第44話:犬は人のよさを感じるっていうけど本当かな?

 芝生の反対側まで来て、矢印看板を見つける。道は二手に分かれていて、そのまま進めば芝生をグルリと回り、もう片方に行けばバラ園の他にドッグランにも行けるらしい。


「ドッグランだって!」


 あからさまにテンションを上げる浅見。しかし俺は渋い顔をする。


「どうかした?」

「いや……」


 ただせっかく浅見が楽しそうにしているのに、ここで水を差すのも気持ちが悪いな。


「ドッグラン行ってみるか」

「うん!」


 満面の笑みに、これで間違いはないと自分に言い聞かせる。内心冷や汗を流しながら、今にもスキップしそうな浅見の後を追っていく。




 ドッグランに辿り着くと、多くの犬たちがリードもなしに元気に芝生の上を走り回っていた。小型犬から大型犬。種類まではわからないが、基本的にテレビとか街中で見たことのある犬が多い。

 ここには犬用の遊具もあるらしく、木で出来た登り降りできる橋に、飛び越えるようのハードルなどが置かれている。

 飼い主たちは、犬と遊んでいる人もいれば脇で談笑にいそしんでいる人もいて、普通の公園の風景とそんな大差ないな。と思った。


「可愛い~!」


 目を輝かせて、柵の外から犬たちを見る浅見。確かに、犬たちが元気に遊ぶ姿は見ていて癒されるものがある。

 犬たちはお互いにじゃれあいながら遊んでいたのだが、俺達が来たことを察知してなのか、一匹、また一匹とこちらを向いて駆けて来る。


「えっ? おっ?」


 困惑する俺を余所に、犬たちは浅見に飛び掛からん勢いで柵にジャンプしてきた。もちろん飛び越えることなんてできないが、見ていてヒヤッとする。


「あははっ! めっちゃきた!」


 合計10匹程度の犬たちは、性懲りもなくその場でジャンプし続ける。が、浅見がしゃがむと犬たちは同時にジャンプをするのを止めた。どうやら浅見に惹かれてやって来たらしい。


「すげぇ来たな」

「私、昔から動物に好かれやすくて」


 柵の隙間から手を差し出すと、犬たちは舌で彼女の手を舐める。初対面なのに、かなり友好を示していた。


「へ~。羨ましい限りだ」


 少し離れたところで見ていた俺に、浅見は振り返り首を傾げた。


「相馬、犬苦手?」


 まあ、こうして離れているとそう思われてもしかたがないとは思うが、俺はこれでも動物は好きな方だ。犬も猫も触りたいと思う。ただ触れない理由があるのだ。


「いや……苦手じゃないんだけど」


 柵の方に歩み寄って、浅見の隣にしゃがむと。先程までの友好はどこへやら。犬たちはいっせいにグルルッ……と喉を唸らせ、歯をむき出しにして俺を睨み付ける。しまいには吠えて吠えて威嚇をするしまつ。

 これが、俺が動物を触れない理由だ。


 全く持ってわからないのだが、生まれてから今まで動物に好かれた試しがない。

 小学校のころ、近所で大型犬を飼っている家があって、通学路としてそこを利用していたのだが、通り過ぎるたびに必要以上にワンワンと、まるで敵意をむき出しにされて威嚇された。

 他にも、警戒心の強い野良猫ならまだしも、首輪の着けている飼い猫と道端で遭遇すると、ただ見ていただけなのにシャーっと威嚇をされる。

 ちなみに、人慣れした鳩でさえ、俺の足元にやって来ることはまずない。

 それぐらい、何故かわからないが動物に好かれない。


 ドッグランに来るのを躊躇したのは、それが原因だ。


「俺、昔から動物に嫌われるんだよ。なんでかはわからないけど」


 呆れた顔でそう言うと、浅見はプッ! っと堪えきれずに笑いだす。


「何笑ってんだよ」

「だって。皆一斉に相馬のこと睨み付けてんだよ? 可笑しいでしょこんなの」

「俺はお前がそんだけ犬たちに好かれてる方が可笑しいと思いますけれどね」


 膝に力を入れて立ち上がる。このままここに居ても犬たちに吠えられて悲しい気持ちになるので、柵から離れた。

 俺が離れたことで犬たちは安心したのか、また浅見の方に向いて力いっぱい尻尾を振っている。


 その光景を見て悔しい気持ちになるも、犬たちと戯れている浅見の姿を見て、一先ず自分の気持ちは置いておこうと思った。




 それから飼い主さんたちのご厚意によって、ドッグランで犬たちと遊んでいくことになり、その間犬たちに吠えられ続けながらも、まあそれとなく楽しい時間を過ごした。

 いつの間にか空は茜色に染まり始め、犬たちも返る時間になる。

 俺達も遅くまで外で遊ぶつもりはなかったので、丁度いいということで同じタイミングで帰ることになった。

 飼い主さんたちとは公園の前で別れ、俺達は駅に向かう。


「いや~。遊んだね~」


 満足そうにする浅見に、「俺は吠えられまくってたけどな」と小言を言う。


「本当にずっと吠えられてたね」

「なんでだろうな~」

「でも、最後の方は私が近くにいればそんなことなかったよね」

「浅見に言われて渋々、みたいな空気を感じてはいたけどな」


 一緒にいる中で、浅見が犬たちに相馬は良い人だよ~。と言い聞かせてくれたおかげなのか、浅見の近くであれば犬たちに触ることができた。と言っても触れたのは一瞬で、すぐ体を震わせて拒絶してきたので、触れた感動よりも拒否られた悲しさのほうが勝ったのは言うまでもない。


「これじゃあ相馬は、将来絶対にペットは飼えないね」

「もう半ば諦めてるよ。けどまあ……」


 お前と一緒ならそんなことないかもな。そう口が動きそうになって、寸でのところで思いとどまる。

 いくらその気が無いこととはいえ、これはあからさまにあからさま過ぎる。もはやプロポーズまがいの台詞に、自分に何を考えているんだと文句を言いたい。


「けどまあ……?」


 途中で区切ったことでその先が気になるのか、首を傾げて訊ねて来る。


「まあ……やっぱりいつかは飼いたいなって」

「そうだよね~。私も犬とか欲しいし……あっ! そうだよ!」


 何かを思いついたのか、これぞ名案と言わんばかりに人差し指を立てて俺を見る。


「私と一緒にいれば相馬は動物に嫌われることないし、ペット飼えるんじゃない?」

「おま……」


 顔が熱くなる。先程自分が考えていたことそのまんまのことを、こいつは口にしやがった。


 俺が困惑しているを感じてか、浅見は自分が何か変なことを言ったのかと考え、思い至ったのか顔を赤くする。


「あ~……さすがに今のは……なしの方向で」

「ああ……うん」


 視線を逸らし、お互いに気まずい空気が流れる。

 結局、電車に乗って最寄駅で別れるまで、その空気が変わることはなかった。別れ際に「また連絡する」と言ったはいいが、たぶん二~三日はまともに話せないかもしれないと、この時素直に思ったのだった。

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