第96話:撮影内容がそれって……

「思ったよりも……」

「なんです?」


 着替え終わり、郡堂さんに服装のチェックをもらっていると、彼女は腕を組んで俺のことを頭の天辺から足の先までじっくりと観察する。

 手渡された服はちゃんと着た気がしたのだが、どこか変なところでもあるのだろうか?


 なにぶん服装の知識については中学辺りで止まっていて、普段も俺が私服で外に出ようとすると姉の勝手な服装チェックが入り、急いでると言うのに「ダサイのは罪だ」とか抜かして着替えを要求してくる。

 なので自宅には、姉のトータルコーディネートがタンスの中にセットされており、俺は基本そのセットを引っ張り出して着ている。


 姉いわく、「あんたはもう少しシンプルな服も買った方がいい」とのこと。確かに柄物とか多い自覚はあるが、果たしてそれが何故いけないのかについてはわからない。

 そんな俺が許せないのか、姉は時たま俺に服を買ってくる。

 自分で買えると言ってはいるのだが、「あんたのセンスは信じられない」とまったく信頼がないので、しかたなく服の金額だけ支払っているのが現状だ。


 確かに服装については無頓着でわけがわからんが、けしてダサイとは思わないんだけどな……。


 話が脱線したが、つまるところ俺は服に関しては自信がない。着こなしもそうだし、服選びに関してもそう。姉というセンスの固まりが近くにいて全てやってくれるので、自然と知識として得ようと思えなくなってしまった。

 なのでそんな風にいぶかしげな表情でジロジロ見られると、居心地が悪いし焦る。


「あ~……着こなしに問題が?」


 渡された服なのでコーデについては問題はないはず。あるとすれば俺の着こなしのほうだろう。


「う~ん……弟くんって案外、がたい良いんだね。キツくない? 大丈夫?」

「えっ? いやそこまでキツくはないですけど」

「本当? なら、まあいいか」


 特に着こなしについて問題があった訳じゃなかったのか。じゃあなんであんな顔してたんだよ。

 人間の不可思議さについ愚痴を漏らしそうになったが、そこが喉元でグッと堪えるにいたった。


 ひとまず着替え終わった俺たちは、隣の撮影スペースに向かう。


「日花~。弟くん終わったよー」


 ノックをしてそう呼び掛けると、扉が開く。

 姉は郡堂さんの後ろで立ってる俺を、頭の天辺から足の爪先までじっくりと値踏みしていくと、「ぐっちゃん。髪のセットもお願い」と頼んで中に戻る。


「はいよ。じゃあ弟くん」

「はい」


 郡堂さんも中に入るので、俺もそのまま中に。

 先程はちらっとしか見なかったらから気づかなかったが、ちゃんとモデルが休めるように椅子やらケータリングなども準備されていて、姿見なんかも置かれている。

 本場の撮影スタジオを見たことがないのでなんとも言えないが、つい本格的だなと感心してしまう。


「あっ」

「ん?」


 声に反応すると、椅子に座った紗枝が俺を見ていた。

 制服から着替えて、普段は見ないようなだぼっとしたパーカーを着ている。


「……」

「……なんだよ?」


 何も言わずジーっと見つめられる。やっぱり何か変なのか? でも郡堂さんもお姉も何も言わなかったけれど……大丈夫だよな?


「見とれるのは後にしてもらえますか、お嬢さん」


 紗枝の後ろから髪をいじり始めた姉が一言注意を促すと、「違います!」と猛反発する。

 そりゃそうだろ。今さら俺が着飾ったところで馬子にも衣装。変ではないだろうが、けしてカッコイイとかではない。なんせ元がそこまでなんだからな。


「はい。弟くんも座って」

「うす」


 郡堂さんに促されるままに椅子に座り、髪の毛をいじってもらう。普段からワックスとかは面倒で使わないので、なんだか新鮮だな。


「痛いとかある?」

「いや、特には」


 なんか、こうしてもらうと美容院に行っているような感覚になるな。こういうときって妙に手持ちぶさたで、何か話さないといけないって気になってしまう。別にそこまで気を使う必要はないはずなのに、黙っていられない空間がそこにはできてしまう。


 現状がまさにそれである。郡堂さんは真面目に仕事をこなしているのだが、俺はなんとも言えない心情だった。


 何を話すべきだ? そもそも話しかけてもいいのだろうか? 郡堂さん真剣だし、そんな中で話しかけられたら集中力が切れる可能性もある。俺だったら勉強の集中している時に話しかけられたらちょっと嫌だし、やっぱりこれは話しかけずに見守る方が正解か。


「はい完成」

「えっ? あ……ありがとうございます」


 ゴチャゴチャ考えてたら終わってしまった。まあいいだろう。


 俺の方はあっさり終わったが、紗枝の方はまだもう少しかかりそうだった。


「あの、郡堂さん」

「ん?」

「今日って、どんな撮影なんですか?」

「あれ、聞いてないの?」

「まあ」


 何故か教えてくれなかったんだよな。


「まずは秋のお出掛けコーデ、デート編だよ」

「はあ……はっ!?」


 今、なんて言った?


「デート編?」

「デート編」

「つまりは……」

「弟くんと彼女にはちょっとカップルぽいことしてもらいます」


 おい、それはだいぶ……難易度が高いんじゃなかろうか?

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