第33話:修学旅行は続きます①

 東映太秦映画村。江戸情緒溢れる町並みが立ち並ぶそこは、数多くの時代劇の撮影場所して使われたこともある。

 二日目の今日は、午前中に別のところを巡ってから、午後の時間はこの映画村で夕方過ぎまで滞在することになっている。


「映画で見た景色が目の前にあるのって、なんだか不思議な感じがします」


 江戸の町を歩きながら、視線をあちこちに飛ばす瀬川さん。元々映画や時代劇が好きなのか、先程からあれは、これは、と忙しない。


「ああ! 見て下さい! ちゃんばらです! ちゃんばらですよ!」

「ちょっと幸恵。あんま走らないでよ」


 パタパタとちゃんばらショーを見に行く瀬川さんの後を、寺島は追いかける。


「寺氏、待ってよ!」


 その後を慌てて追うように、浅見も走っていく。俺はその後ろ姿を見つめていると、自然と溜め息が零れた。

 昨日のあれから、また浅見とは距離ができてしまった。やっぱり素直に全て打ち明けたのはよくなかったのかもしれない。恋人でもない男に、例え夢の中とはいえキスされたのだ。気持ち悪いと思っても無理はない。

 ただ謝ろうにも、これ以上どう謝ればいいのかわからない。だって実際にそういうことしようとしてるじゃない? それなのに何を言ったって説得力ないじゃない? 本心ではそういうことしたいと思ってるんでしょ? この変態! とか言われたら、俺の心は砂糖菓子のようにボロボロと崩れ去ると思う。

 少なからず、友人として好意を持っている相手だ。できることなら嫌われたくはない。だけど……本当にどうすれば。


「相馬さん。相馬さん?」


 腕を組んで悩んでいると、肘をつんつんとつつかれた。気が付いて横を見ると、新嶋さんが見上げている。女子の輪に加わらなかったのか。


「ごめん。考え事してた。何?」


 というか、新嶋さんとはほとんど話したことないんだよな。昨日も昨日で自分のことで手一杯だったし。彼女から話しかけられるようなこともなかった。俺から話しかければいいじゃんとか思うかもしれないけど、そんなことができるのなら今頃もっと友達がいるだろう。

 新嶋さんは「この状況。相馬さんはさながらハーレム漫画の主人公のようですね」と、かなりずれた話題を提供してくる。どう反応すればいいのかわからず、「は……はぁ」と相槌を打つだけになった。


「これだけの女性の中に、男性は一人。大きなラブロマンスが進行しても可笑しくないと思うのですが、

相馬さんは誰を狙っているんですか?」

「別に誰も狙ってないけど」

「えっ? 男性の欲望をこれでもかと詰め込んだ、夢の胸部を持つ天然ヒロイン瀬川さん。誰にでも分け隔てなく接する、少しお節介のお姉さん系ヒロイン寺島さん。顔よし、プロポーションよし、可愛いアイドル的な存在の小悪魔系ヒロイン浅見さん。これだけの粒ぞろいの班にいながら、あなたは誰にも反応を示さないんですか?」

「待って待って、ごめん。今の紹介台詞みたいなの何?」

「もしかして相馬さん……ゲイ?」

「違う違う違う! 女の子は大好きだから! いや、別にそういう意味という訳でもないんだけど!」

「やはり、ゲイ!」

「なんでそうなる!? というか新嶋さん! なんでそんな恍惚そうな表情になってるの!?」


 涎でも垂れそうな表情だ。


 新嶋さんは「失礼しました」なぜか口元を拭ってから、「どうしても聞いておきたかったので」と言う。

 どうしても聞きたいことがなんでそれなんだ。と思うところはあるが、深くは考えないようにしよう。


「というか新嶋さんって……そんなキャラなんだね」

「そんなキャラとは?」

「なんていうか、オタクっぽい感じ」


 根暗で話すのが苦手なんだと勝手に思っていたが、意外にも快活でよく舌が回る。見た目詐欺とはまさに彼女のことなんじゃないかと思ってしまう。


「オタクっぽいではなく。事実、世間一般が思うであろうオタクです。漫画、アニメ、ゲーム。その他もろもろが好きで、生き甲斐です」

「そうなんだ」


 今のご時世珍しいことじゃないとは思うが、俺自身がそういう耐性がないので、どう接してあげたらいいのかわからない。


「オタクは苦手ですか?」

「いや、友達にそういう人がいなかったから。なんだか新鮮で」

「相馬さんは、オタクだからと軽視しないのですね」

「軽視? なんで?」

「いえ、悪いことではありません。むしろ褒めるべき事柄です。私の中であなたの好感度が上がりました」


 よくわからないが、査定されてたのか。


「それよりも相馬さん。本当にこの中に好きな人はいないのですか?」


 尚も疑ってかかる新嶋さんだが、本当に異性として好きと思っている人間はいない。好みの話しをするなら、もちろん瀬川さんが一番なのだが。正直なことを言えば、異性の話しとなるとどうしても浅見の顔が思い浮かんでしまう。

 なんだってこんなにあいつの顔が思い浮かぶんだ。別に嫌いではないし、むしろ好きな方ではあるけれど。それは結局のところ友人としての意味合いが大きいだろ。


「その顔。いますね」

「っ!」


 以前、この手の話しを塚本とした時も、今と同じように見抜かれた記憶がある。なんだ。俺の表情はそんなに読みやすいのか?


「いない。そもそも好きかどうかなんてわかんねぇよ。いままで出来たこともないんだから」

「意外です。相馬さんはそこそこ顔はいいから、その手の女子からの受けがいいと思ってたのですが」

「その手の女子って……どんな女子だよ」


 全く想像できない。


「まあそこは置いといてください。些末なことです」


 些末と言われるほど、些末事でもない気がするけど。

 ただ新嶋さんにとっては本当に些末事なんだろう、「そうですか……好きな人はいないと」と話しを戻している。


「ですがその様子、気になっている相手はいるんですね」

「いやそれは……というか新嶋さん」

「はい」

「なんでそこまで根掘り葉掘り訊いて来るの?」


 女子が恋話が好きなのは理解しているが、だからといってほとんど話したことない相手にここまで積極的に絡んでくるほど、そのての話題が枯渇している訳でもないだろう。それにこれ以上突っ込まれるのは、正直いい気分ではない。ここいらで一度話題を変えたい。


「相馬さんの恋愛事情は、傍から見ていると爆しょ――もとい。なんだかじれったいからです」

「いま、爆笑って言おうとしなかった」

「なんのことでしょう?」


 なかったことにしやがった。


「結局、浅見さんには気持ちを伝えられました?」

「……伝えることは出来たけど、余計に距離が出来た気がして。どうしたものかって思ってる」

「なるほど。ではそんなドンファンな相馬さんにいいニュースをお届けします」

「ドンファン?」

「浅見さん。別に怒ってる訳じゃないと思いますよ」

「えっ? どうして?」

「そこは自分で考えて下さい。ドンファンさん」


 新嶋さんはそれだけ伝えて、前の方ではしゃいでいる瀬川さんや浅見、それを宥めている寺島の輪に入って行った。


「訳わかんねぇな」


 踊らされてるような妙な気持ちにさせられながらも、それが事実だとするならば、どうして浅見は俺を避けるのだろうか。

 はしゃぐ彼女の後ろ姿を見つめながら、果てしない迷宮に落ちていくような感覚を味わうのだった。

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