第157話(サイドa):私の本音
7割は嫉妬。3割は、ただ日角さんと話したかったからってのもある。だから優の手から、強引にでも彼女の手を引っ張った。
短かったようで長く感じた体育祭も終わりを迎え、観客席にいた生徒たちは一様にグランドの真ん中に集まっていく。皆それぞれ、この体育祭に思うところがあるからか、寂しいという声や、疲れたといった声がところどころから聞こえた。
私もすごく疲れた。肉体的にではなく、精神的に。いろんなことが、今日一日で様変わりしてしまったから。
大人しく、手を引く私に着いてきてくれる日角さんを見る。
彼女の歩幅に合わせて歩く姿は、さながらお姫様をエスコートするようだろう。日角さんは二人三脚で足を怪我したのだから、仕方がないところではある。
運動音痴の彼女が頑張ってできた傷だから、名誉の負傷と言えば聞こえはいいが、それでも痛々しさは変わらない。すらりと細い足に大きなガーゼが張られているのを見ると、こちらも痛い気持ちになってしまう。
「傷……残らないといいね」
せっかく綺麗な足をしているから、生傷ができるのは、少しもったいない気がした。でも彼女は「いいの。これはこれで」と柔らかな笑顔を見せる。
「……あの時も思ったけど」
「ん?」
「日角さんって、そんな顔もできるんだね」
普段から誰が見ても綺麗な笑顔を見せたり、楽しそうに笑ったりする日角さんだからこそ感じた意外な部分だったが、彼女は「ほんと皆、私をなんだと思ってるの?」と文句を垂れる。
「ご、ごめん。悪い意味じゃなくてというか。でもこう言っちゃうとなんか悪い意味で使ってる感じになっちゃうね。その、何て言うんだろう……優しいというか。いや、普段の日角さんが優しくないとかじゃないよ?」
言葉を重ねれば重ねるほどに墓穴を掘っていく。ただ見た感じで意外だなと思っただけなのに、どうしてこういらないことを言ってしまうんだろう。
だけども日角さんは、「ぷっ!」と笑いを堪えていた。
「な……何?」
「いや? なんていうか。そうだったんだなって思って」
どこか納得した様子で、日角さんはまた優し気な表情を浮かべる。
「そっか……やっぱ似てるかもね、私たち」
「そう……かな?」
似てるようなところはないと思うんだけど。日角さんはちゃんと自分を持ってるというか。私にはない、度胸や覚悟を持ってるから。弱虫な私からしたら、本当にすごいなって思う。
「似てるよ。自分をただよく見せようとしてるところとか。本当は何をするにも、怖がってるところとか」
「日角さんも、そうなの?」
「あさみんほど自分を騙せてはなかったけどね。似たようなもんだよ」
「うっ……」
今その言葉は心臓に来る。
「別に悪いことじゃないよ。素の自分が嫌いな人は沢山いるし、演じてる自分が本当の自分だって思ってる人だっていると思うよ。でも、それだと物足りなくなってくるんだよね」
彼女の言葉一つ一つに実感がこもってて、同じように理想とする自分の姿を演じてきた私は深く共感していた。と同時に、日角さんのような可愛らしくて相手を思える人でも、そんなことを考えていたんだって思って、嬉しくもなった。
「まあ、そう簡単には捨てられないけどね。やっぱり理想とするところってさ、自分の中に根付いてると思うから。だから私は、自分に素直になりつつも、理想の自分でいようと思う」
きっと彼女は、私よりも先に私の考えていたところに辿り着いたんだと思う。だからこんなにも強く、素敵な人なんだって思えるんだ。
──あさみんはどうなの?──
あの時の言葉が、また脳裏を過る。私は自分の中で答えは出した。それをわかってもらうために、優には覚悟を伝えた。けれどまだ、言わないといけない人がここにいる。
「……好きなの」
「ん?」
私ももっと……勇気をださないといけない。それを真正面から教えてくれた、考えさせてくれた彼女に、伝えないといけない。
「優が好きなの。ずっと……ずっと好きなの」
そうじゃないと、胸を張って言うことなんてできないよ。私もライバルだから。絶対に渡さないからなんて。
「あの時の答え、今言うね。私も負けない。もう目は逸らさない」
しっかりと日角さんの目を見つめ、そう宣言する。
これでようやくスタートライン。何歩も遅れている私だけど、もう迷ったりなんかしない。好きなら、戦って勝つ。
「あ~あ~。余計なことしちゃったな~」
言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな声の日角さん。その様子に、私まで嬉しくなる。
「うん。ほんとそうだよ」
「言うようになっちゃって」
これから、もう少し自分に素直になろうと思う。そう思わせてくれた、その覚悟を決めさせてくれた日角さんには感謝しかないけれど、優のことはもう絶対に、譲つもりなんてない。
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