サイドt:寺島さんの友人関係

 普段どおり帰りのHRが終わり、私はギターケースを肩にかけ一足先に教室を後にした。

 本日は軽音楽部が優先して音楽室を使える数少ない日なので、休むなんてことはまずしない。ほとんどの部員は部活に来るはずだし、普段は休みがちな私も例外じゃない。

 バイトでライブハウスの仕事をやっている関係で、週4日は部活を休んでいる。その休んでいる日は決まって音楽室の使えない日なので、部内で『寺島は音楽室の妖精』と、なんとも言いがたい渾名が飛び交っている。まあ狙ってやってることなので、からかわれても仕方がないとは思うが、できれば私が聞こえないところでやって欲しいものだ。

 ほら……耳に入るとさ……いろいろとムカつくじゃない? 実際にやるわけじゃないけど、背負ってるギターで喋ってるやつを叩き潰したくなるよね。まあ想像でタコ殴りにしてるから問題はないけど、本当にあれはムカつくからやめて欲しい。


 思い出したら眉間に皺が寄ってきた。いかんいかん。


 気持ちを落ち着かせつつ、階段を下りていく。すると見知った顔が横を通り抜けて先に行くのが見えた。


「相馬」


 思わず声をかけると、彼は振り向いてくれる。


「どうかしたか? 寺島」

「いや、特に用事は」


 彼の隣まで降り、一緒に歩き出す。


「今日は早いね。部活?」

「いや、俺は部活入ってないんだ。これからバイト」

「相馬、バイトしてたんだ」

「ああ。地元の駅前でな」

「なんのバイト?」

「コーヒーとか売ったり、コーヒーとか出したりしてるお店」


 とんちか?


「カフェ?」

「似たようなもんかな。そういう寺島は部活か?」

「うん。ライブハウスのバイトないし、今日は音楽室が使える数少ない日だからね」

「寺島が軽音楽部ってのが、いまだに信じられないんだよな」

「なんで?」


 昇降口まで来て、お互い足を止める。


「勝手なイメージなんだけど、もう少し大人しい部活に入ってると思ってた」

「大人しいって……例えば?」

「吹奏楽とか。合唱とか」


 体育会系文化部と名高い吹奏楽とは、さすがに比べたら悪いと思うのだが。


「吹奏楽部の方が、大人しいとは無縁だと思うけど……普通に体育会系だし」

「ああ……そういうことじゃなくて、軽音楽部の人間って、見た目がさ」

「ああ、なるほど」


 ようはチャラついた格好してる軽音楽部に、私のような大人しめな格好の女子がいるのが意外ということなんだろう。今時珍しいことはないと思うけど。

 それに私は、表では猫被ってるところあるし、見た目のイメージよりはがさつな人だと思うよ。教えたりはしないけど。


「いうほど、内面までチャラついた人は少ないんだよ?」

「そうなのか?」

「うん。外見と中身は違ったりする」


 私が生き証人だしね。


「まあ、人によるけどね」

「そりゃあ……まあな」

「あっ、引き留めちゃってごめん。バイトだったよね」

「いや、次のバスに乗れればいいから……ってもう5分前か。じゃあ俺は」

「うん、また明日」


 相馬と別れ、私は音楽室に向かうためすぐ隣の棟ある地下行きの階段を降りる。

 うちの学校は、造りが面白くなっていて。校舎が三棟あり、うち一つが体育館と教員室用となっており、他二つが生徒用教室と特別教室になっている。そのうち一つが地上三階、地下一階建て。うち一つが地上四階建てとなっている。体育館と教員室用には渡り廊下を歩く必要があるが、他二つは隣り合っているので、行き来は簡単だ。


 さて、地下ということで、地面の中を想像すると思うが、実はそうではなかったりする。

 昇降口の近くには扇形の凹みが存在し、扇の中心角から端に向かうにつれてなだらかな登り坂になっている。扇の中心角をステージに見立てると、なんちゃってコンサートホールのような作りができるのだ。

 実を言うと、春ごろに一度軽音楽部はそこで、新一年生を交えたライブを行っている。毎年そこでやるのが恒例となっていて、意外にも他の生徒からの評判も悪くない。


 話しはそれたが、外から地下に直接降りれるような作りになっているので、完全に地面の中、という訳ではないのだ。なんでそんな面白い作りになっているのかは、正直わからない。というか、調べようとも思わない。そして何故音楽室が下なのかも不明だ。まあ、周囲が住宅地なこともあって、上よりかは下にして音を吸収しようという魂胆かもしれない。本当にわからないけど。


 相馬と別れて私は隣の棟の階段を下りて行く。


「あっ」


 ギターケースの中を確認する。普段楽譜などを入れている場所を確認すると、そこに入っているはずの楽譜がなかった。

 そういえば、昼休みに確認してそのまま机の中に突っ込んだままだった。


 別になくともできなくはないが、あるにこしたことはないし、仕方ないか。


 踵を返して上に戻る。昇降口の方まで来ると、今度は紗枝と出くわした。


「あっ、寺氏。今帰り?」

「いや、これから部活。教室に楽譜忘れたから取りに戻るの。紗枝は? 帰り?」

「うん。今日は特に何もないから、家でダラダラしようかなって」

「なら急いだ方がいいよ?」

「なんで?」

「相馬が次のバスに乗るってさ。後3分あるかないかじゃない? 一緒に帰れば?」

「……でもさすがにこれから追うのは」


 渋る彼女に、「好きなら別にいいんじゃない? どうせならその、なさそうである胸使って色仕掛けすれば?」と、彼女の胸を突いて不敵な笑みを浮かべる。

 クソ。なんでこいつはこう意外にも胸があるんだ。私はまったくないというのに。


「寺氏!」


 赤くなって腕で胸を隠す。


「ほら行った行った。走れば間に合うでしょ?」

「もう……でもありがとう。また明日ね」

「はいは~い」


 さてと。なんか疲れたな。

 たいしたことはしていないのに、相馬と話して紗枝と話して体力を使った気がした。実際は本当にたいしか体力は使ってないのに。


「何してんの真紀?」


 ビクリと肩を震わせ後ろを見る。そこには紛うことなきイケメンが立っていた。全体的に整った顔つきの男子。高校に入って髪を茶色に染め(たらしい)、どこか色気づいたこいつだが、別に昔からイケメンだった訳じゃない。むしろ小学校の頃は冴えない部類に入っていたのだが、中学の間にかなりキャラが変わってしまったらしく、高校で再会した時は正直こいつがあの塚本であるとは思いもしなかった。

 こいつは私の小学校のころの友人である塚本誠治つかもとせいじ。いまやファンクラブが存在するほどの人気を誇る、バスケ部のエースだ。


「げっ。ちょっと塚本、急に後ろに来ないでよ」

「なんだよ。女子は皆これすると、悲鳴を上げておろおろしながら離れていくのに」

「それ……喜ばれてるの?」

「真っ赤な顔して焦ってるのもまた可愛いんだよね」

「いつかあんたは人に刺されて死ぬと思う」


 主にあんたに好意を寄せた女子からだけどな。


「酷いこと言わないでよ。別に俺はタラシではないからね? こう見えても彼女いたことはないし」

「はいはい。そういうことにしといてあげる。さっさと部活行きなよ。そんで女子にちやほやされてくれば?」


 特にこれ以上話す気もなかったので、軽くあしらって私は教室に向かう。しかし塚本はその限りではなかったようで、「まあまあもう少し話そうよ」と隣に付いて来た。なんの用だこいつ。


「隣は歩かないで、あんたのファンに嫌な目で見られるの本当に困るから」

「うわ、辛辣。別にそんな関係じゃないのにね?」

「でもでしょ? 女心のわからない奴は、馬に蹴られて死ねばいいよ」

「真紀って、俺にたいしての当たりが強いよね? 小学校の時はもう少し優しくなかった?」

「……そうだった?」


 そりゃあ、優しかっただろうさ。なんせあの時の私はどうかしていたんだから。けれどもあんなものは一過性のものだ、だから今でもそうだとは限らない。少なくとも、私はだけどね。


「そうだよ。将来を誓い合った仲じゃない」

「それ……次校内で言ったらあんたを殺す」


 そう。あの時はどうかしていた。恋に恋していた愚かな少女は、あろうことかこいつを将来の伴侶に選んでしまったのだ。今思えば子供の浅はかな考えと笑って済ませることができるが、こいつはそれをいまだに引っ張っている。


「小学校の頃の話しでしょ?」

「今は違うの?」

「当たり前でしょ。私は別に、あんたのことは好きじゃない」

「酷いな~。俺はお前のことが好きなのに」

「どの口が言う、このチャラタラシ男が」


 おちょくるようにあの時のことを蒸し返してくるこいつのことが、私は本当に大嫌いなのだ。私は私の汚点を馬鹿にされるのは我慢ならない。だから私は常にこいつに言っている。


「軽々しく、好きとか言わないで。もう私たち子供じゃないんだよ」

「はいはい。それもそうだよね」


 わかっているのかわかってないのか。定かではない笑みを浮かべる塚本に、溜め息が零れた。


 とはいえ、こいつとの関係が消える訳じゃないし、別にこいつのことが生理的に嫌いな訳でもない。これさえなければ普通に良い奴ではあるから、友達としてだったら一緒にいてもいい。


「あっ! 塚本く~ん!」

「どうも~」

「えっ? 誰あの女。塚本君の隣にいる」

「嘘。もしかして彼女とか? 私たちの塚本君に彼女なんてありえないんですけど!」


 まあ、これだけは本当に勘弁願いたい。一先ず今度、こいつには一発かましてやらないといけないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る