第166話:さすがの着こなし
ある程度練習を終えたころ、外も薄闇が広がり始め、街頭に明かりが灯る。文化祭期間ということで最終下校時刻も伸びてはいるものの、そろそろ撤収の時間になってきた。
政道さんが「残れる人は残って、帰る人はちゃんと着替えて帰ってね~」と、ひとまず締めの号令をかけると、数人は隣の教室に移動を始めた。
俺は実行委員ということもあるので、ひとまず開いている机などを整理して掃除を始める。と言っても、置かれたメニューを片づけたり、テーブルクロスを畳んだりするだけなんだけど。
「手伝いますよ」
「ん? ありが――」
テーブルに置かれた小物類を、一か所にまとめようと動き始めたところで、誰かに声を掛けられそちらを向く。するとそこには、大和なでしこを思わせるような。淡い薄緑色の着物に身を包んだ、幸恵が立っていた。
紗枝や日角と同じように大正ロマンの装いだが、2人とは違った美しさがそこにはあった。着慣れているというか、着こなしているというか。普段そういう恰好をしない人は、どうしても服に着られてしまうのに、彼女には全くそれを感じなかった。
そりゃあ琴の家元だし、和装には慣れているんだろうと思うけど、俺が1度も見たことがない姿なのに違和感がないっていうのが、本当にすごいことだと思う。
あまりの美しさに目を奪われていると、彼女は「優さん?」と顔を覗き込んでくる。
「どうしたんですか? 少し顔が赤いような……」
「――っ!」
頬に手が伸びてきて、咄嗟に身を引いてしまう。腰が机に当たり、ガタリ音を立てた。ちょうど骨を打ってしまったようで、思ったよりも痛かった。
「だ! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫……大丈夫だから」
笑ってごまかしつつ、改めて幸恵を姿を見る。
いや……なんだこの美人。
幸恵が美人の部類に入るのはもちろん承知しているし、女性として魅力的なこともよく理解している。しているけど……それをより一層際立たせている。
「そんなに見つめられてしまうと、あの……」
「あっ! いや、その……悪い……」
不躾にもまたジッと見てしまっていたようで、咄嗟に視線を逸らす。
「どこか変、ですかね?」
幸恵が不安そうに自分の服装を確認し始めてしまったので、「じゅうぶん似合ってるよ!」と大きな声を出してしまった。
教室で、しかも他の人の目がある中で、慌てていたとはいえとんでもないことを口走ってしまった。はたと正気に戻り、恥ずかしさが込み上がってくる。
しかしそんな俺とは裏腹に、幸恵は目を輝かせて「似合ってますか?」と嬉しそうに笑った。そんな彼女を目の前にして、今のは事故なんですとも言いにくい。まあ勢いに任せて言ってしまった俺も俺だし、そもそも似合ってるのは本当のことで、俺のこの気持ちも本物だ。ごまかす方が、むしろ彼女に失礼か。
「うん。似合って――」
「幸恵かわいい!!」
俺の言葉を遮り、そして俺を押しのけて幸恵との間に割って入る。衝撃で再度、机に腰を打ち付けてしまい、その痛さにその場にうずくまった。
「あっ、ごめん優」
「ごめんで済んだら医者はいらねぇよ」
本日二度目なので、衝撃のレベルが大きすぎる。
「大丈夫ですか?」
また幸恵に心配され、なんだかデジャブ。
「なんとか大丈夫」
痛みを堪えつつ立ち上がり紗枝を睨みつけると、さすがに彼女も悪いと思ってるのか手を合わせる仕草で謝ってくれた。
「とりあえず、片づけ進めるぞ?」
中途半端に机の上に置かれた小物類をまとめなおすが、紗枝は「一回、写真撮らない?」とスマホを取り出す。
「せっかくだしさ」
「別に後でも……」
途中で作業の手を止めてまで写真を撮る理由はないと思うが、紗枝が「いいじゃんいいじゃん」と強引に薦めてくる。幸恵は「私も……」とチラチラと俺の方を見ながらも「撮りたいです!」と紗枝の案に乗っかった。
こうなってしまえば多数決。反対派の俺が折れるほかない。まあ長時間拘束されるわけでもないし、いっか。
紗枝は綺麗に撮れる画角を探しながら「ほら、寄って寄って」と強引に体を寄せてくる。なんだか前にも見たような光景だが、それよりも近い。それにまたあの……胸が!
「幸恵も。もっと寄って」
「はい!」
「――っ!?」
寄ってと言われて、そのまま紗枝の隣でも行くのかと思ったが、そんな思惑とは裏腹に俺の隣にやってくる幸恵。
「ゆ……幸恵?」
「なっ……なんですか?」
どこか恥ずかしそうに、けれどもそんなことはお構いなしと言いたげに、グッと体を寄せてくる。そして紗枝のとはまた違った。ずっしりとしていそうなのにそれでいて包み込んでくれそうな柔らかさを持った彼女の胸が、俺の腕を襲ってくる。
ヤバい! これはヤバいぞ!
なんとか平静を保とうと努力するが、それに追い打ちをかけるように紗枝が俺と腕を絡め、より一層体を寄せてくる。もう彼女の胸の間に、俺の腕が収まっているようなそんな状態になってしまった。
すでに頭の中がいっぱいいっぱいだったのに、突然の出来事にショート寸前だ。
「撮るよ~!」
もう、何も考えてはいけない!
その時撮った写真は、すぐに俺にも送られてきた。美女2人に囲まれているというのに、写真に写る俺の表情はさながら菩薩のようで、一切の下心を感じなかった。
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