第140話(サイドs):応援は勇気になる

 ——私をなんだと思ってるのよ――


 彼女の言葉はまったくもってその通りで、どこか独特な雰囲気や立ち振る舞いから、瑠衣ちゃんのことを同じ女の子のように思えなかったことが多々あった。

 そもそも表情が変わってるようで変わってないところなんかが、その雰囲気に拍車をかけているとしか思えないんだけど、こうして一緒にいる時間が増えてくると、意外にも彼女は表情豊かなんだなと思わされる。


 笑うし、嫌な顔もするし、愛らしい見た目とは裏腹にかなり凛々しい姿も見せるし、それに……恋する乙女の顔もする。

 表情が表に出ずらいというだけで、心の中はきっと、いろんな気持ちが渦巻いていたんだろう。


 最初は、嫌な人なのかもしれないと思っていたけど、そんな自分が今となっては恥ずかしい。こんなにも魅力的な人が、嫌な人なはずがない。


 だからと言って、遅れをとるつもりなんてサラサラないけどね。


 前の人が走り出し、ようやく私たちの番がやってくる。


 足を結んでいるから非常に歩きづらいけど、1~2週間前の私たちならいざ知らず、今の私たちなら歩くくらいならお茶の子さいさい……と言いたいところだけど、はっきり言えば歩くことも精いっぱいというのが現状だ。


「左足からね」

「私は右ですね」

「「せ~の」」


 掛け声をお互いに出して、一歩一歩丁寧に歩いていく。周りの人たちはお互いにどっちの足を出すのか言わずともなぜかスムーズに歩けているけど、中には私たちと同じように掛け声を出して歩く人もいた。

 スタートラインに横並びになって、前の走者が走り終わるのを待つ。


「……緊張が」

「言わない……余計緊張する」

「はい」


 ただ立っているだけなのに、体が震えるほど緊張してしまう。心臓の音もうるさく、耳から飛び出るんじゃないかってほどだった。


 琴の演奏会でもこんなに緊張することはないんだけどな。


 やはり慣れしたんだ舞台との違いや、失敗したくないという思いからなんだろう。


 深呼吸を一つ。彼女の腰に回す手の指先にも少しだけ力が戻る。それに呼応するように、私の腰に回す彼女の指先に、グッと力が込められた。


「位置について……」


 スタートの合図を出す先生が、スターターピストルを上げる。それに合わせて、いつでも走り出せるように、前のめりになる。


「よ~い……ドン!」


 掛け声とともにピストルが鳴った。それほほぼ同時に、私たちは「「せ~の!」」と声を合わせて走り出す。


 二人三脚は、スタートからゴールまでトラックおよそ一周分。一人で走れば大した距離ではないが、二人で走るとなると、意外にも長く感じてしまう。


「「1、2! 1、2!」」


 滑り出しは悪くなかった。しかしさすがに走る速さが他の組に比べると遅いこともあってか、徐々にだが遅れをとっていく。一組抜かされ、二組抜かされ、後続は私たちともう一組を残すのみとなった。

 練習ではいつも最下位に終わっていたが、今日は勝ちたい。せっかく前を走ってるんだから、このまま追い付かれずに勝ちたい。

 その一心で走っていたけど、これも運動神経の差なのか、ちょうど生徒席からよく見える、トラック半周ぐらいのところで抜かされてしまった。

 最後の一組は私たちの横を通り抜け、先に進んでいく。どうにかして追い付きたいと思っても、これ以上走る速度を上げてしまえば、息が合わなくなってこけてしまいかねない。私たちの目標は勝つことではあるけど、同時にこけないことも重要なのだ。


 練習中はよく足がもつれてこけそうになる場面が多かった。幸い大事にはならない程度にすんでいるので、大きな怪我とかはしてないけど、私たちのような運動音痴はいつもその危険とは隣り合わせだ。

 すこし無理をすれば、たちまち大転倒なんて……そんなことにもなりかねない。


 でも……。


 グッと奥歯を噛みしめる。悔しい気持ちや、負けたくない思いがあふれてくる一方で、冷静な自分がその気持ちにストップをかける。

 私一人ならまだしも、隣には瑠衣ちゃんがいる。無茶はしちゃだめだ!


 徐々に距離が離されていく中で、私たちのクラスが集まっている場所の前までやってきた。最前列では、寺島さん紗枝ちゃん、そして優くんが見ている。


「二人とも! あとちょっとあとちょっと!」

「抜かせるよー!」

「幸恵、日角! がんばれ!」


 いままでも、琴の演奏会なんかの前には、いろんな人から応援をもらったこともあった。けれどもそれは、期待感や私の家との交流とか、心の奥にある秘め事が見えるようで、どうしても素直に受け取れなかった。だからなのかもしれない、ここまで気持ちが昂る応援は、されたことがない。


「瑠衣ちゃん!」

「うん。そうだね!」


 自然と掛け声が早くなる。それに合わせるように、徐々にだけど速度も上がっていく。

 ゴールまで残り数メートル。前を走る組の背中はとらえた。あとは頑張って追い抜くだけ。

 そう思った矢先だった。速く走ろうとした焦ってしまったのか、一瞬だけ二人の歩幅がずれ、勢いよく前に転倒した。


 

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