第167話(サイドs):今はまだこのまま

 文化祭まで残り2日。慌ただしく準備を進める生徒たちの活気で、今日も放課後は賑わいをみせていた。

 私たちの教室では、政道さんたち4組文化祭実行委員主体で急ピッチで準備が進められており、毎日毎日すごく忙しそうにしている。

 うちの文化祭実行委員はというと、実はあまりクラスに顔を出すようなことがなく、体育館とそのすぐそばにある簡易ステージにつきっきりなことが多い。なんでも日角さんが軽音楽部だから、ステージ関係の仕事が回ってきたのだと、こないだ優くんが言っていた。


 伝統的に軽音楽部がステージを裏方を担当するから、纏めやすいように日角さんを配置したんだって。それを聞いて、妙に納得しました。


 私はというと、クラスの手伝いをしたり、部活動が忙しかったりと、こちらも毎日てんやわんやしている。

 文化祭が3年生の最後の演奏になる。っていうのもそうだけど。今年は全国に行くことができなかったから、その思いをここにぶつけたいって気持ちもある。いちおう来年の全国予選は冬に行われるから、3年生も出れるといえば出れるんだけど。だいたいの人は受験もあるので文化祭を最後に、いったん区切りをつけるのだ。


 そういうわけなので、最近本当に忙しくって、優くんと全然話す機会がありません。


 お互いまめに連絡を取り合うような性格でもないし、文化祭期間中は勉強会がないから二人っきりになる時間もない。なのでちょっと……ちょっとだけナーバスです。


 部活の休憩時間。気分転換もかねて外の空気を吸いたかったので、体育館横のベンチに来ている。ここはあまり人通りも多くなく、聞こえるのは体育館のメインステージで場当たりをしている人たちの音だけ。あんがい落ち着けるスポットなのだ。


 来る途中で買った缶のコーンスープをちびちびと飲みながら、考えることは優くんのこと。

 お互い忙しいことはわかってるし、そういう関係性でもないのにむやみやたらに一緒にいる必要がないのも理解はしている。でもそんな考えとは裏腹に、寂しいという思いは日に日に大きくなっていった。


 昨日は衣装合わせで少し話すことはできたけど……。


「足りないな~……」

「何か足りないのか?」

「ちょっと優くん成分といいますか……」

「え? 俺の成分がって……何?」


 はい?


 バッ! と、声のした方に勢いよく振り向く。なんとそこには、私の思い人である相馬優くんが立っていた。


「すっ! 優くん!? なんでここに!?」

「いや、休憩しようと思ってきたらたまたま居たから。声かけようと思って」

「あっ、そ……うですか」


 静寂。


「……とりあえず、横座ってください」

「おう……」


 そしてまた静寂。


 普段ならお互いこんなことはないと思うけど、私の心の中はもうそれどころではなかった。


 言ってしまった。ついポロっと本音が口から出ちゃった。誰もいないと思ってたからすごい気が緩んでたよ~。顔から火が出そうなほど恥ずかしい。これがまだ他の人、それこそ瑠衣ちゃんとかならまだ大丈夫だったけど、よりにもよって優くんに聞かれるなんて。

 と、とりあえず、話題を逸らそう!


「そういえば――」

「幸恵は――」


 話しかけるタイミングが被ってしまい、お互い固まる。


「ごめんね。優くんからどうぞ……」

「いや、幸恵からで大丈夫……」

「いや、大したことじゃないから」

「俺もまあ……そこまで大した内容じゃないというか……」


 また訪れる静寂。せっかく好きな人と一緒にいられるというのに、この気まずさはなんだろうか。

 落ち着かない気持ちを紛らわすために、コーンスープに口を付ける。飲んでいても味何てわからないくらい、頭の中で考えがグルグルと回っている。普段、何も気にしないで話しかけているからこそ、こういう時にどう会話を切り出したらいいのかがわからなくなってしまった。


 私、いままでどうやって優くんと話してたんだろう。


 変な風に思われてないだろうかとか、距離があるとか思われてないだろうかとか、そんな不安な気持ちがじわじわと心を侵食していく。だからこそ何かを話さないといけないと思って、すごく自分が焦っているのがわかる。それを落ち着かせる術を自分は持っていなかった。


「箏曲部はどう? いい感じ?」

「へっ?」

「リハ聞いたけどさ。なんていうか……圧力? 音の厚みが全然違うっていうか、なんかとにかくすごいとしか言えなくてさ」

「……」


 すぐに、彼が気を使ってくれているのが分かった。きっと彼は、さっき私が言っていた言葉もちゃんと聞こえているんだろう。その上で、気づかないフリをしながら、私の意識をそこから外そうとしてくれている。

 そんな優しさに、グッと心臓が縮まるような感覚がした。

 申し訳なさとか、そういうのも色々含めて、弱い自分に呆れてしまう。でも同じくらい、私のことを最大限考えて、行動してくれる優くんに甘えてしまいたい気持ちがある。


 ダメダメ! そういう気持ちは、もっとちゃんと……甘えられる関係になってからじゃないと。


「優くん」

「ん? どうした?」

「本番。楽しみにしててください。腰抜かすぐらい、いい演奏しますから!」


 目一杯の笑顔で、わざとらしく力こぶとか作って、だから心配しないでくださいって、無言でアピールする。彼もそれがわかったようで、少し安心していた。


「そういう優くんの方はどうなんですか? ステージ、大変そうですけど?」

「ああ……まあ、軽音楽部の先輩たちに助けてもらってるよ。こないだも――」


 それまでは対等に、まだ友達のままで。


 けど……我慢できるのかな~?


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