第158話:いざ文化祭へ

 体育祭が終わると、校内の雰囲気もすぐに一変する。

 これから一週間の間は授業と並行して文化祭準備期間に入るため、朝は早くから校舎が解放されているし、夜の7時くらいまで最終下校時刻が伸びる。

 それもこれも、体育祭が終わってからすぐ文化祭という過密スケジュールを、むりやりマンパワーで押し切ろうという魂胆ゆえだろう。


 実際、あまり積極的に動かない組は当日ギリギリまで出し物が完成しないなんてこともあるくらいだし、はっきり言って時間が足りない。


 もちろん、文化祭実行委員の方もこの時期に入るとてんてこ舞いになってしまうほど忙しくなる。特にステージを管理する俺や日角は、ほとんどクラスの方には顔を出せなくなり、ステージにかかりきりになってしまう。というのも、ステージに上がるグループの練習を見ておかなければならないからだ。


 伝統的に軽音楽部がステージの管理をするとはいえ、文化祭実行委員が何もしないわけではない。進行の管理やステージでのパフォーマンス時間、出入りに小物類のチェックなど見るべき箇所はちゃんと見ている。

 それに加えて各団体には一週間の内に二回ほどステージでの練習が許され、それぞれ1時間ずつ、計2時間が割り振られている。それがメインステージとサブステージで同時に行われているので、今回ステージ担当となった俺と日角は監督役としてほぼ張り付き状態なのだ。


 文化祭のステージはメインコンテンツの一つなので、プログラムがとにかく多い。それを一週間でさばき切らないといけないので、1分の遅れも惜しい。できる限り円滑に効率よく進めるためにも、全体を指揮する役目は必要だろう。


 とはいえ、見てる時間は結構暇なんだよな。


 サブステージで行われている手品同好会の見栄えもしないマジックを見させられながら、手元のクリアファイルに収められたスケジュール表を確認する。この後は軽音楽部の1年生たちによるライブの予定なので、俺はいったん休憩に入り軽音楽部の3年の先輩に監督役を少しの間引き継ぐ手はずになっている。

 これも軽音楽部の伝統というか適材適所というか、音が露骨に絡むステージに関しては、軽音楽部の3年が見るという暗黙の了解があるのだ。

 まあ、音の反響とか色々と見るべき部分も多いだろうし、そういうところは俺なんかじゃ全くわからないし、正直やってくれるのはありがたい。


「……わっ!」

「うおぉ! びっ……くりした~。柳先輩」

「やっほ~。交代できたよ~」


 突然背後から脅かしに来たのは、文化祭実行委員長で軽音楽部の部長、柳遠花やなぎとおか先輩だった。俺と日角がステージ担当になってからというもの、先輩の中ではそれなりに絡みが増えてきている。とはいえ、まだまだこの人のなんとも言えないノリの良さについてはいけないんだけど。


「精が出るね~、相馬くん」

「いや、仕事ですから」

「いやいやそんなことないよ。ステージ担当の実行委員って、案外サボる人が多いんだからね」

「そうなんですか?」


 大変だから目を瞑ってるのか?


「ほら、ステージって伝統的に軽音楽部も担当するじゃない? それで大方の仕事を軽音楽部に丸投げする人が多いのよ」

「ああ~、なるほど」

「去年は私が軽音楽部でステージ担当だったから大変だったわ~。実行委員の人は三年の先輩でさ。あんまり強くも言えなくってね~」


 想い出語りをしながら愚痴をこぼす柳先輩だったが、正直なそうなるのも仕方がないとしか言えない。なんせ軽音楽部の人は皆見た目のチャラさに反してかなり生真面目な人が多く、ステージに対する敬意もあるからか、悪さをしてない演者がいないか気を付けてくれている。

 ぶっちゃけ俺もこの仕事を任されてからというもの、俺いる? と何回思ったかわからない。それほどまでに彼らはステージの運用についてはプロフェッショナルということだろう。


「だから相馬くんがちゃんとタイムスケジュールやらなんやら、細かなところ受け持ってくれてるから、こちらとしてはすごく助かってるよ」

「まあ、仕事ですから」


 というか、それぐらいはさせてくれ、っていうだけなんだけどね。

 結局、大本の出演者の情報やステージでの演技時間、練習のタイムスケジュールなんかは実行委員が管理している。軽音楽部はあくまでステージ運用の手助けをしてるに過ぎないので、紙切れ一枚手渡して『頑張ってね』なんて言えるわけがない。

 お互い助け合ってこそ、仕事っていうのが成り立つんだ。


「あっ、引き止めちゃってごめんね。休憩だったね」

「大丈夫ですよ。俺は体育館の方に戻る予定でしたし」

「え? それってやっぱり……瑠衣?」


 なんだか含みのある言い方に探るような眼をされていますが、あいにくとお目当ては日角ではない。


「練習でもいいから見に来てくれって言われたんですよ」

「ん? どゆこと?」


 柳先輩は頭にはてなマークを浮かべて考え始めたので、その隙に体育館の方に移動する。時間的にもそろそろのはずだ。


 体育館の中に入ると、中央にはパイプ椅子と長机が数個置かれており、軽音楽部の部員数名と、それを仕切っている日角の姿があった。そして視線をステージの先に移すと、丁度彼女たちが準備を始めているところだった。


「日角」

「ん? あれ? 相馬休憩じゃないの?

「ちょっと見に来た」


 ステージの方を指さしたことで日角には意図が伝わったのか、「なるほどね~……」とどこか諦めたような様子でため息を零す。


 立奏台の上に置かれた琴から、澄んだ音が響く。


 俺がわざわざ休憩をつぶしてまで見に来たのは他でもない、瀬川幸恵という琴の名家のお嬢様が在籍する、箏曲部の演奏だ。

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