サイドt:恋の縺れは関係の捻じれ

 夏休みも残り一月ほど。

 七月の間は特にこれといったイベントもなく、毎日部活に宿題にバイトにといった日々を過ごしていた。別段何かが起こって欲しいと思っている訳でもないが、当たり障りない日常が続くと、どうにも刺激不足に感じてしまう。


 まあ、ついに紗枝と相馬がデートしたことに関しては、かなり刺激的な出来事だと言える。前日の夜も、デート当日の夜も、電話越しで紗枝が取り乱してて面白かったし。純情乙女ってああいうものを言うんだなと、改めて思わされた。

 私じゃたぶん、あそこまでデレデレになるのは無理だ。そうなっている自分を想像できないし、そもそもそんなキャラじゃない。

 ただまあ、自分でそう思ってるだけで、本当に好きな人ができれば、紗枝のようにデレた表情を見せるのかもしれない。本当に想像できないけれど。


 学校前のバス停に降りると、夏の日差しが直に当たって肌を焼く。日焼け止めはちゃんと塗ってきているが、今年の日差しはかなり強力なように感じる。


 もう一つ上の日焼け止めにしようかな。


 ただ今でも十分な日焼け止めを使っているので、これ以上強いものになると、海とかで使用するタイプになってしまう。さすがにそんな強い物を使うのはどうなんだろう? と、使うのが忍ばれる。

 まあ日中ほとんど室内だし、そんなに気にしなくていいか。


 校門を潜ると、目の前に日傘をさした令嬢の姿がった。あの傘には見覚えがあったので、小走りで彼女の隣に並ぶ。


「幸恵」


 顔を覗かせると、彼女は少し驚いた表情で私を見た。私だと言うことがわかると、柔和な笑みを浮かべる。


「おはようございます。寺島さん」

「おはよう。って言っても、もう昼過ぎだけどね」


 時刻は丁度12時半を切ったころ。夏休みだからこんな時間に来ることが許されるが、普通なら遅刻している。


「寺島さん、部活ですよね? こんな時間から来て大丈夫なんですか?」

「ん? うん。私、真面目に部活出てる方じゃないから、これくらいに来ても皆むしろ、来てることに意外性を感じるんじゃないかな」


 音楽室が使える時しか部活に顔を出さない私なので、平時に来てる方が部活内ではどうかしていると思われる。それでも煙たがらない部活のメンバーには、本当に頭が上がらない。


「寺島さんって、真面目な方だと思ってましたが」

「実はそうじゃないけど、幻滅した?」


 幸恵は首を横に振る。


「そんなことないです。ただ、意外だなと感じはしましたけれど」


 正直な話。幸恵などのクラスでしか関わりが無い人たちは、私のことを真面目な方だと勘違いしている。そうなるように自分で仕向けてはいるので、そう思うのは仕方がないことだ。ただ軽音楽部の中でも、私のことが真面目だと思われているのは、なかなかどうして面白いことだと思う。こんなにサボってるのにどこが真面目なのか。


「寺島さんは優しいですし、私の悩みも真剣に解決してくれようとしてくれましたから。自然とそう思っていました」

「ああ~、勉強の話?」

「勉強の話しです」


 修学旅行の前に、ひょんなことから相談を受けた。何故相談を持ちかけられたのかはあまり覚えてはいないが、とにかく幸恵が困っていたので手を貸してあげたのだ。まあその解決方法が、私より勉強ができて教えるのが上手そうな相馬になすりつけるという、かなりクズな方法だったけれど。


「私が教えられたらいいんだけどね。そこまで勉強得意じゃないし。ごめんね」

「そんなことないですよ。それに今は……相馬くんに教えて貰えて、助かってますし」


 ……ん?


 ちょっとした違和感を感じて、幸恵の顔を見る。少し目を伏せて俯き、何かに思いをはせているような、そんな表情をしている。

 妙な胸騒ぎが、私の中に産まれた。


 いや、まさかな。そんな訳ない。刺激が欲しいとは思ったけど、そういうのはいらない。


「まあ相馬は勉強できるし。勉強しか出来ないイメージだけど」

「そんなことないです! 相馬くんは確かに勉強が好きみたいですけど、意外と運動も得意らしいですよ? それにいつも優しく教えてくれますし……お昼も美味しいって言ってくれますし……」

「お昼?」

「いつもお昼ごろに勉強を見て貰ってるんですが、ただお勉強を見て貰うのはあれなので、お弁当を作ってあげてるんです」

「幸恵が?」

「はい! こないだも、から揚げが美味しいって言ってくれたんですよ」


 あまりにも楽しそうに話す幸恵に、自分でまいた種ということもあって、内心冷や汗でいっぱいだった。

 校舎の中に入り、幸恵は日傘を畳む。本来ならここで私は音楽室に向かうのだが、この生まれた違和感の正体を探るべく、「ちょっと時間ある?」と訊ねる。


「? はい。13時から勉強会ですので、それまでの間でしたら」

「どこでやるの?」

「図書室でやることになってます」

「したら、教室行こうか」


 一先ず幸恵と共に自分たちのクラスにやって来る。適当な椅子に腰かけ、幸恵と向き合う。


「最近も勉強見て貰ってるの?」

「はい。週に三回ほど」

「結構頻繁にやってるんだね」

「補習の後に見て貰うのがほとんどなので、今日みたいに補習が無いのに集まるのは稀ですね」


 いまだにいきいきと話す幸恵。これは本当にあるかもしれない。

 夏休みに男女が、週に三回とはいえ会っている。もちろん会う理由があるから仕方がないかもしれないが、探りを入れるにこしたことはないだろう。


 私が考えているのは、幸恵が相馬に好意を寄せているか否かのことだった。

 知り合ってそんなに経ってないとはいえ、調理実習、修学旅行、そしてこの勉強会と、二人の距離が近づく機会はたくさんあった。そして私の見立てによれば、相馬と幸恵の相性はかなりいいと思っている。というか、普通に並ぶとお似合いなんだよな。

 けれども私は、紗枝が相馬のことを好きだということを知っている。

 もしこの子が相馬を好きだとするならば、紗枝にとっては強力なライバルになる。


「あ~……幸恵さ」

「? はい」

「相馬のことどう思ってる?」


 こういう時に、ストレートに訊くしか方法が思いつかない自分に呆れる。とはいえ相手は幸恵だ。こう訊いたとしてもどう返って来るか予測がつかない。


「相馬くんのことは、とても頼りにしてますよ」


 屈託のない笑顔に、「ごめん。訊き方変えるわ」と目頭を押さえた。


 やっぱりもっとストレートに訊かないと駄目か。これでちょっとでも好意を引き出せたらと思ったけど、しかたがない。恥ずいが言うか。


「男性としては、どう思ってる?」


 幸恵は質問の意味がよく理解できていないのか、一度私の言葉を考えて、考えて……顔を赤らめて視線を下げた。けれど直ぐに取り繕ったように笑顔を向けてくる。


「急に、どうしたんですか?」

「ああ、いや。話してる幸恵があまりにも楽しそうだったから」


 むしろ紗枝が相馬のこと話す時みたいなテンションだったけど。


「そんなに、楽しそうでした?」

「……まあ、不仲よりはいいんじゃない? で?」


 どうなの? と目で訴えると、幸恵は私から視線を逸らして、けれどもずっと見つめられるものだから、観念して話し初める。


「好きかどうかと聞かれると、たぶん……好きだとは思います」


 おう……マジか。

 最悪の結果に、顔が強張る。


「けどそれが……自分でもよくわからないんです。好きだとは思うんですけど、どうなりたいかと言われると、よくわかりません」


 不安そうに俯く幸恵。


「なのでたぶん、そうなりたいかと言われると……違うと、そう思っています」

「……そっか」


 恋心というのは、自分でも理解することが難しい。そう思っていることでも、一度疑問に思ってしまうと、とことんまで自分の気持ちには盲目になってしまうものだ。その中で、好きだ。付き合いたい。結婚したい。そう心の底から思えることは、本当に凄いことだと思う。


 紗枝を見ていると、そう思う。


 ただ……これは私が感じた限りの話しだけど。きっと幸恵は相馬が好きなんだろう。しっかりと異性として、好きなんだろう。

 けれどもその感情の先に行くことができないのだ。好きな異性から、付き合いたい異性に。


 きっとなんかしらのきっかけがあれば、いとも簡単に彼女が心にしている栓は抜け、好意という感情が溢れてしまうだろう。そうなったらたぶん、私が考えているよりも、瀬川幸恵という人間は凄いと思う。


 今はまだ大丈夫だけど……こりゃあ、そうとう強力なライバルが出てきちゃったな。というかまさか……幸恵がね~。


「ごめん。変なこと訊いて」

「いえ」

「まあ……感情なんて、自分で考えたところでわからないものだよ」

「そう……ですかね?」

「そう思う」


 応援は……できない。けれども、だからと言って、幸恵のその感情を否定はしない。結局大事なのは当人の気持ち。それ以上はない。


「さて。私はそろそろ行くね」

「……あの、寺島さん」

「ん?」

「もし、私の気持ちが本当だったら。また相談に乗ってくれますか?」


 私にはすでに、紗枝という親友の恋を応援するという約束がある。けれども、その真剣な眼差しを無碍にできるほど、彼女との関係は薄くない。


「その時がきたらね」


 ズルい人間だ。最低な人間だ。嫌われたくないから、平気で嘘を吐く。

 いったいどこが真面目な人間なんだろうな。心の中で悪態をついて、私は教室を後にした。

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