第151話:それはいったい何ですか?

 この体育祭でも屈指のお遊び競技。もちろん悪い意味じゃなくてとても良い意味で、見てる方も楽しくやってる側も面白いという借り物競争。いったいどんなお題が出てるのか、見ている側は予測するのも面白く、またそれをちゃんと笑いに持っていく実況がまた良い。


『さぁ~一番最初に引いたのは白組だが? ちょっとこれはお題が厳しいのか固まってしまったぁ! 一体何を引いてしまったのか。お題にはちょっと色物のお題もあるので、難しいところがあるかもしれません』


 2年生のグループが始まり、一番手で出てきた紗枝と新嶋さん。紗枝は持ち前の運動神経を生かして誰よりも早くおみくじ箱からお題を引いたが、内容を確認してから立ち尽くしてしまった。


「何引いたんだあいつ?」


 普段の紗枝だったらパッと動きそうな場面だが、そんなあいつの足を止めてしまうほどのお題なのか。


「まさか好きな人とか?」


 右隣にいる寺島がそう推測すると。なぜか左隣にいる日角が「えっ!?」と予想以上のリアクションをする。


「紗枝ちゃんの好きな人って……誰なんでしょう?」


 顎に手を添えてそんなことを真剣に考え始める幸恵。そもそもお題が好きな人なのは確定なのか? 別のお題の可能性もあるんじゃないのか?


 だがやはりそこは乙女だからか、寺島たちはなぜか紗枝が持っているお題が好きな人であること前提に話始める。


「いや~これは楽しみだね~」

「はははっ」

「でも紗枝ちゃんが優くんや塚本くん以外の男の人と仲良くしてるとこは見たことないんですが……もしかして私が知らないだけなんでしょうか?」


 悪い顔をする寺島とは変わり、なぜか渇いた笑みがこぼれる日角。そしてしっかりと推理を始める幸恵。いやだから……なんで確定なのよ。


 しかしその話題であれば俺も確かに気にはなる。あいつの好きな人……誰なんだそいつ。

 考えるほどモヤモヤした気持ちが溢れてきて、胸のあたりがムカムカしてきた。


 そうこうしてる内に後続が追い付き、お題を引いた面々は方々に散ってお題に沿った人を探しに行った。


『さぁ、紅組早いぞ! しかしあっと! 何故か剣道着を着用させようとしている! まさかのタイムロスだぁぁ!! さあその間に……おっと白組さん? そちらは職員関係者の方がいますが、まさかの校長先生のお出ましだ~~~!!!!』


 実況が盛り上がる中、最後に新嶋さんが引き終わると、何故か笑い堪えている。そんな面白いお題引いたのかあいつ。

 ひとしきり笑ってから、いまだにお題を見つめ立ち尽くしている紗枝のところに向かった。彼女は何かを話し紗枝のお題を盗み見て、そのまま腕を掴んでこちらに走ってくる。


「こっち来るぞ?」

「本当だ……マジで好きな人?」


 寺島の言葉に、さすがにそれはないだろうと、心の中で呟く。でも、どうにも確証が持てなくて、もしかしてを考えてしまう。ただここには俺と塚本ぐらいしか男はいない訳で、そうなると必然的に俺か塚本のどっちかってことになるんだが。

 いや違う違う。もしかしたら女子面子の中の誰かってこともある。変な妄想すんな俺。でも……だとしたらマジでお題なんなんだよ?


「ちわ~っす! 塚本くん借りに来ました~!」

「俺? いいよ~」


 元気よく敬礼して、塚本を持っていく宣言をする新嶋さん。その後ろでは紗枝が言いにくそうに眉を顰める。

 なかなか言い出さない紗枝に、新嶋さんは「ほら」と催促すると、彼女は「優! 行くよ!」と手を差し出してくる。


「……俺でいいのか?」

「優じゃなきゃ、駄目なの!」


 珍しく顔を真っ赤にして、少し泣きそうになりながらそう言い切った。さすがにそんなことを言われて動かないわけもなく、自然と俺は紗枝に手を伸ばしていた。


 やべぇ……あっつ。


『さあようやく剣道着を着替え終わったところだが、あっとここで白組が追い上げる! 速いぞあの二人!』


 今更ながら手を繋いでいることえの恥ずかしさが込みあがってくるが、紗枝は気にせず俺を引っ張っていく。こんな公衆の面前で女子と仲良く手を繋いでゴールなんて、これめっちゃ勘違いされるやつなんじゃないか?


 穴があったら入りたいくらいの恥ずかしさだったが、なぜか観客席からは笑いと悲鳴が巻き起こっていた。


『そしてその後ろに! なんと! 仲良く手を繋いでスキップ!? イケメンと女子がスキップしながらゴールにやってくるぞ! ラブラブかこの二人!?』


 後ろを確認すると。なぜか塚本と新嶋さんが仲良く手を繋いで満面の笑みでスキップしながらやってきていた。何やってんだあの二人!? けれどおかげで俺たちへの視線は全部あの二人が持って行ってくれて、特に騒がれるようなことなく、難なくゴールできた。


「あの二人何やってんの?」

「……紗枝、手」

「えっ? ああ……うん」


 会場がバカ二人に気を取られてはいるものの、さすがに握りっぱなりは恥ずかしいので離してもらう。前にも一度手を握ることはあったものの、あれはほとんど強制に近いもので、しかも俺からだった。だからかもしれないが、あの時よりも手が熱い。

 なんか、ヤバいな……これ。


 手のひらから心臓まで感覚が一直線につながったみたいで、じんわりとした熱を感じるたびに、心臓が激しく鼓動する。急に走ったから? けどそんなに嫌な疲労感じゃない。なんだこれ? 熱が、全然引かない。


 肩で息をしながら、紗枝を見る。俺と同じだけ走ったはずなのに、こいつは全く疲れた様子はない。


 そういや。


「なあ。お題って結局なんだったんだ?」


 あれだけ悩んで、結果俺を連れて行ったんだ。いったいどういったお題なのか気になった。

 紗枝は話にくそうに一瞬どもったが、「どうせわかることだもんね」と諦めたように肩をすくめると、手に持っていた紙を広げて見せてくれる。


 そこには『クラスの異性』と書かれていた。


 あまりにも幅広い選択肢。少し見渡せば、俺以外の男子はいっぱいたはずだ。それなのに、わざわざ俺を選んだ?


「私にとっては、優が一番だから。誰にだって譲りたくない」

「……それっ──」

『最後の組が今ゴール!』

「終わったね」

「……おう」


 丁度よく実況の声が被り、聞きそびれてしまった。

 この後の質問タイムでは、紗枝は日角も驚くレベルの猫かぶりで当たり障りのない回答をし、俺もそれに合わせて似たようなことを答えた。


 ——優が一番だから――


 言葉の真意を聞いてしまえば、これからの関係をガラリと変えてしまいそうで、間を開けてしまうと余計に自分から聞きづらくなって、どうしようもなくなっていく。


 たぶん……それだけじゃないんだよな……。


 案外。自分は臆病なのかもしれない。雰囲気の変わった紗枝に変わってしまったと思ったり、落ち着かないと駄々をこねたり。それは結局、変化への恐怖なのかもしれない。


 だからこそ、誠実にぶつかっていったつもりなんだがな。


 そこにあった日常が、突然なくなってしまうということを、俺はよく理解している。だからこそ繋ぎとめたいと思うし、手放したくないと思ってしまう。けれどそれは俺のわがままで、変化を受け入れきれない俺の弱さなのかもしれない。


 今はまだ、俺の気持ちの整理がつかない。だけどもし聞いてしまったら……俺はあいつの答えに、どんな言葉をかけるのだろう。

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