第30話:修学旅行です②

 京都市に付いてから、そこからバスで移動し清水寺に向かう。今日は京都所縁の地巡りなので、その後に金閣、銀閣などの名スポットに行くようだ。

 バスの席については特に決まりはないようで、皆思い思いの席に座っている。俺はというと、前の方の席で一人寂しく座っていた。

 新幹線でのこともあってか、浅見とは少しだけ距離が生まれてしまい、なんとも気まずい。あれは俺にも原因の一端があるのでどうしようもないが、どうにかして仲を戻したい気持ちはあった。

 だって修学旅行は班行動が常だ。それなのに班の仲がギクシャクしたら、それはもう壊滅的だろう。自分だけならまだしも、他の人間もいるんだからそこはちゃんとしないといけない。

 なので早急に解決をしたいのだが、こんな時どう接するのがいいのかわからない俺は、色々と切り出せずにいた。


「はぁ……」


 これからどうしよう。


「大きな溜め息ですね」


 後ろの座席から声が聞こえ、席と席の隙間から後ろを見る。隙間からこっちを見るように、大きな瞳がそこにはあった。


「うお! ……瀬川さんか」

「はい。相馬くんが一人で座っていたので、気になって後の席にお邪魔しました」

「なるほど……それはまあ、御気を使わせてしまって」


 瀬川さんはスッと立ち上がると、彼女の隣から「瀬川さん?」と声が聞こえた。だが瀬川さんはその声に答えることなく、そのまま空いている俺の隣の席に腰を下ろす。


「あの、瀬川さん。突然立ち上がるのは危ないですよ?」


 座席の隙間からこちらを窺う眼鏡女子。彼女は俺達の班の一員である、新嶋佳代にいじまかよさんだ。落ち着いているというよりかは、もはや暗いと思える雰囲気。それを増長させる野暮ったく長い髪。前髪は目が隠れるくらい伸びているので表情が読めず、人と話すのが苦手なのか、よくおどおどしているのを見かける。


「それもそうですね。次はちゃんと赤信号の時に立ちますね」

「それがいいと思います。すみません、話しの腰を折ってしまって」


 俺に向けて頭を下げるので、「いや、お構いなく」となんとなく畏まってしまった。同じクラスで同級生のはずなのに。


 それだけ伝えて、新嶋さんは座席の背に凭れる。


「それで、どうなさったんですか?」


 なんとも付いていけない状態ではあるのだが、何事もなく瀬川さんは話しを進めるので、仕方なく切り替えて瀬川さんと向き合う。

 どこからどう話すべきなのか迷ったが、何も全部を全部まるっとそのまま伝えなくてもいいだろう。かいつまんで、ニュアンスが伝わればそれでいい。


「ちょっと……浅見と色々あって。若干ギクシャクしちゃって」

「なるほど、浅見さんと。それは確かに気になりますよね」

「まあ、俺が悪いのはわかってるんだけど、どう謝ればいいのか」


 情けない話、誰かに『ごめん』とちゃんと謝ったのは、小学生の時ぐらいが最後だ。その後は、なんとなく謝る程度で、その場を取り繕うものばかり。歳を重ねるにつれて、素直に謝るということが難しくなっている。


「なるほど、謝るのが気恥ずかしい。そういうことでしょうか?」

「それもあるにはあるけど……なんていうか、きっかけみたいなものが掴めなくて」

「でしたらもう、謝りに行くしかないでしょう」

「いや……それが出来たら苦労はないといいますか」

「苦労のない謝罪なんてありませんよ。相馬くん。皆、その苦労を乗り越えて、その人に許して欲しくて謝るんですから」


 そう言う彼女の笑顔に、目を見開く。 


「大なり小なり、謝るという行為には苦労が訪われるものです。もしかしたら相手に伝わらないかもしれない。もしかしたらまた相手を怒らせてしまうかもしれない。もしかしたら聞いてすらくれないかもしれない。それでも聞いて貰いたいから、謝るんです」

「でもそれは……一人よがりなんじゃ?」

「そうですか? 私は、気持ちをちゃんと伝えるのは、大切なことだと教わりました。言葉にしないと、人には見えてこないですよ。感情なんて、誰にわかるものでもないんですから。だから伝えて、誠意は見せて行かないと」

「……なんだか瀬川さんって、天然なのかそうじゃないのかわからないね」


 普段のふわふわとした考えが嘘のようなしっかりとした回答に、つい失礼な言葉が漏れ出てしまった。

 しかし彼女は「これでも家元の娘として、礼儀はしっかりと叩き込まれたので」と笑いながら返してくれる。けれどそれでなんだか納得してしまった。さすがはお嬢様と言うべきなのか、とても助かるアドバイスだ。


「そうだね。ちゃんと謝った方がいいよね」

「はい。それがお二人のためにもなります」


 一先ず相談が終わると、瀬川さんは思い出したように「そういえば、気になっていたことが」と話しを切り出す。


「相馬くんは浅見さんと凄く仲がいいですよね。昔からの知り合いなのですか?」

「いや……たぶん二年になってからだと思うよ」


 思い返す限りでは。


「そうなんですか? それにしては距離感が近いですよね」

「それ、瀬川さんが言う?」


 浅見と同等かそれ以上にアグレッシブに急接近してきている自覚がないのか、瀬川さんは首をかしげた。わからないなら別にいいです。


「浅見とは、たぶん二年になってから始めて喋ったと思う。去年はクラス違ったし、二年生になっても、今の席になる前は話したことはないし、ちょっかいもかけられなかったな」

「浅見さんって、そんなに悪戯好きなんですか?」

「しょっちゅう授業中からかってくるよ。そっか、瀬川さんは前の方だからわからないのか」

「そうですね。今も黒板の目の前ですし。けれど、少し意外ですね」

「意外?」

「はい。私、浅見さんとは一年生も同じクラスだったんですけど、特定の異性をからかっている姿は見たことがないので。授業中も、大人しかった印象ですし」

「いやいや、さすがにそれはないだろう」

「本当ですよ? 女性には優しかったですが、男性には少し厳しめでしたし」


 あいつが? 全く想像できないな。


 嘘をついている訳もないと思うが、それでも意外性が過ぎる。だってあの浅見紗枝だぞ? 俺をからかったり弄ったりすることが趣味だと豪語した奴だぞ?


「なので相馬くんは、浅見さんに好かれていると思いますよ?」


 そう言われてしまうと、照れ臭くて仕方がない。


「そんなことないって」

「ありますよ。だって、私も相馬くんのことは好きですから」


 突然の告白に、息が止まりそうになった。驚きのあまり目を見開いて瀬川さんを見つめると、瀬川さんは言葉足らずだったことに気付き顔を赤くして「今のはそういう意味ではないですからね!」と焦ったように伝えてくる。


「わかってる! わかってるから!」

「う~……すみません」


 恥ずかしさから自分の頬に手を置いて俯く。その姿はとても可愛らしい。


「けれどありがとう。そう思ってもらえるのは、素直に嬉しい」


 瀬川さんは俺をチラリと見てから、一度咳払いをして改めて向き直る。


「友達なんですから、当たり前です。それに、私と相馬くんは先生と生徒なんですから、いつでも頼って下さいね?」

「あははっ。ありがとう」


 だから先生は止めてって言ってるのに。まあ、今はいいか。

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