第66話(サイドn):新嶋さんと浅見さん

 玄関を開けたらそこは修羅場でした。なんて……縁起でもないことですね。ただその縁起でもない状況が、今まさに目の前に起こっていらっしゃる。

 コーヒー豆を補充しながら、突き刺さる視線の矢に眉をしかめる。


 今日は久々に相馬さんと二人っきりでのバイトだったので、これはチャンスと思ってネタの供給をと思っていたが、まさかまさかの彼女(ではないのは知っているが)が同伴。楽しみにしていたバイトの時間が一瞬で地獄に早変わりだ。

 やはり幸福には不幸がつきものということだろうか。だいたい楽しみにしていることって、後々に嫌なことが起こって後味が悪くなるんだよな~、経験測上。


 チラリと3番テーブルを確認する。そこには不機嫌MAXの浅見さんが、カフェラテを飲みながら、まるで姑かのごとくの視線で私の仕事ぶりを監視していた。

 愛想笑いを浮かべるも、不信の目は変わらない。もう、誰か助けてくれ。


 頼みの綱である相馬さんは、店長と一緒に新作ケーキの試作に取り掛かっているため、今は厨房の方にいる。最近何を思ったのかケーキ作りを始めてしまったので、近頃はこんな感じでお店の方に出ているのは私だけ、なんてことも多い。

 普段は別に問題ないけど、今日に限っては役職変えてほしかったかな……気まず。


 いやまあ……彼女が不機嫌になる理由は理解している。これでも半年以上あの教室にいて、キャンプまで共にした仲なのだ。彼女の好意の視線が相馬さんに向いていることを、わからない方がおかしい。

 まあ一部を除いてその事実に気づいてない女子、および男子たちがいらっしゃいますが、よほどの阿呆か天然か鈍感かのどれかでしょう。

 ただ私はこれでも普通の女子なので、しかも漫画を描いている創作者でもあるので、観察という点においてはそれなりの自信はある。なので彼女が相馬さんを好きなことは、わりと最初からわかっていた。

 そんな彼女の前に、突然知り合いが同じバイト先なんですって感じで出てきたら、しかも相手が女なら、そりゃあそんな顔するのもわかりますよ。


 いや~、ネタとして使いはしたけど、嫉妬なんてよくわからないな~なんて思っていた。けどいざ目の前に嫉妬しまくっている人を見ると、なるほどこんな気持ちなのかっていうか……わりと露骨に顔に出るんだなというか……まあ浅見さんが素直なのも影響しているかも。彼女、言動とか行動は小悪魔チックだけど根は真面目で正直者だし。


 とはいえ、ずっとこのままというのも、居心地が悪くていけない。しかし何から話せばいいのか……前提として誤解は解くとして、バイト先が一緒なのは偶然で通せるかな。たいてい漫画だと厄介なことになるんだけど、ひとまず普通に接してみるか。


「浅見さん、おかわりいりますか?」

「……」

「あの~……」

「……」


 いや、そんなジッと見つめられてもこっちも困るんですけど。この人、こんな面倒くさい人だったっけ?

 恋は人を変えるというが、程度いうものがあるだろうと思った。


「新嶋さん」

「あっ、はい」


 呼ばれたので振り向くと、ちょいちょいと手招きをするので、彼女の元に向かう。


 彼女は飲み干したカップを両手で包み込むようにして、指先で遊んでいる。何かを聞きたがっているような、そんな雰囲気だ。


「……相馬さんのことですよね?」

「っ!」


 彼女はビクリと肩を震わせ、顔を赤くして私を見上げる。いや、まるわかりだし。


「隠すつもりは特になかったんです。たまたまバイト先が一緒になっただけで」

「別に、新嶋さんと優の関係が気になってるとかそんなことじゃなくて」


 いや、それで隠せてると思ってるのはあなただけだよ。


 慌てふためく浅見さんに、少し心がほっこりする。やっぱり可愛いんだなこの人。


「私の地元がここら辺なんです。それで、働き口を探してた時に、ここの店長さんと意気投合することがありまして」

「あの独特な店長さんと意気投合って、何があったのよ」

「まあ、目的の合致といいますか」


 店長さんは人員が、私は漫画の資料として店先の雰囲気が知りたかったので。


「そんな理由なので、けして相馬さんが居たからとか、俗物的な理由ではありません」

「いや、だから私は別に」


 本当に奥ゆかしいなこの人。だからこそ私の漫画の資料にされているんだけど。お陰様で助かってます。


「安心してください。個人的に相馬さんのことは評価してますが」

「えっ?」

「浅見さんのような気持ちは、ありませんから」

「えっ? ……えっ?」


 顔を真っ赤にしてうろたえる浅見さん。今の一言で私が彼女の気持ちに気づいていることは伝わったかな。いや~、それにしても可愛らしい反応するな~。これは今日の原稿はかどるわ~。


「お~い君たち~」


 お話していると、店長がお盆にケーキを乗せて現れた。


「今日のケーキあまりそうだから食べてって」

「マジですかー! 店長さすがです!」


 今日はお客さんもいないし、実は少し期待してたんだよね。最初は資料だなんだで入ったバイトだったけど、これがあるから入ってよかったって思えるんだよね。


「あの、私はお金払いますよ?」


 さすがに申し訳がないのか、自ら申し出る浅見さんだが、店長は「いいのいいの。俺からのサービスだと思って」と変にかっこつけてウィンクなんか決め込んで去っていった。いいおっさんが何してんだよ本当に。


「では、いただきましょう」

「うん」


 幸福には不幸がつきものというが、その逆もまたしかり。むしろ私にとってはだいぶプラスな出来事だったし、相馬さんに話を聞く以上の収穫があった。

 やっぱり、恋する乙女の姿って、キラキラしてていいものだな~。


 ~~~


 時刻は夕飯時。さすがに相馬さんのバイトが終わるまで居残る訳にもいかないので、浅見さんは帰ることに。ただ相馬さんはほとんどキッチンにいたので、働いている姿を確認することは叶わなかったかもしれない。

 店を出てすぐ、浅見さんはこちらに一度「ご馳走さまでした」と頭を下げてから、「新島さん……その……」と言いにくそうに視線を泳がせる。


 みなまで言わなくてもわかりますよ。


「誰もしゃべりませんって」


 人の恋路を邪魔するほど無粋でもないですし、本音を知られるのは恥ずかしいものですからね。それに友達は基本、主人公の恋愛を悟らせないようにふるまうのが王道ってものですから。

 浅見さんは安心したからか、大きく息を溢し照れくさそうに笑った。


「じゃあ、また明日」

「はい。また明日」


 お別れを告げて浅見さんは家路につく。


 こんな可愛らしい人に好かれて、相馬さんは幸せものですね~。私が男だったら絶対に逃がさないとは思いますが、しかし浅見さん……正直油断は禁物かと。

 相馬さんを狙ってる人は、あなただけではないですからね。


「はてさてどうなるものやら」


 遠くなる背中を見送っていると、カランカランと店の扉が開いた音がした。そちらを向くと、おそるおそるといった具合に相馬さんが顔を出していた。


「……紗枝のやつ、なんか言ってたか?」


 私の誤解が解けてからも、相馬さんに対する当たりが少し強かったことを気にしているんでしょう。あんなもの、ほとんど照れ隠しみたいなものなのに、男ってやつは乙女心がわからない。

 そんな姿がどこか可笑しくて、クスリと笑うと「なんだよ?」と訝し気に睨んでくる。


「いえ、別に。怒ってないみたいでしたよ」

「そうか、ならよかった」


 こっちもこっちで、まあわかりやすいな。やっぱり浅見さんのことはそれなりに特別ってことか。可愛い人だな~。


「……なんか変なこと言ったか?」

「なにがですか?」


 突然訪ねてきた相馬さんに質問を返すと「いや、笑ってるから」と答える。

 おやおや、自然と頬がにやけてたか。


「そうですか?」

「そうだろ」

「まあまあ気にせず気にせず。さっ! 仕事に戻りましょ!」


 ひとまずは友人として、あなた方のことは見守らせてもらいます。


 「そういえば相馬さん、どうして今日は浅見さんと一緒だったんですか~」


 今はとりあえず、こっちからもネタをもらいましょう。

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