第156話:体育祭終了
紅白対抗リレーは塚本の活躍もあり、見事白組が勝利を収めた。
しかし結果から言えば、残念ながら総合得点で紅組を上回ることはできなかった。いくた最終種目で配当が高いとはいえ、付けられた点差を埋めることは難しかったようだ。
負けてしまったことに少なからず悔しさはある。でもそれ以上に、やり切ったという達成感の方が大きかった。
結構、この一日でいろんなことがあったような気がするからな。
『これより、閉会式を行います。生徒の皆さんは、グランドにお並びください』
放送部のアナウンスと共に、観客席にいた生徒たちは重い腰を上げてクラスごとに並び始める。
俺も向かうべく立ち上がったが、その時に裾をクイッと引っ張られたのでそちらを見る。
「手を貸してくれません?」
「おお、悪かった」
二人三脚で足を怪我したいる日角は、歩くのもかなりつらい状態だったのを忘れていた。彼女が手を差し出したので、俺は引っ張り上げるために手を取ろうとしたが、何故か後ろからスッと手が伸びてきて、割り込まれてしまう。
「お手をどうぞ」
「……ありがと」
俺の後ろに座っていた紗枝が、日角の手をさらりと取った。彼女は不満げに俺を一瞥して、日角の足を気遣いながら歩き始めてしまう。
行き場もなく空気を撫でる俺の手。そもそもなんであんな顔をされたのかもわからず困惑していると、その一部始終を見ていたであろう幸恵と新嶋さんと目が合い、苦笑いを浮かべた。
新嶋さんは口元を抑えながら「面白かったですよ」とバカにしてくるので、「うるせぇ」とだけ吐き捨ててグランドに向かう。その横を、幸恵がくっついてくる。
「終わりましたね、体育祭」
新嶋さんとは違い、気を使って話題逸らしてくれる幸恵は、本当に優しい人だ。
「長かったような短かったような。なんだか色々やった気分だよ」
「私もです。でも考えてしまうと、たった一日なんですよね」
「そうなんだよな」
体育祭は文化祭とは違い、一日限りのお祭り行事だ。まあスポーツの大会みたいに連日やるようなことでもないし、見るところが一つしかないから観客も飽きが来るもんな。それに生徒側の体力も持たん。俺なんかはたぶん明日、筋肉痛で項垂れてるだろうしな。
そういえば。
「日角の怪我で言いそびれちゃったけど、二人三脚お疲れ様。怪我がなくてよかった」
「ええ……本当に。なんだか日角さんには、お世話になりっぱなしな気がします」
「意外と世話焼きなところがあるからな、あいつ。俺も文化祭実行委員の仕事で結構助けられてるし」
「そうなんですね」
向こうの方が知ってることが多いとはいえ、それなりに負担を背負わせてしまっている自覚がある。ちょっと申し訳ない。
「人は見かけには寄らないですね。ああ見えて日角さん、結構真面目なんですね」
新嶋さんは意外そうに、前の方を紗枝に手を引いてもらいながら歩いてる日角さんの背中を見る。
確かに上っ面だけを知っている人間からすると、日角はチャラ付いたイメージがあるが、たぶん誰よりも人の感情に機敏に対応できる人だと思う。例えそれが、自分の感情を隠すために培ってきたものだとしても、あいつはそれを人のために使うことができる。
「まあそれは、瀬川さんも寺島さんも、それに浅見さんもそうですけどね」
少し含みのある言い方をする。そりゃあ、人間何を考えてるのかわからないし、見た目以上に変なやつはこの世の中五万といるだろう。
幸恵だって最初の印象に比べれば、だいぶ逞しい人なんだってわかったし。寺島は想像以上に甘やかしたりするタイプなんだって思ったし。紗枝は……俺が思っているよりもずっと、いろんなことを隠していたんだってわかった。
それこそ、今その話をしている新嶋さんなんかも、最初の印象とはガラリと変わった一人だろう。見た目はただの文学少女なのに、喋らせるとこれがまた酷いのなんの……。
「そうだな、新嶋さんとかな」
「そうですね。新嶋さんとかもですね」
俺と幸恵は夏休みの間に一度新嶋さんにしてやられている関係もあって、大いに同意できた。
「あれ? そこで私ですか~?」
不思議そうにしてるが、ぜひ自分の胸に聞いてほしい。
「次は文化祭ですね」
「あまり考えたくないな……」
幸恵のその言葉に苦い顔になる。
準備が着実に進んでいるとはいえ、体育祭から文化祭までのスパンが短すぎる。これからの一週間は文化祭実行委員を含め多くの生徒が限界まで働くことになるだろう。
さしあたっては、明後日のステージ争奪オーディションだ。
「頼りにしてますよ? 実行委員さん」
「が、がんばります」
笑顔で労ってくれることはとても嬉しいが、逆にそれがプレッシャーにも感じてしまうのはなんでなんだろう。
自分のひねくれ具合に呆れつつも、しっかりやろうと、改めて心に決めた。
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