第139話(サイドh):そのために頑張った
もともと運動は嫌いだった。
思い返せば昔から昼休みに外で遊ぶとか、友達と公園で騒ぐとか、およそ小学生がするような活発な遊びというのはやってこなかったように思う。
昔から内向的で、人と本気で関わってこようと思ってなかったからなのかもしれない。誰かといるよりも、一人でいる方が気が楽だったのだ。
けれど今は、本当にあの時運動をしておけばよかったなと、少しだけ後悔している自分がいる。
「はい。結べたよ」
「ありがとうございます。瑠衣ちゃん」
グラウンドのトラックの内側。そこで二人三脚競争に参加する生徒たちは、列をつくり待機している。レースが始まるまでの間に、お互いの絆の証でもある鉢巻きでお互いの足を結んでおく必要がある。これはプログラムを円滑に進めるために、必ずやらなくてはならないことだ。
ただ私としては、トラックに横一列に並ぶときにでも結べばそれで済むだろうな~。と考えているので、わざわざこのタイミングでしなくても思ってしまう。だって歩きづらいし、足が結んであるとしゃがんで立つだけでも一苦労だし。
これが運動神経のいいあさみんとか、それこそ相馬や塚本とかだったら話が違うのかもしれないけど、あいにくとここにいる二人は運動神経残念ズなので、ただ歩くだけも一苦労だったりするのだ。
一昔だったら可愛く振る舞ってお茶を濁せばなんてことはなかったけど、今の私には格好つけたい人がいる。その人が見ている前で、無様な姿を見せるわけにはいかない。
「……」
珍しく、手が震えていることに気づいた。たかが体育祭。別に世界記録や全国大会出場がかかってるとかじゃないのに、緊張している自分がいる。練習をしたからこそ、失敗は許されないというプレッシャーがこうして現れているのだろう。
ステージに立つ時でさえ、最近は緊張なんてしないのにな。
自分の意外な姿に、何故か笑えてきてしまった。
「どうしましょう、瑠衣ちゃん」
けれどそんな私の横で、私なんかよりもいっそう緊張している人がいた。
「すごく体の震えが……」
幸恵のそんな姿を見て、逆に緊張がほぐれていく。
「大丈夫。私も手が震えてるから」
そういうと彼女は、私の手をそっと握り「おおっ……」と謎に感動している。
「瑠衣ちゃんでも緊張するんですね」
「私をなんだと思ってるの?」
「心まで鋼で出来てるのかと思ってました」
なんか相馬にも思ったんだけど、みんな私のことロボットか何かだと勘違いしてない? これでも血の通った人間なんだけど。
「でも、おかげでちょっとホッとしました」
緊張してる人を見たら、逆に緊張がほぐれる現象。ついさっき私も感じたことが、どうやら幸恵にも起こったみたいだ。
「頑張ろう。大丈夫、ちゃんと練習した」
「はい。ちゃんと頑張りました」
動悸は不純。けれども何よりの活力となって、今日までやってきたのも事実。
「目標はこけない」
「欲を言えば一番」
無茶な目標を掲げて、お互いに笑った。
さて、出番まであとわずか。ちょっと気合を入れますか!
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