第65話:相馬くんのバイト先 in 浅見さん

「ちょっとちょっと待ってよちょっと。え~もう勘弁してくれよも~さ~。うちはそういう場所じゃないんですけど? 俺もう35なんだよ~、そういうフレッシュな光には耐えられないお年頃なのよ」


 バイト先に着くなり、店長は目を手で覆って天井を仰いだ。


「何々もう何なの? 連れてくるなら連れてくるで教えてくれないとこっちも対応に困るでしょうが。なんですか? サプライズですか? 30代独身の男に対する嫌がらせのサプライズですか? 俺は失望したよ相馬くん。君がまさかそんな、人を貶めるようなことをする人間だったとはね~。俺の目も狂っちまったもんだな」


 どこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからないけれど、明らかに絡み方がウザいことは理解できた。普段も割と饒舌に喋るほうではあるし、そのたびにウザったいと思ってはいたけれど、今日のこれは心底殴りたい。

 チラリと横を見ると、さすがの紗枝も戸惑いの表情を隠せないようだった。まあこんなおっさんが、突然まくし立ててなんか言ってるんだから、不思議に思うのも無理はない。


 結局、紗枝を振り切るための程度のいい嘘をつくことができず、こうしてバイト先に連れてきてしまった。本当はこういう反応をされそうだなと思ったから、できれば連れて来たくはなかったんだけどな。


「店長、働いてください」


 冷めた目で見つめてあげると「働いてるよ俺は」と反論してきた。


「むしろ相馬くんこそなんなの? 彼女連れでバイト来ちゃって、働く気あるんですか~?」

「彼女って、違いますから!」


 俺とそんな風にみられるのなんて、紗枝が可哀そうだろ。


 焦って否定したら紗枝も「そうですよ店長さん。私はすぐ――相馬くんのですから」と、やたらお友達を強調して否定した。


 店長は俺たちの様子を見れ「あっ、そうなの? いやてっきり俺は夏休み中にデート行った子なのかなと思ったけど」と口を滑らせる。


 店長! それは今この場で言わなくていいやつ!


 新嶋さんの初出勤の日に、シフトを変更できないかと言われ断ったことがある。その時には出かける用があるとしか言わなかったのに、カマをかけられ女子と出かけるということを暴露してしまい、案の定デートと認定されてしまったのだ。

 あれ以来「デートはうまくいったのか?」とか「若い内に遊んどけよ?」などのいらんアドバイスや詮索をしてくるので、その都度あしらっていた。


「デートって……何?」


 店長の一言で唐突に声のトーンが下がる紗枝。


「あれ? これ言わない方がよかった? あ~……ちょっとケーキの様子でも見てくるわ」


 ちょ! 逃げんなよ店長!


 何も見ませんでしたと言わんばかりのそぶりでバックヤードに入っていく店長。店内に残されたのは、俺たち二人となった。


「優、デートって何?」


 笑顔を張り付けた表情に、背筋に悪寒が走る。なんでかわからないけれど、すっごく怒ってらっしゃる。


「デートは、あれだよ。男女が約束をして会うことだよな」

「ふ~ん……」


 明らかに納得がいっていない様子に、冷や汗が流れてきた。


「誰と行ったの? 私の知ってる人?」

「いや、それは?」

「ねぇ?」


 ジッと見つめられて、これ以上照れくさいから言えないとか言えない状態になってきた。たぶん下手に誤魔化すよりは素直に話した方がいい。


「お前と出かけるって、店長に話しちゃって。あの……初めて二人で行ったやつ」


 顔が熱い。なんで俺はこんなことを言っているんだろうか。まるで彼女に言い訳をする彼氏のようだ。いや、付き合ってはないんだけど。


「そ……だったんだぁ……」


 照れくさくて顔は見えないが、先ほどの勢いはもうないように感じる。


「つーか。俺がお前以外と二人っきりで出かけるなんてまずねぇだろ」


 そもそもそこまでの友達が俺には存在しない。あるとすれば幸恵か寺島……まあワンチャン新嶋さんもあるにはあるのか。

 ただ現状、俺と一番よく出かけているのは間違いなく紗枝だ。それは断言できる。


「それよりもなんでそんなに怒って……」


 ようやく顔を見ると、いままで見たことがないくらい顔を真っ赤にして、俺をジッと見上げていた。あまりにも顔が赤いので少し心配になった俺は「大丈夫か? 風邪でも引いてたか?」と尋ねるが、紗枝は「だ、いじょうぶです」と視線をそらしつつ頷いた。


 本当に大丈夫なのか?


「ごめん、なんか変に当たっちゃって」


 紗枝はぼそぼそと、俺に聞こえるくらいの声で謝罪してくる。


「いや、それはいいけど。何をそんなに?」

「いや……なんで教えてくれなかったのかなと思って」


 どこか寂し気な様子に、なんとなく理由がわかった。

 たぶんあれだ。隠し事されてたみたいで、気持ちよくなかったのかな。友達ゆえに、伝えてほしかったってのもあるのかもしれない。


「まあ、もしそういう人ができたら、ちゃんと伝えるよ。お前に隠しておくのも、なんか気持ち悪いしな」

「そう……まあ……ありがとう」


 謎のお礼をされ、気まずい空気が流れる。しかしその空気を割くようにタイミングよく、カランカランと音をさせて店のドアが開いた。

 振り返って来店者を確認して、「あっ」と声を漏らした。


「あれ? なんで浅見さんがここに?」


 そういや今日、新嶋さんと同じシフトだったわ。

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