第138話:体育祭だああ!!

 体育祭。年に一度ある運動のお祭り。動ける人間がここぞとばかりに己の存在をアピールし、よりよい結果を残したものがチヤホヤされる行事だ。俺も運動神経自体は悪くないが、部活動を辞めてから早2年近くになるので、はっきり言って他の運動できる奴に比べればなんてことはない。


 秋晴れの中、グランドにクラスで使っている椅子を並べる。生徒はみな、グランドの校舎とは反対側にクラスごとに椅子を並べ、そこで応援をする決まりとなっている。もちろん体育祭の最中は座って観覧が基本だが、そんなものを守る生徒はいるわけがない。立ち上がって仲のいい人たちで固まって過ごすのがもっぱらだ。だから椅子を並べて、開会式が終わればこの生徒スペースは無法地帯となり、各々が好きな場所で応援をしたりして、体育祭を楽しむことになる。

 校舎側には父兄用の椅子と仮設テントが置かれ、その中で親は子供たちの雄姿を見守ることになる。毎年のように思うが、なぜ生徒には日傘すらなく父兄にだけああいった仮設テントが建てられるのだろうか? 若いからって暑さに強いわけじゃないし、普通に日陰でゆっくりしたい。ただなぜかできない……こればっかりはよくわからない。


 自分のクラスのスペースに椅子を置いて、よっこらしょと腰を下ろす。まだ開会式が始まるまでは時間があるから、何人かの生徒はスペースはすでに固まって談笑していた。そしてある方を向くと、やたらと女子生徒が集まっている場所があった。

 その中央にいる人物はもちろん、わが校の王子様プリンスこと塚本誠治。あいつは女子生徒一人一人に対応しながらも、なんとかこちらに向かっているようだった。


 毎度思うが、あいつは大変だな。


 なんとか女子生徒の対応を終えた塚本は、少しだけ疲れた様子で俺の元にやってくる。


「いつになく時間かかったな」

「体育祭だからかもしれないけど、なかなか離してくれなくてね。どの種目に出るのかでかなりしつこく聞かれたよ」

「でも悪くないんだろ?」

「それはもちろん。好意は素直に受け取るものさ」


 言い方はウザいが、それでもその姿勢には感服する。顔が良いだけでクソだったら、囲みができるわけもないか。この人のよさも、こいつが女子から好かれる要因だろう。


「ちなみに相馬はどの種目に出るの?」

「男子対抗の騎馬戦と400m。あとは学年種目の大縄跳びです」

「俺は騎馬戦と色別対抗リレー、部活動対抗リレーに大縄跳び。あと応援合戦の助っ人」


 応援合戦まで出るのか。


「ヤバいな。女子たち発狂するんじゃないか?」

「たぶんそれが目的だろうね~。盛り上がるでしょ? 俺が出れば」


 自信たっぷりに言っているやつの鼻をつまんでやりたい。でも事実だから何も言い返せないのが悔しい。

 しかしそんな塚本の頭に、割と強めのチョップが入る。鉄槌を下したのはもちろん寺島。彼女はそのまま俺の隣に開いているスペースに自分の持っていた椅子を置き、そこに腰かけた。


「突然何?」


 あまりの出来事に困惑する塚本に「なんかウザい感じがしたから」と話す。


 理不尽な暴力……しかしそれが塚本相手なら別にいいかなと思ってしまう。これも日ごろの行いというやつなのか。


 そういえば……。


 寺島が来たことで、自然と周囲に目を向けた。しかし彼女は一人でここに来たようで、他に誰もいない。


「紗枝ならさっき、クラスの女子と記念写真撮ってたわよ。ほらあそこ」


 寺島の言葉にドキリと心臓が跳ねた。指をさした方向には、楽しそうに写真を撮っている紗枝の姿がある。


「なんでわかったんだよ」


 そんなに顔に出てたかな?


「近頃、あんたらなんか変だから。そうかな~と思ってね」


 バッチリ見透かされているようで、苦笑いしかでねぇ。


 まさに寺島の言う通り、この頃どこか変なのだ。俺がではない、紗枝がだ。

 これまでも何度かこういうことはあったが、今回はどうもおかしい。今までは問題があるたびにちゃんと向き合って話すことで、お互いの理解を深めて解決をしてきた。だから今回もそうなるだろうと勝手に思っていたのだが、話はすれどなんか違う。普通に話せるのに、どこか距離がいままでよりも遠くに感じるのだ。


 そうした違和感があってか、最近では話すことが減っている。理由がわからない。わからないから聞きたいのに、それすらもできない。完全などん詰まり状態だ。


「なんかあったの?」

「……わからん。だから困ってる」


 どうすることもできないもどかしさというのは、本当に嫌なものだ。だけど解決の糸口が見つけられない以上、俺にはどうすることもできない。


「大丈夫だよ相馬。お前が離れなきゃ問題ない」


 塚本の言葉に、それもそうなのかと思わされる。まあ、今更疎遠になりたいなんて思わないから、その心配はしてないんだけどな。


「相馬~!」

「優くん!」


 俺たちが話していると、校舎側から日角と幸恵が椅子を持って歩いてくる。彼女たちは俺の目の前に椅子を置き、日角はわざとらしく手をプラプラさせ、「椅子って重いよね」と愚痴をこぼした。幸恵も「ですね」と共感している。


「お疲れ」

「うん、ありがと。……意外。寺氏が相馬の横に座ってる」


 日角は物珍しいものを見るような視線で俺の隣に座る寺島を見る。そういうえば、自然とここに座っていたけど、確かにこの距離感は新鮮だな。


「そう? 別に仲悪いわけじゃないし、塚本から遠いからいいかなって」

「あっ、そういう」


 哀れなものを見るような視線で塚本を見てやるな。可哀そうだろ。ほら、塚本もちょっと遠く見つめちゃってるじゃん。


「それより相馬。騎馬戦頑張ってね。応援してるから」

「私も最前列で優くんのことを応援しますよ!」

「えっと……ありがとう」


 いつになく積極的な二人に圧倒されてしまう。もしかしたら、この二人もこの体育祭という空気感に当てられて、テンションが上がっているのかもしれない。


「だから相馬も、私たちの二人三脚は応援してよ? 幸恵と二人で絶対一位取るから!」

「はい! 瑠衣ちゃんと絶対に取ります!」

「おう。応援してる。というか……いつの間に名前で呼び合うようになったんだ?」


 日角は比較的距離感が近い呼び方だったが、幸恵の方は苗字でさん付けだったのに。


「二人三脚は絆が大事ですから。ねっ、瑠衣ちゃん」

「そうだよ~。絆が大事だから。ね~幸恵~」


 笑顔でやり取りをしているはずなのに、不穏なものを感じるのはなんでなんだろう。

 妙な熱気に委縮していると、ふと視線を感じてそちらを見る。すると一瞬だけ、紗枝と目が合った。けれども彼女はすぐに視線を逸らして、何もなかったように女子たちの会話に混ざっていく。


「相馬?」

「いや、何でもない」


 少しの寂しさと不安を抱えながら、気取られないように話に混ざる。

 ほどなくして、体育祭開始のアナウンスが流れた。

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