第155話(サイドt):きっとそういうところ

 ピストルの合図と共に、第一走者である安達くんと紅組の男子が走り始める。

 始まる前「頑張るんで」と言っていたからなのか、練習の時と比べるとすごく必死で、いつもは横並びになるような場面だったがなんとか前を走っている。


 これは、私も頑張らないとな。


 もともと頑張るつもりではあったけど、彼の賢明な姿に感化されたのか、気合を入れ直す自分がいた。


 私と一緒に走る紅組の人は、3年生の女子の先輩。この紅白対抗リレーはクラスごとで希望者を募る関係上、男女比については偏りがでてしまったりするのだが、それでもなるべく公平性を出すためにも、男子は男子、女子は女子で組まされることが多い。


 まあそれでも個人個人で足の速さにはばらつきがあるし、男だからといって、必ずしも勝てるわけではない。現に白組は紅組に比べて女子比率は多いものの、練習の段階ではほぼほぼ勝っている。


 何もトラブルがなく、順当にいけば勝てるはずだ。


 安達くんたちがコーナーを曲がってきたところで、レーンの外側にいた私が内側に入る。こちらの並びが変わる頃には、安達くんたちはテイクオーバーゾーンと呼ばれる、次走者が走り出してもよいエリアに侵入してきた。


 練習通り左手を広げて後ろにかざした状態で走り始める。本来だったらエリアのギリギリまでしっかり走ってからバトンを受け取るのがいいらしいんだけど、あいにくと私の足の遅さでは走って2秒もしない間に安達くんに追い付かれてしまう。

 グン! と迫る安達くんの圧力にちょっとした恐怖を感じるも、彼も私の足の遅さを考慮して内側にずれながらバトンを渡そうとする。


 しかしそこでアクシデントが起きた。


「やべっ!」

「――っ!」


 手に収まったバトンから練習の時よりもグッと前に押される感覚があり、それとほぼ同時に安達くんがぶつかりそうになって、私も前側につんのめった。


 もともとここのバトン渡しは、足の速さに差があり過ぎるせいで安達くんが私にぶつかりそうになるという問題を抱えていた。とはいえ実際にぶつかるような事故はなく、バトンの受け渡しさえ工夫すれば解決する内容だったので、練習の積み重ねでなんとなっていた。だから誰も注視してなかったし、やってる私たちでさえ大丈夫だろうと考えていたのだ。


 ただ本番になって、限界まで速度を上げる安達くんに、私が合わせることができなかった。


 お互いなんとかこけずに踏ん張ったが、まだバトンは手に収まっていない。ごたごたの中で手元を見て、安達くんの持っているバトンを強引に受け取り走り始める。

 紅組の方はスムーズに受け渡しが済んだようで、先ほどまで後ろにいたというのに、前へ躍り出ている。


 くっそ!


 ここの競争は、はっきりいって私のぼろ負けなのだ。一緒に走る3年の先輩は運動部で、それなりに足が速い。それにくらべ私は文化部で運動もたいしてしてないし、そもそも足が遅いから、ここは抜かれることが前提となっている。その中でいかにリードされないかがきもになっているのに、このアクシデントはかなり痛い。

 コーナーを曲がる頃には2メートルくらい前にいて、私も必死に走って追いかけてはいるものの、その差がどんどん広まっている感覚がする。


 ああもう。どうしてこんな時に限って失敗しちゃうんだろう。


 頑張ろうって思ったのに、珍しく勝ちたいと思ったのに、それを全て否定されたかのような気分だった。もともと私が白組の中では足を引っ張てるのは分かってたし、だからこそミスなく頑張ろうとそれなりに努力もしたつもりだ。

 迷惑にはなりたくなかった。なのに、最後の最後でやってしまった。


 そうこうしてるうちに、紅組は次走者が走り始めた。なのに私は、ようやくテイクオーバーゾーンに入ったばかりだ。3走目の塚本は、私の足の遅さを考慮してギリギリまで走り始めるのを待ってくれている。


 奥歯を噛みしめて、軽く走り始める塚本にバトンを差し出す。


「大丈夫」


 バトンが塚本の手に収まる瞬間、あいつは私に視線を向けることなく言う。


「任せて!」


 そこからは一瞬の出来事だった。バトンを受け取った塚本は一気に加速すると、コーナーに差し掛かったところで前を走っていた紅組の人の後ろにつけ、曲がり切ったところで一気に抜き去った。


 その逆転に会場は一気に盛り上がり、観客席の女子たちは塚本の大活躍に黄色い声援を送る。


 無駄なく次の人にバトンを渡すと、あいつは観客の声援に応えながら、すぐに安達くんのところに向かった。彼と何かを話すと軽く背中を叩く。


 その光景に、あいつがバスケ部の後輩に尊敬されている理由の一端が見えた気がした。


 あんな風にかっこよくフォローされたら、そりゃあ人気もでるわな。


 するとあいつは、私の視線に気づいたのかこちらに振り向く。完全に視線が合っていたため、癪ではあったが助けられてしまったので、口パクでわかりやすく「ありがと」と伝えた。そうしたらあいつは嬉しそうに笑うと、頭の上で丸をつくった。


 いいよってことかな。まあ、あいつが私を許すのは目に見えてわかってたことではあるけど、借りは作っちゃったな。


「……アストラ以外にも、リクエスト聞いてやるか」


 一人のファンを贔屓にするのは褒められたことじゃないと思う。けど今回はお礼だから、他のメンバーにもわかってもらおう。

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