第31話:修学旅行です③
清水寺。ここは観音様の霊場として、古くから庶民に開かれ、親しまれてきたお寺だ。ここの境内には、国宝や重要文化財を含む30以上の伽藍や碑が建ち並び、創建以来10度を超える大火災に見舞われたそうだが、篤い信仰により何度も再建を施されているらしい。それほどこの清水寺というのは、人々にとって大切な物であるのだろう。
古き良き時代の雰囲気を感じながら、少し班から離れ、岸壁に張り出している本殿の舞台の縁に施されている柵に向かう。風が気持ち良く吹き抜け、夏の温かな温度を運んでくる。
気持ちいな。
柵の上に手を置き、階下を覗き見る。多くの観光客が行き会う中に、別の学校の制服を見かける。男子三人女子三人のグループで、カメラを片手に記念写真を撮っているようだった。
その様子に微笑ましさを感じながら、頬杖を付いて鼻から吐息を漏らした。
瀬川さんに後押しされたものの、どうにも対応が上手くいかなかった。
というのも、浅見に話かけたらもはや何でもなさそうに、むしろ何かありましたかね? と言いたげな雰囲気で出迎えられたものだから、蒸し返すのも憚られて何も言い出せなかったのだ。
謝ると決めた矢先にこれだもんな。情けない。本当に情けないぞ相馬優。
自分の愚かさに溜め息が零れる。このままズルズルと持って行くと、もういいかなって気持ちになってやらなくなるパターンだ。ここは隙を見て二人で話せるタイミングを作るしかないか。
「お~。めっちゃ綺麗だね~」
なんてことを考えていると、隣に寺島がやってきた。彼女は俺を見ると少し口角を上げて、風に靡く前髪を抑える。
「困り顔だね」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
元はと言えば、寺島があの時あんなことを言わなければ、こんな気まずい雰囲気にはならずにすんだのに。
寺島は「悪いとは思ってるよ」と口を尖らせながら抗議して、柵の上に両手を重ねて置き、その上に自分の顎を乗せる。
「普通にからかっただけだったのに、まさかあんな反応されるとは予想外だったし」
「俺からするとかなり悪質だったぞ?」
どっちに転んでも恥ずかしい未来しかなかったからな。
「ちゃんと反省してます。だから相馬も、ごめんね」
「……いいよ。今さらだし」
別に怒っている訳でもないし、ちゃんとこうやって謝られているんだから、許すのが当たり前だ。
「よし! 私の清算はこれで終了! 後は二人だね!」
ない胸を張り、腰に手を当てて俺を見上げる。真っ直ぐに見つめるものだから、自然と視線を逸らした。その様子に、寺島は溜め息を吐く。
「たく。何を遠慮してんのよ。これくらいで拗れるような関係でもないでしょ?」
「わかんねぇだろそんなの。俺は浅見のことはよく知らないし。女子からしたら、そういう風に思われるのは嫌だろう? それにさっき……普通に話されたんだ。なんでもないみたいにさ」
あれは多分、お互いに気にしないようにしようという、浅見なりのサインだったのかもしれない。だったら俺も、何も考えず流した方が、浅見の意志にも沿うことになる。
「だったら、いいかなって」
「……正直、相馬がそれでいいって言うなら私はもう何も言わないけど。私だったら言って欲しいかな」
寺島を見る。彼女は柵を背に本殿の中をジッと見つめていた。視線の先を追ってみると、瀬川さんと新嶋さんと一緒に、写真を撮っている浅見の姿があった。
「それが友達なら余計ね。隠し事とかはするかもしれないけど、これは別に、隠すような問題でもないと思うよ。引き起こした私が言うのも何だけどね。ホント、何様だよって感じ」
自虐するように嘲笑する寺島。普段とは少し違う、どちらかと言えば塚本と一緒にいる時に見せた表情に近い印象を受ける。もしかしたら、こっちが寺島にとっての素なのかもしれない。
「なんか、そっちの方がいいな」
「ん? ……なんか漏れてた?」
口走ったことに自覚がなかったのか、口元を抑えて心配そうに見つめてくる。
「バッチリ漏れてた」
「うわ~。紗枝と塚本以外には普通にしてたつもりだったんだけどな~。相馬といると距離感鈍る」
「なんだそれ」
「親しみやすいって言ってんの。それくらい察せよ鈍感男」
「鈍感……なんか急に口悪くないか?」
あまりの変化に物申したが、「これが素なんですよ」と微笑を浮かべて、寺島も舞台中に足を向ける。
「なあ寺島」
「ん?」足を止め振り向く。
「あいつと、二人きりになれないかな? さすがに、他の連中がいる前ってのは言いづらくて」
寺島は眉を顰めて考えてくれるが「ちょっと難しいかもね」と答える。
「相馬みたいにフラッ……と一人になってくれるならまだしも、紗枝はたぶん、他の人から離れるようなことはしないでしょ」
「寺島がどうにか」
「できないことはないけど、たぶん今朝のことで結構警戒されてるから、露骨にはできないかな」
「そうか……」
「……旅館まで待ってて。その時になんとかしてあげる」
「本当か?」
「うん。だからそれまでは、一先ず楽しんだら? いつまでも黄昏てると、すぐ老けるぞ~」
おちょくるように笑ってから、寺島は浅見たちの所に戻って行く。
本当に誰のせいだと……と思いつつも、こうして気を使ってくれる寺島に感謝をし、俺も彼女の後を追うのだった。
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