第94話:姉の知り合い
駅から歩いて10分少々。緩やかな坂を上った先には、石垣の壁が道なりに続いていた。さらに少し歩くと、大学に入るための門が出迎えてくれる。
その門の前には、一人の女性が立っていた。彼女はスマホを片手に辺りを見渡しており、誰かと待ち合わせをしているように見える。
門の前には、彼女以外の姿はなかった。待ち合わせをしていたはずの姉の姿がないことを疑問に思いつつ、ひとまずは門から少し離れた位置で立ち止まる。
「待ち合わせ時間は過ぎてるよな?」
「たぶん」
姉とは口頭で約束をしてしまったので、もしかしたらどちらかが間違って覚えていた可能性が、なきにしもあらずだった。しかし俺は、自分の予定などを考慮して、さらに紗枝にまで連絡をいれているという事実から、間違いはないと思っている。
そうなると忘れているのはあっちになるのだが、連絡するか。
スマホを取り出してLINEのトーク画面を開く。簡素に『着いたけど』とだけ送って反応を待っていると、紗枝が「ねぇ」と袖を引っ張った。
「ん?」
「あの人……」
あの人?
視線を門に向ける。すると先ほどの女性が、ジーっとこちらを見ていた。
「なんか、すげぇこっち見てんな」
「優の知り合い?」
「お姉の大学に知り合いなんていねぇよ」
そもそも来たのだって一回こっきりだし、誰と話したかなんて覚えていない。確かに女の人はいた気がするが、顔をマジマジと見る機会はなかったし、記憶の中ではだいぶ朧気だ。
何かしたか? でも、ついさっき来たばっかで、何もしてない気がするんだが。
謎の恐怖を苛まれていると、彼女がこちらに向かって歩いてきた。
何か良からぬことでもしてしまったのではないか、と余計な思考が頭の中を巡る。不審なことは何一つしていないのに、気持ちは自然とネガティブになっていった。
彼女は俺たちの前にやってくる。何を言われるのだろうと身構えていると、彼女は手に持っていた自分のスマホの画面と俺を見比べて「あなた、日花の弟さん?」と訪ねてきた。
「えっ? あ、はい。そうですが……あなたは?」
「私は
お姉の知り合いですか。
「えっと……いつも姉がお世話になっております」
「いやほんとよ~」
笑いながら返してくれたが、その反応だけでいつも姉が迷惑をかけているんだなってのが理解できた。本当に申し訳ありません。
郡堂さんは俺から、視線を隣にいる紗枝に向ける。
「えっと……あなたが浅見紗枝さん?」
「はい。今日はよろしくお願いします」
社交的な紗枝にしては珍しく緊張しているようで、顔や声がこわばっていた。初対面でしかも相手は年上、そうなるのも理解できる。
郡堂さんは「よろしくね」と笑顔で返すと、紗枝の頭から足の先まで値踏みするように見つめ「話は聞いてたけど、本当にスタイルいいわね」と褒めた。
はたから見ればセクハラだが、なぜか郡堂さんが言うと当たり前のように思える。姉の知り合いだから、そう思えてしまうのだろうか。
「そんなことないですよ」
「いや~、これはそんなことあるよ。弟くん羨ましいな~」
「えっ?」
何が?
今の会話の流れで、なんで俺が羨ましがられるんだろうか。
理解ができていない俺に、郡堂さんは「えっ? 弟くんの彼女さんでしょ?」と、キョトンとした顔で訪ねた。
いや、さすがにそれは……。
勘違いというのは誰にでもあることで、恐らく郡堂さんも、俺と紗枝が二人で来ていることや、撮影を一緒にするということからそういう考えを持ってしまったんだろう。
もしくは姉の悪ふざけとか。ありえそうで嫌だな。
「いや、違いま──」
「そそそ! そんなんじゃないです! 違います!」
えっ? そんなに否定する?
ただの勘違いだと思ったから、軽く否定する程度に済ませようと思っていた俺とは裏腹に、紗枝は全力で関係を否定してきた。別に付き合っているとか、本当の彼女とかではないにしろ、それなりに信頼関係を結んできた仲だと思っているので、あまりの必死ぶりに少し……心が痛い。
まあ、俺と恋人に思われても困るか。
「冗談はやめてくださいよ。紗枝に悪いでしょう」
「いや~ごめんね。日花のやつがカップルが来るって言ってたもんだから。ついね」
やっぱりそういうことか、お姉には後でよく言って聞かせないとな。
「浅見ちゃんも、ごめんね」
「いえ……大丈夫です」
俺との関係について誤解は解けたはずなのに、紗枝のどこか浮かない様子だった。安心するというならわかるが、その表情にどこか引っ掛かりを覚える。
「じゃあ、撮影場所に行こっか。入館証もらわないといけないから、まずは受け付けだね」
「はい。お世話になります」
郡堂さんの案内のもと、受け付けに向かう。
道すがら、他の大学生の視線にあまり良い気分ではなかったが、それよりも紗枝のことが気になった。
「大丈夫か?」
いまだに浮かない表情をしている紗枝に、郡堂さんには聞こえないように声をかける。
「……うん。ごめんね、さっきは」
彼女に間違えられたことか? いや、それはむしろお前の方が被害者なのでは?
「まあ、気にすんな」
勘違いは誰にでもあることだしな。いちいち気にしてても、仕方がないこともある。
「そうだね……」
それでも気にしてしまうのが、紗枝なのかもしれない。言葉とは裏腹に、表情は優れない。
「優」
「ん?」
「……ごめん。なんでもないや」
「おう……」
紗枝は愛想笑いを浮かべて、話を切り上げた。どうも違和感しかないが、それでも紗枝が何も言わないのなら、俺からは何も言わない。
まあ、言ってほしい気はしますが。
スッキリしない気持ちを抱えつつ、受付で手続きを済ませた俺たちは、姉の待つ教室に足を踏み入れた。
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