第97話:撮影スタート

 撮影の順序としては、まず個人での撮影が行われ、その次にペアでの撮影が始まる。

 髪のセットが終わった紗枝は、姉に言われるがままに床にまで垂らされた白幕の前に立たされる。


「じゃあひとまず欲しいカットだけ撮って、後は自由にポーズしてもらっていいから」

「はっ! はい!」


 写真枚数的には紗枝が7割り、俺が2割り、残りがペアでの撮影に割り当てられるらしい。姉が担当しているページが女性向けということもあり、紗枝に割り振られた比重は大きい。一つの服の撮影が終われば着替えてもらい、着替え終われば撮影が再開、また着替えるといった手順を何度か繰り返す。

 俺はその間ただ撮影を見守り、最後にちょろっとだけ何枚か写真をとられるだけだ。なんとも簡単なお仕事なのだろうか。


 机の上に無造作に置かれた一枚の紙切れに目を通す。細かい升目がA3サイズほどに施された紙で、余白もいれるとかなりの大きさになる。

 これは漫画で言うところの、ネームと呼ばれる下書きに使うラフ用紙。シャーペンで雑誌のレイアウトを描くもので、どこに何を乗せるのか、リード文はどこに配置するのか、本文の長さはどうするのかなど、大まかではあるがページを作る上で指標になる大事な紙だ。


 姉が作るのは秋のトレンドコーデ特集のようで、片面ずつにコーデを乗せる単純なもの。しかし細部にはオシャレのポイントやアクセントとなる小物、代用品など、コーディネートする上でそこまで使うのか? と思うような内容も含まれている。

 素人の俺が見てもどこに何の写真が乗るのかチンプンカンプンなのだが、姉は写真を撮りつつサイドテーブルに置いたラフ用紙をチラチラと確認している。ちゃんとどこに写真を置くのか、頭の中でイメージしているんだろう。


「浅見ちゃ~ん、笑顔固いよ~?」

「そう言われましても……」


 ポーズを取りつつ、ひきった笑みを浮かべる紗枝。確かに普段とはかけ離れた笑みだが、こんな状況で普通に笑えっている方が難しいと思う。

 スマホの普及でカメラ慣れしている現代人でも、気軽に撮るものと真面目に撮るものでは訳が違う。いくら紗枝が自撮りとかしそうに見えても、こんな場所で一眼レフカメラを向けられて、緊張しない方がおかしい。

 まあ、俺は普通にスマホのカメラ向けられても緊張するんだけどね。ああいうの向けられると、どんな顔すればいいのかわからないからひきつるし、訳もわからずとりあえずピースをしてしまう。それがカッコイイだなんて微塵も思わないのに、手が勝手にそのポーズを取るのだ。

 今時のイケイケな女子高生とかは、しっかり見映えを意識したポーズを撮るんだろうな。考えられねぇわ。


「う~ん、ひとまず撮影ということを忘れて、リラックスしよう」


 カメラを下ろして肩を回す姉。紗枝もそれにつられて肩を回すが、言われたほどリラックスしているようには思えない。


「まだ固いね~」

「……すみません」

「いや~大丈夫よ。優だって最初の撮影はガッチガチだったもん」


 おいお姉さん。確かにガッチガチだったし上がりまくってたけど、突然人の恥を暴露するのはやめてくれないだろうか。心臓に悪い。


「そうなの?」


 紗枝の視線が刺さる。そんな期待を込めた目で見ないでくれ。あと、たぶんだけどお前が考えている4倍は酷いと思うぞ。本当に、自分でも引くくらいだったからな。


「見る? 動画撮影してたんだよね。もう爆笑もんだよ?」

「おい待て! 待ってくれお願い!」


 この姉には道徳心というものがないのだろうか? 実の弟の恥ずかしい過去を他人におっぴろげに話して笑うだなんて、良い性格してるな本当に!


 なんとか姉と紗枝の間に割って入り、俺の恥ずかしい動画は封じることに成功した。まったく油断も隙もない。

 たぶん姉のスマホにはその時の映像がまだいくつか入っていることだろう。どうにかして消せないものだろうか? こんなものが知り合いに出回ったら俺はたぶん死ぬぞ。


「別いいじゃん。浅見ちゃんなんだし」

「紗枝だから余計嫌なんだろうが!」


 友達に変な目で見られたくないの! わかって!


「へ~ふ~ん。あんたも男だね~」


 何故かニヤニヤとゲスい笑みを浮かべる姉。少し離れたところで待機してる郡堂さんも「弟くん、やるね~」とどこか面白おかしく見つめていた。


 俺なにか変なこと言った?


 紗枝を見る。しかし苦笑いを浮かべるだけで特に何も言ってこなかった。それが逆に不安になる。


「じゃ、お前に免じてこれは封印しといてやるよ」

「最初からそうしてくれ」

「とはいえ、どうしたもんか」


 結局の紗枝の緊張が薄れたわけではなく、逆に時間が空いたことで気まずい空気も生まれてしまった。

 紗枝も申し訳なさそうに「すみません……」と顔を下げる。


「う~ん、とりあえず個人は後にして、ペア撮影しちゃおっか」


 突然の方向転換だが、まあ紗枝の状態をみるに致し方ない。しかしまさかもう出番とは。しかも一番危惧していたカップルぽいことをするやつ。


 カップルっぽいことが何を指しているのかわからない。けれど、どうせこの中での撮ることになるので見られるのも姉と郡堂さんの二人だけ、割りきって考えよう。


 心の準備だけ済ませて姉の指示を待っていると、「よし外いくぞ」と部屋の扉に向かう。


「えっ? ここで撮るんじゃないの?」

「あっ? バカいうなよ。外に決まってんだろ」


 顎で、外に出ろ、と指示を出す。まさに横暴。しかしこういうときの姉は、有無を言わさない迫力がある。それに断ったら断ったでまた色々と面倒なことも起こってしまう。なので観念して、受けいれるしかない。


 紗枝を見る。明らかに戸惑っているのが目に見える。そりゃあそうだろう。俺だってビックリしてるんだから。でもだからこそ、覚悟を決めなければならないのだ。諦めなければならないのだ。


「よし、わかった」

「えっ!?」


 隣で紗枝が驚いた声をあげた。


「ああなったお姉は怖い。諦めろ」

「……」


 俺の言葉に説得力がありすぎたのか、紗枝は困ったように眉をしかめた。


「……よし、いこう!」


 気合いを入れ直し、俺たちは部屋の扉に向かう。

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