サイドt:デート前日は忙しい
夜の11時過ぎ。
自室のベッドの上でギターを抱え、目の前に置かれている楽譜の内容を軽くさらいながら弦を確認している時だった。
脇に置いていたスマホが震えたので確認してみると、通知欄に紗枝の名前が表示されている。
なんだこんな時間に?
これが塚本だったならば確実にシカトなのだが、相手は紗枝なので普通にラインを開き内容を確認する。
『助けて……』
短くそれだけ書かれており、私は何の事か全くわからず2~3秒間その文言と睨めっこする。
一先ず何か問題が起こったのだろうと考え、『どったの?』と送り返すと。ものの数秒で既読が付いた。
『明日相馬とデートします』
大きく目を見開いた。
えっ、デート? 嘘でしょ? あの二人がデートするの? 本当に?
あの普段から異常なほど距離感が近いくせに異常なほど距離感が縮まらないあの二人がデート!? というかあいつ。今の今までなんで黙ってたし!
いてもたってもいられなくなった私は、速攻無料通話を押して紗枝に電話をかける。
数回のコールの後に『もしもし』と、少しノイズの混じった紗枝の声が聞こえた。
「お前、なんで黙ってたし」
開口一番にそれを伝えると、少し狼狽えた声が返ってくる。
別に本気で怒っているわけはないが、こっちがあれだけお前の恋愛相談を受けてやってるのに、デートが決まったの一言もないことが少々不満だった。
『ごめん。いっぱいいっぱいで忘れてた』
「決まったのいつよ?」
『……先週』
「早く言えや」
一週間近くもあったのに、どれだけの間いっぱいいっぱいだったんだよ
『ごめんって』
「もうお前の恋愛相談乗ってやんね」
『それは困る! 寺氏がいなかったら本当に困るから! 謝るから許してください!』
耳元で叫ばれ、一度スマホを離す。落ち着いたところで再度耳に当てて、「どうしようかな~」とわざとらしく応える。
『……スタバ奢ってあげる』
「二言はないな?」
『ないです』
「よし許そう。まあそもそもそこまで怒ってもないから、スタバも別にいいよ」
あれカロリー高いしな。
『……寺氏酷くない?』
「人のこと言えんのかお前。こっちがどれだけお前たちのことで骨を折っていると――」
『わかった、わかったから! もう……ごめんって』
「わかればいいんだよ。それで?」
ようやく要件に入る。とはいえ、相談の内容なんて明日のデートの事に決まってるだろう。
『その……明日なんだけど』
「うん。まあそれはわかってるけど……」
ギターを脇に置いて、机の上に置かれているヘッドフォンを取りスマホのイヤホンジャックに端子を接続する。これで耳から離しても通話ができるようになった。
『まずその……実はどこに行くか決まってなくて』
「はっ? あんたたちそれでどこにデートするっていうの?」
ベッドに腰を下ろして、スマホを脇に置いてギターを抱え直す。紗枝の話しを聞きながら、目は楽譜を追っていく。
『いや、行くところは決まってるんだけど、その後の行動が決まってなくて』
「ああ、なるほど。あ~……どこまで決まってるのか、そこから教えて」
紗枝の話しによると、元々このデートは相馬の新しい趣味の発掘のために行くらしく、今回がその第一回目。お互いがあまりアウトドア派ではないことから、一先ず外で適当な場所に行こうという話になったらしい。場所はお互いの定期圏内で行ける駅にして、行き先など、後のことは任せて欲しいと安請け合いしたのだという。
趣味の開拓とかそのためにわざわざ二人でデートするとか、すでにツッコミどころ満載だったが、今はスルーすることにした。
「なるほどね。ちなみにそこは行ったことあるの?」
『行ったことない……』
「お前デート舐めすぎだろ」
いくらなんでも初デートで知らない場所とか、プラン練るにしても今からじゃ遅すぎるわ。
『舐めてるわけじゃないんだけど……普通にショッピングとかだと目的にそぐわないといいますか』
「そりゃそうかもしれないけどさ……」
だからと言って目的がないんじゃ本末転倒だろうに。
「それ行ってどうするの?」
ギターを脇に置いて、机の上でスリープモードのまま放置していたノートパソコンを開く。電源ボタンを入れてスリープを解除し、ネットを開いた。
『どうするも……適当に歩いたりして、気になったところに行くとか……』
散歩デートは、お金のない高校生としてはあり得ることだが。初っ端からやるには少々ハードルが高い。
紗枝から聞いた駅名を検索し、周辺地図を開く。みたところ駅周辺以外はほぼ住宅地なのようで、いい感じに栄えている普通の場所って感じだ。
ただ歩き回るとしたら、思ったより目立ったところはない雰囲気だ。
『駄目かな……?』
不安そうな声に、そんなことないでしょ。と言いたい気持ちはあるが、今の段階では娯楽が少なすぎるかなと思う。
「う~ん、そうだな~……」
かといって普通のデートをさせるのも、紗枝の気持ちを考えると違う気がする。どうしよっかな~。
地図をみながら考えていると、ふとあることに気がつく。
周囲に大きめの公園が一つあり、それ以外にも規模は小さくなるようだが公園が多数存在していた。
おそらくは住宅地ということから、子供たちが遊べるような公園がいくつもあるんだろう。
その内の、一番大きめの公園を調べる。見たところ、週末は家族連れなども多く、ドッグランがあることから犬の散歩コースにもなってるらしい。
これなら普通に散歩させてもいいかもしれない。
「いんじゃない。その場その場で決めても」
『ほんと?』
「うん。どうせ駅前には地図あるでしょ。それを見て行く場所決めたら?」
いくつか公園もあるし、行く場所に困ることはたぶんないでしょ。それに最悪、駅前は色々と充実してる部分があるから、本人としては不満だろうが、そこに逃げることもできなくない。
「ただ二人っきりで歩くだけって結構厳しい部分あると思うけど、そこが平気ならいんじゃない?」
散歩デートの最大の問題は、お互いに喋らないと気まずいと感じてしまうか否かにある。普通はそこの部分を数回のデートを重ねて、気まずい雰囲気をなくしていくものなのだが、初の場合そこを整理することもできない。
もしそこで気まずいと感じてしまうなら、その後はかなり地獄だと思う。最初のデートが苦い思い出に早変わりだ。
そこの部分をそれとなく注意したのだが、紗枝は特に理解できてないのか『どうして?』と返答してきた。
「いや……喋らないと気まずいとか思わないの?」
『えっ? ……一緒にいられて嬉しいというか……隣を歩けるだけで幸せといいますか……私は喋らなくても全然平気かな』
なんだこいつ乙女か。健気すぎて涙出そうなんですけど。
『それにたぶん、舞い上がっちゃって私の方からペラペラ喋りそうだから、問題ないかも』
「あ~、その光景は目に浮かぶわ」
いらんことまで口走りそうな不安はあるけど、概ね賛同できる。
「まあ。あんたがそれでいいなら、もう好きにしろ」
それにどうせ、あの二人のことだから、なんだかんだ上手くいくに決まってる。結局仲がいいんだもん。
『うん。ありがとう、寺氏』
「はいはい。そんじゃそろそろ切るよ」
もう11時半近くになっている。明日も休みとはいえ、12時過ぎには寝たい。
『あの……もう一つだけお願いが』
「ん? 何?」
『どの服着たらいいかな……』
デートの定番とも言える服選び。私は眉間に皺を寄せながらも、通話をテレビ電話に切り替えたのだった。
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