葉を投げる。


「黙ってれば誰かが察してくれるなんてことはないし。動かなければ、始まらないことだってある。私はそれを知ってる」


 去年は動こうとも思わなかった。でもそれが今になって、後悔へと変わった。


「だから私は頑張るの。相馬のことが好きだから。誰にも取られたくないから。あんたにだって向き合える」


 宣戦布告をされたら、それを受ける覚悟だった。それくらいの気持ちで、私は彼女のお願いを受け入れた。

 悔しそうに眉を顰め、今にも涙が流れそうな彼女の目を見つめる。強く、負けないように。


「私は、誰が相手でも負けない。あさみんはどうなの?」


 彼女からの言葉を待った。でも、何も帰っては来なかった。震える手をギュッと握りしめて、うつむいている。


 それを答えと受け取って、腰を上げる。一度、彼女に視線を向けるが、彼女はうつむいたまま、その場を動こうとはしなかった。


 ~~~


 応援席の後ろから、次の競技である女子400m走を最前列で見ている幸恵と寺氏、ついでに塚本を発見する。相馬はこの後の男子400mのためにすでに準備に向かっているので、あいにくと不在のようだった。


 私はそのまま吸い込まれるように幸恵の後ろに向かうと、そのままガバリと彼女のことを抱きしめた。


「うわっ! って、瑠衣ちゃん。怪我は大丈夫だった?」

「う~ん」


 心配する彼女にから返事をして、ほっぺを彼女の頭に乗せて「う~ん……」と項垂れる。


「……どうかした?」

「……う~ん」


 どうにも答える気力がなかった私だったが、ひとまずそれ以上何も聞かずに、幸恵は私の手をそっと握ってくれた。

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