第95話:相馬日花という人間

 大学ともなると、雰囲気は当たり前だが高校とは全然違う。教室一つをとっても規模が違うし、キャンパス内はもはやアウトレットかと思うほど近未来的で、勉学に励むような場所とはとうてい思えない。


 あと思ったのは、大きさと広さだろうか。

 高校でもなかなかの広さだと思ったが、大学は一回りも二回りも広い。そもそも建物と建物の間が広く開放的で、建物の中に入っても天井が高く、息苦しさのようなものを感じない。

 高校の天井なんて、背の高いやつが垂直跳びをするだけで届くというのに、ここではそんなことをしても指先すらカスリもしないだろう。


 来たのは二回目だが、やっぱり大学はすごいと改めて認識させられる。そしてこの大学に通っている姉のことも、純粋に尊敬の念を抱く。


 元々、県内でも偏差値がトップクラスに高い大学なのだが、そこに推薦で入った人だ。大学ではやりたいこともやりたいようにしている、はたから見たら自由人としか思えないような人だが、勉学に関しての実力は本物。家で唯一、母親にたいして反論できるだけの成績と結果を残している。

 だからこそ今こうして、何をやっても許されていると言えるだろう。ただそれでも、常識についてはもう少しまともな感性を持って欲しいとは思うけどな。


 キャンプの時にもその片鱗は見えたと思うが、あの人は自分がやりたいと思ったことには全力で、あまり手段を選ばない。塚本にたいしても、いまだにモデルをやって欲しいと連絡をいれているようだし、執念深さは一級品だ。

 欲しいと思えばそれを獲得するために奮起する。それが相馬日花のあり方だ。だが面白いことに、あの人は必要ないと思えばあっさりそれを切り捨てる。容赦のなさも同時に兼ね備えている。

 単純な性格だと言えばそれまでだと思うが、そんな言葉では片付けられないのも事実。情と呼べるものが姉には欠如しているように俺は思っていた。


 昔の話になるが、小学生の時に親戚の家に遊びに行った時のことだ。その時は俺も勉強のことなどで余裕がなくて、あまりその当時のことを覚えてはいないのだが、一つだけどうしても頭の中から離れないことがある。


 親戚と話している姉の表情が、笑っているのに笑っておらず、親戚の顔を見ているのに見ていなかった。

 その姿を目に写していなかったのだ。なんていうか、全く期待していない、そんな目をしていた。

 それ以来、姉は親戚の家にいくことはなかった。俺は何度か母親に連れられ訪れたが、姉は誘われたとしても興味を失ったようにそっけなく、首を縦に振ることはなかった。


 何があったのかはわからないが、きっとあの時に、姉は親戚のことも切り捨てたのだと思う。でなければ、あんな態度は取らないだろう。

 極端な人で、扱いにくい人だとは思う。けれどだからこそ自分の芯を持っていて、それがブレない。そんな生き方をする姉に嫌悪感を持つと同時に、少しだけ羨ましいと思ってしまう。


 郡堂さんに連れられ、俺たちは高校の教室程度の大きさの部屋に通される。すでに白幕、照明、衣装が用意されており、モデルさえいれば撮影が開始できるほど準備万端だった。

 その部屋の中央には、カメラを持って何かを調節している姉の姿があった。姉は俺たちが入ってきたことに気がつき、こちらに振り向く。


「おっ。来たな~」


 姉は勝ち気な笑みを浮かべて、手近な場所にカメラを置いてから、紗枝の手首を掴む。


「えっ?」

「ぐっちゃん、優のは隣にあるから。よろ」

「あの、日花さ──!」


 それだけ伝えて、紗枝を強引に引き寄せ扉を閉めた。


「は~い」


 もはや聞こえていないのに返事を返す郡堂さん。

 というか、あまりの強行ぶりに弟の俺も若干引いているんだが。


「あの、いつもこんな感じで?」


 おそるおそる訪ねてみると、郡堂さんは困ったように微笑んだ。

 なんかもうほんと、申し訳ねぇ!


「すみません。姉がご迷惑を」

「いいよいいよ。というか、家ではどうなの?」

「家では……そうでもないですね」


 大学での姉の姿を知っている人からすれば、普段の姉は天と地ほどの差があるかもな。まあ俺に対してはあんまり変わんないから、なんとも言えないけど。


「意外。大人しいんだ」

「大人しいほうです」

「からかったら怒られるかな?」

「弟目線で言わせてもらえるのなら、やめといた方がよいかと」

「そっか~。ざ~んねん」


 言葉とではこう言っているが、まったく残念そうではない。むしろ俺が何を行ったところで、ネタにするつもりもない、という雰囲気だった。

 たぶん郡堂さんは、姉のことをよく理解している人だ。


「とりあえず順番に撮っていくと思うから、着替えちゃおうか」

「はい。わかりました」


 奥の部屋に通され、数ある服の中から一式渡される。渡されて、なぜか郡堂さんは部屋を出ない。


「あの……」

「ん? ほらちゃっちゃと着替える」

「見られてるとその、着替えにくいのですが」

「ああ、そうだね」


 そう言って郡堂さんは俺に背を向けた。いや出てってほしいんだけど?


「……あの」

「色味とか小物合わせとかするのに、いちいち出てとか面倒くさいから。後ろ向いてるからさっさと着替えて」

「……はい」


 いやこれ、なんのプレイだよ。


 郡堂さんの言い分に反論することもできず、俺は恥ずかしさを堪えながらその場で着替えるのだった。

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