第152話(サイドt):これが親心か……

 意外といえば、意外な出来事。そもそも、あいつがあんなふうに相馬のことを搔っ攫っていくとも思ってなかった。それも隣に……瑠衣と幸恵がいる目の前で。


 私はこれまで、さっさと行動に移しちゃえば全てが丸く収まるのにと思いながら、それでも少しずつ心を寄せていく姿に、それぞれのペースがあるんだと考えてきた。

 はたから見てたら、紗枝と相馬の二人ってお互いのことを思いあってるようにしか見えないし、その二人の関係に割って入ることは難しいことだと思っていた。もし割って入るようなことができる人がいるとすれば、それは相馬と良好な関係を築いている幸恵や、最近積極的に攻め始めた瑠衣だけだという確信も持っていた。

 だからこの二人が動かない限りは、まだ様子を見ているつもりだった。それに何かあればきっと、紗枝は私の力を頼ってくると思っていたふしもある。


 けれどどうだろう。いつの間にか彼女は私の手を離れて、ちゃんと自分の本当の気持ちを表に出すようになっている。


 これが親心なのか?


 娘の成長ってわけじゃないけど、ほとんど最初から彼女の恋の行方を追っていた私としては、彼女が私を頼らずに大きな一歩を踏み出したことに、少しだけショックな部分がある。

 いや、別に悪くないんだけどね? なんでもかんでも言う必要性もないし、関係を進めるために私の許可が必要ってことでもないし。なんだったら、夏休み期間とか何やってたのかは全然知らないわけだし。でもちょっとだけ、本当にちょっとだけ寂しい部分もあるというわけですよ。


 相馬と手を繋いで仲良くゴールする姿を見て、少しだけもの悲しい気持ちになったけど、あいつが新しい関係を築こうとしている気持ちを応援したい。私はいつだって、あいつの見方なんだから。


 それはそうと……。


 微笑ましいゴールとは打って変わって、なんだか気持ちの悪い光景が広がっているんだが、あれはいったいなんなんだ?


 紗枝が相馬の手を引いたその後に、佳代は連れ出した塚本と何かを話すと、まさかの手を繋いでスキップしながらゴールに向かうという、奇妙な行動に走った。

 この借り物競争では時折頭のおかしいお題が出ることがあるが、もしかしたらこれもその一つなのかもしれない。けどだからと言って、それを塚本とやるのは気が知れない。なんせあいつは学年、いや学校の王子様プリンスなのだから。そんな仲良しアピールをした女子が何をされるのかわかったものではない。

 現に、その光景を見て多くの女生徒たちは悲鳴を上げている。こういう、血が頭に上っている時ってすごく攻撃的になるというか、佳代に対する憎悪がすごい。罵詈雑言が飛び交う中で、どうしてそこまで平然としていられるのかと疑問に思うが、この一瞬だけは会場全ての人の視線があいつらに向いていただろう。


 ただ二人を除いて。


 隣をチラリと確認すると、どこか笑うしかないとでも言いたげに、苦笑いを浮かべている瑠衣と。眉間に軽く皺が寄って、羨ましそうに紗枝と相馬を見つめる幸恵がいた。

 この二人にとっては、塚本が佳代と仲良く手を繋いでゴールすることよりも、紗枝が相馬の手を引っ張ってゴールしたことの方が重要だろう。


 難儀だね~……本当に。


 3人の気持ちを分かっている私でも、そんな言葉しか出てこない。

 人生どうしようもないことは多々ある。状況的に引き止めることはできなかったし、こればかりは仕方がなかったと言える。それでも、気持ちというのは止められないから、やりきれない思いは飲み込むしかない。


 恋ってめんどくさ。


 こういうのを目の当たりにしてしまうと、まだ自分にはいらないかな~? とも思ったりする。けれど人を思う気持ちの輝かしさを見てしまうと、同時に憧れのようなものも抱いてしまう。


 いつか自分にも、そんな恋ができるのだろうか?


 そんなことを考えていたら、最後の組がゴールした。

 これから司会者によるお題の発表とインタビューが行われる。はてさて、あいつらは何を答えるのだろうか? それと佳代のお題は本当に何だったんだろうか? 私はむしろ、そっちの方が気になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る