第142話(サイドa):どうしても、聞きたいことがあって

「大丈夫かな……日角さん」

「あれは痛いだろうな~」


 日角さんと幸恵がゴールした後も、競技は続く。

 先生や幸恵に心配されながらも、日角さんはあの後、一人で校舎へと歩いて行った。その様子は応援席の私たちも見ていて、怪我をした彼女を心配しないような人は、このクラスにはいなかった。


 もちろん私も、彼女のことは心配している。


 友達というにはおこがましい、まだまだ知り合い程度の関係だけど、それでも気にかけないような薄情な性格ではない。ただ彼女を心配する一方で、余計なことを考えてしまうのも事実だ。


 どうしたって頭から離れない言葉。私の好きな人から出たその言葉が、ずっと心をかき乱している。


 聞きたい。彼女の口から直接……聞かなきゃいけないような気がする。でも、それ以上に……怖いと思ってしまう。

 私はどうしたって臆病だから、嫌なことからは目を背けて、何もないように過ごしたいと思ってしまう。けれどもう、そんなことを言っている余裕はなくなってしまった。私の方から動かなければ、何もかもが終わってしまうんだから。


 もうあんな思いしたくなかったから、変わろうとしたんでしょ!


「私……ちょっとお水買ってくる」

「ん? うん。いってら」


 隣にいた寺氏に、わざとらしいくらいはっきりとした声でそう伝えると、そのまま人の間を縫って校舎へ方へ向かう。

 ただ飲み物を買ってくると言った手前、手ぶらで帰るわけにもいかないので、ひとまず1階にある自販機でペットボトルのスポーツドリンクを買っておく。それと、保健室の前で待ち構えているのはあまりにも露骨なので、グラウンドに向かう途中のところで待つことにした。


 なんて聞こう……。


 話すことは決まっていたけど、出合頭にいきなりそんな話題振ったら相手も困ってしまう。もし私だったら思考停止して頭の中が真っ白だ。それに向こうは怪我をしてるわけだし、無理にとどめるのもかわいそうな気も……結局私のエゴというか、わざわざこのタイミングで言わなくてもいいというか。でも聞かないと始まらないことだし、そもそも体育祭が終わったらもうすぐに文化祭が待っているんだ。悠長なことは言ってられない。


「大丈夫……大丈夫……」


 自分に言い聞かせるように繰り返し、持ってるペットボトルをギュッと握り絞める。

 少しして、校舎の方から足を引きずりながら歩く日角さんを見つけた。膝を覆うくらいの大きめのガーゼ。転んだ時は遠くからだったからわからなかったけど、もしかしたらかなり大けがだったのかな。

 急に不安が込みあがってきて、こんな状態の彼女に、自分勝手な話をすることに引け目を感じた。


 自分のことをするよりも先に、まずは彼女を心配するのが先だろう。いくら何でも順番をはき違えてる。自分のためだからって、人に迷惑をかけていいわけじゃない。


 気持ちを改め直していると、彼女は私に気が付いたのか足を止めたので、少し緊張しながら彼女に近づいた。


「大丈夫……だった?」

「見た通りね。普通に歩けるから心配はいらないよ」

「そっか……」


 優しく言葉をかけてくる日角さんに、本当に大丈夫なんだなという安堵を得た。


「よかった」

 

 自然と気が緩んだのか、頬がほころぶ。たださすがに、こんな状態で話を聞くのもどうかと思うので、また日を改めようと考え始めたその時、なぜか彼女の方から「それで、私に何かお話かな? あさみん」と話を振ってきた。

 まさかの展開に驚いた。言っていいのかとも迷った。でも彼女が、私は聞くよ? 言わないの? と言ってくれているようで、引きそうになっていた心が踏みとどまる。


「どうしても、聞きたいことがあって」


 彼女はやっぱりね、とでも言いたげに腰に手をやると、「座ろっか」と体育館の近くに置かれたベンチを視線を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る