第54話:夏休みのキャンプというものは

 車を走らせ二時間弱。ようやく目的地であるキャンプ場に辿り着いた。今日お世話になるキャンプ場は、石積の高台の上に建設されたところで、石階段を降りると川辺に降りることができる。上流の方では釣りが楽しめ、下流の方では川遊びが楽しめる場所だ。

 道中の車の中はかなり騒がしいかったが、その主な原因は俺の姉にあるのだが──。


 ──なにこのイケメンとプリティガールたちは! こんな美男美女の中になんでこんな普メンのあんたがいるの? 中学までのスクールカースト最下位はどこにいったの?──


 ──浅見や塚本たちに出会って最初に出たのがこれだからね。特に塚本にたいするアクションは凄かった。さっそく口説いてたし、しつこく勧誘してた。あの塚本がたじたじになる珍しい姿を見ることはできたが、これから友人として姉の魔の手から守らなくてはならない。


 キャンプ場の管理人に話をつけ終わってから、利用するに当たっての注意点、その他もろもろを受けて駐車場に車を止める。サイトの方に車は入れないようなので、荷物は自分達でも持っていくことになるのだが、お姉が「ほら男ども働け」と有無を言わさずテント用具などの重量があるものを押し付けてきて、女子たちは手分けして軽いものを持っていく。


 何度か自分達が借りている場所を行き来して、荷物を置いていき、腰を伸ばす。

 いくらなんでも一人で持ちきるには限度あるので、何回かに分けて持ってくるしかないから仕方ないけど……運動不足だな……。

 腰の痛みに苦い顔になる。


「相馬くん、平気ですか?」


 荷ほどきをしてくれている瀬川さんが、心配そうな顔で気づかってくれた。手を振って大丈夫なことを示す。


「平気平気。でも運動しないと駄目だな」


 高校に入学してから筋トレとかもしてないし、体はだいぶ鈍ってきてる。こないだ浅見や寺島たちと遊んだ時も、翌日に腕が筋肉痛になったからな。久しぶりにボーリングなんてしたから、しかたがないかもしれないけど。


「暑い日が続いてしまうと、どうしても怠けてしまいますよね」

「特に家の中はクーラーとか効いてるからね。動きたくなくなる」

「わかります。私もこないだ、クーラーの効いた中で居眠りしてしまって……危うく風邪を引きかけました」


 引かなかったからこそ笑っていられるものの、もし風邪を引いてしまったら惨事だな。夏の風邪は長引くって言うし。


「気を付けなよ?」

「はい。次からはちゃんとブランケットを掛けます」


 話していると、クーラーボックスをお姉と塚本が仲良く持って来る。その後ろから手ぶらの浅見たちが着いてきているので、どうやらもう荷物はないようだ。


「ね~塚本く~ん。本当にちょっとだけでいいからさ~……」

「いや~、はははっ……」


 相も変わらず、お姉は勧誘を続けているようだった。


「お姉。いい加減にしろよ」


 お姉はクーラーボックスを置いて、塚本の腕を引っ張る。


「こんなイケメンみすみす逃せるわけないでしょ! というか優もなんで黙ってたのよ」

「わざわざ言う必要もないだろう。塚本も、ウザかったら構わなくていいからな」

「いや~、さすがにそういう訳には」


 この男は、こんな女相手にも紳士でいようとか思ってるのか? だとしたら筋金入りだな。


「勝手にやらせときゃいいのよ」


 そんな塚本にたいして、寺島は呆れつつ文句をたれる。


「相馬もそう構うことないでしょ」

「身内の恥は止めないといかんだろうが」

「誰が恥だ誰が」


 いまだ塚本の腕を離さないお姉に、俺は頭が痛くなる思いだった。


「ねえ相馬」


 つんつんと、浅見は腕をつついてきた。


「今さらだけど、お姉さんってなんか仕事してるの?」

「あ~……大学のサークルでファンション雑誌みたいなの作ってるみたいで、モデルが欲しいんだってさ。俺も去年一度駆り出されたことはあるよ」

「えっ? 写真撮ったの?」

「まあな。二度とごめんだけど」


 馬子にも衣装とはよく言ったもので、我ながら「うわぁ……」と思うような姿であった。衣装に着られてるって、ああいうことを言うんだなと実感した。


 すると浅見はお姉にとことこと歩いていき、「相馬の写真とかないですか?」と訪ねる。


「ちょっと待てお前!」


 そんな写真出されたら恥ずかしいだろうが!


「相馬くんの写真ってなんですか?」


 なぜか食いついてきた瀬川さん。


「優の写真? あるよ」


 なぜ持ってるお姉!


「まあそれはあとのお楽しみにして、ひとまずテント張っちゃうよ」

「待って! なんで写真持ってるの! ねえ!」


 俺の意見を完全に無視して、テント張りが始まってしまった。


 ~~~


 キャンプというものにそもそも行かないこともあってか、手際は最悪に等しかった。俺と瀬川さんなんて、どうやってテントを張るのかすらわからなかったからな。その中でも意外だったのが寺島と新島さんだった。そもそもの話、今回のキャンプに伴ってテントなどを用意しているのは我が家と新島さんの家なのだ。

 俺はキャンプなど行ったことはなかったのだが、なぜか親父がキャンプ道具一式を持っていた。事情を聞くと、母さんがキャンプとか旅行とかが好きじゃないという理由で、これらの物は封印されていたらしい。もったいないとは思うが、母さんがそう言うんじゃ親父は従わざる終えないだろう。我が家では母さんが一番権力を持っていて、次にお姉、その次ぐらいに俺と親父なのだから。

 そして新島さんの方は、事情までは教えてくれなかったが一式持っていた。そのため、最初は家まで迎えに行こうか? と話をしていたんだが、「テントくらいなら持っていけますよ」なんて笑いながら言うものだから、妙に納得してしまって駅まで持ってきてもらって、後で積み込みということにしたのだ。

 本人はいかにもインドアというような感じだが、存外アウトドアにも精通しているのかもしれない。現に新島さんがテキパキと指示をだしてくれたお陰で、テントはあっという間に張れてしまった。


「案外覚えてるものですね~」


 出来上がった二つのテントを眺める新島さんに「よくキャンプするの?」と訪ねる。彼女は乾いた笑みを浮かべながら「いや~……漫画の影響って怖いですよね~」と遠い目をした。

 なにか触れてはいけないことだったか?


「さて……それでは私も失礼して」


 新島さんの二つのテントの内一つの方に向かい、チャックで閉じられた入り口に手をかけてから、こちらを振り向く。


「覗きはダメですからね?」

「しないよ!」


 実は今、あの中には浅見たち女子が川で遊ぶために水着に着替えている。

 そりゃあ覗きは男のロマンと言うし、けして興味がないわけじゃないけれど、さすがにそんなモラルに反することをするわけがない。

 ニヤリと笑顔を浮かべる新島さんは、自分が入れるくらいの広さを開けて中に入っていく。完全に挑発してきたが、それに乗る俺ではない。


「瀬川さん胸ヤバ!」

「に! 新島さん! そんな大きな声で言わないでください!」

「いや、さすがにこれは……ねぇ?」

「もはや兵器だよね、これ」

「浅見さんまで……」

「ほんと、喧嘩売ってるよね」

「寺島さん!? どこ触ってるんですか!」


 ……いや、そんな紳士的でない行為は、しない。

 欲望を遠ざけるためと、俺も着替えないといけないので、逃げるように隣のテントに向かうのだった。

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