第71話(サイドs):そりゃあ気になりますよね

 補習もなんとか合格ラインに到達して夏休みが終わり、清々しい気持ちのまま新学期を迎えたわけなのですが、始まって早々に私の気持ちは悶々としている。

 放課後の図書室。私は数学の問題集を開きノートに向かい問題を解きながら、けれども頭の中は数学のことなどみじんも考えられてはいなかった。それもこれも、私の目の前に座る彼、相馬優さんのことが気がかりだからに他ならない。

 週に三回ほどある優さんとの勉強会は、夏休みが終わった後も継続している。本来ならば補習が終わるまでの関係だったが、私が無理を言って続けてくれるように頼んだ。優さんは快く受け入れてくれたけど、正直なところ私は少しだけ、ずるいことを考えていた。


 私は優さんのことを好いている。そう自覚をしてからはできる限り積極的に話しにいったりもしているけど、優さんの周りは綺麗な人が多いからか、どれだけ彼の意識を引けているかはわからない。だからこうして二人っきりになれる口実を作りたくて、優さんとの時間をもっと作りたくて、こうして一緒に勉強してくれるよう頼んだ。

 優さんが断らないのは、なんとなくわかっていた。わかっていて私はその提案をしているので、ずるい女だなと思ってしまう。でも好きだからこそ、独占したいと思う気持ちは当たり前のことだと思っているから、ずるくても実行するべきだ。

 ……でもやっぱり利用しているような気がして、良心が痛い。


 チラリと、優さんの顔を見る。


 普段の優さんは自分の勉強をしつつ私の指導をしてくれているが、今日は手に文庫本を持って、本の世界に身を投じている。

 ただ、本を読んでいる姿も、私にとってはすごく素敵に思える。できることならずっと、彼のその姿を見つめていたい。だがさすがにジロジロ見るのは怪しまれるので、時折こうして見る程度にとどめている。


 視線を落とし、ノートを見る。


「……」


 勉強をしなければいけないのに、どうしても手が動きそうになかった。優さんが目の前にいるから、というのも多少はあるのだが、それだけではない。

 昨日から、ずっと気がかりなことがある。それは、クラスで彼の隣の席になった一人の女性のことだ。


 彼の隣の席になった彼女、日角瑠衣さん。お人形さんのように整った顔立ちに、女の子らしい低身長なのにスタイルがよく、マシュマロのように柔らかな雰囲気をまとっている、女の子のよいところ具現化させたような存在。女子の私から見ても羨ましいと思う彼女が、なぜか優さんを文化祭実行委員に誘ったのだ。

 理由は本人じゃないからわからないけれど、それでも私は彼女のあの行動に、不安を感じた。


 もしかしたら、日角さんは優さんのことを好いているんじゃないだろうか?


 いままで彼女が優さんと話している姿は見たことがない。けれどもあの場で、他のクラスメイトが聞いているあの場で優さんを指名したということは、そういうことなのかもしれない。

 優さんは凄く魅力的な人なので、影で好いている人がいてもおかしくないと思う。でもまさか彼女のような、女の子を体現したような子がライバルだなんて……だとしたら私は、彼女に勝つことができるのだろうか?


「……どこかわからないとこでもある?」

「あっ、いえ。日角さんは優さんのことが好きなのかなと思って……」


 ……あれ?


 顔を上げて優さんを見る。彼はキョトンとした表情で、私を見ていた。


「あの……声に出てました……よね?」


 念のため訊ねると、優さんは少し戸惑いつつ「あっと……そうね」と視線をそらしながら答える。


 あっ……穴があったら入りたい!


 恥ずかしさのあまり顔を手で覆って俯く。


「えっと……ちなみにどういう意図で?」


 突然、日角さんとの関係を示唆されて状況に追いついていけない優さんは、文庫本を閉じて私に訊ねる。

 これはもう言い逃れができない。けれど、どう言えばいいのか。素直に言ってしまって、私の気持ちが知られてしまうのは怖い。関係が変わってしまうのは嫌だし、もしこの勉強会も策略の内とバレたら『幸恵ってそんなずるい人間だったんだな』なんて失望されるかも……ありえないと思うけど、そんな可能性も考えてしまう。

 なるべく濁さなければ!


「その……文化祭実行委員に直々に指名されていたので、そうなのかなと思っただけでして、けして他意はないですよ!」

「ああ。それはたぶん無いと思うよ?」

「……ふえ?」


 はっきりと否定する優さん。えっ? そうなの?


「あいつのは、一年の時に隣の席だったんだ。その時もたいして会話もなかったし、お互い結構距離もあったよ」

「そう……なんですね」

「たぶん、同じクラスじゃなければ今後一切かかわることもなかったと思うし、好きってことはないでしょ」


 だとしたらますます疑問だ。仲がよかったわけでもないのに、なんで指名なんてしたんだろう?


「やっぱり好きなんじゃ……?」

「えっ?」

「あっ! いえ、何でもないです! 不思議ですね!」


 危ない、また口に出てたみたい。


 愛想笑いを浮かべつつ、なんとか優さんの興味をそらす。優さんはどこか納得していない様子だったが、一先ずは誤魔化せたかな?

 ただ、嫌な話を聞いてしまった。これは女の勘ではあるけれど、この感じをみるに日角さんはたぶん、優さんのことを好いているんだろう。


 どう……しよう……。


 心のここにあらずの中、なんとか勉強に取り掛かる。けれど優さんとの二人っきりの時間を堪能することなく、勉強もたいして身につかず、もやもやを募らせたままその日の勉強会はお開きとなった。

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