第72話:思わぬショッピングデート
あの日の係決め以降、何故か紗枝の機嫌が戻らない。
何かあったわけではないと、俺は思っている。けれども実際に紗枝は日を跨いでも不貞腐れた様子で、授業中の構ってアピールも減っている。
まあ以前から、俺のためとか言って減らしてくれていたんだが、だとしても違和感を覚えてしまう。
何しちまったんだろうか?
考えても正直わからない。なんせ理由がわからないのだから、察することもできないだろう。
ただ確実に溝のようなものは生まれている。それも修学旅行の時のような……ちょっと嫌だなと思う溝が。
「はぁ……」
自然とため息がこぼれていた。
考えててもしかたがない。一先ずこちらからアクションを起こして、関係修復を図るしかない。
ただそれもこれも、お姉の誕生日プレゼントを選んでからの話だな。
学校の最寄り駅前のショッピングモール。修学旅行の前にも紗枝や寺島たちと一緒に来たことがあるところ。今日はそこに、俺は一人で訪れていた。
普段は来るような場所ではないが、今日は誕生日を明日に控えた我が姉、相馬日花のためのプレゼントを買いに来たためだ。
うちは毎年、誰かの誕生日にはプレゼントを贈る習慣がついている。なので年に三回、母親、父親、姉にプレゼントを贈っている。もちろん俺の誕生日の時は、その三人から個別でプレゼントを貰っているので、これは一種のお返しのような意味も含まれている。
ちなみに去年お姉からもらったのはゲームソフト。特にやりたいとも思っていないタイトルだったので、反応に困った覚えがある。
さて……何をあげたものか……。
ショッピングモールの案内図を見つめながら、どこに向かおうか考えていた。正直な話、お姉が何が好きで何が欲しいのかわからない。
お互い趣味も違えば、好きな食べ物や感性だって違うのだ。そんな姉が今欲しいものなんて、俺がわかるわけもないだろう。
適当に買って適当に渡すのも考えた。けれど去年、なんだかんだと高めのプレゼントを受け取ってしまったために、それ相応の額は出さないといけないと思っている。たとえ欲しいものでなかったとしてもだ。
一階から順繰りに見て回るって手もあるが、あんまり遅くなると母親を心配させてしまうので、できるだけ目星はつけていきたい。
一先ず家電系や雑貨から攻めていくか。
とりあえずの方針を決めた俺は、肩に掛けた鞄の紐を掛けなおして、家電量販店のある四階に行くためにエスカレーターに向かう。
「あっ、相馬だ」
「えっ? 嘘」
突然名前を呼ばれて、声のした方に振り向く。するとそこには、ギターケースを背負った寺島と、少し気まずそうに俺を見つめる紗枝の姿があった。
「紗枝、寺島」
「珍しいね、相馬が一人でこんなとこにいるなんて」
「あ~、まあな。ちょっとプレゼントを探しに」
「……もしかして女?」
寺島のその言葉に「いや、お姉だよ」と即座に否定する。
女子にプレゼント渡すような男に見えるのかね? 彼女もいないし、女友達なんて数えるくらいしかいないぞ俺は。
しかし寺島は「さすがに嘘でしょ?」と何故か認めなかった。
お前には俺がどういう男に見えてるんだよ。
「気軽にプレゼントを渡す関係のやつなんていねぇよ。そもそも柄じゃないし」
「まあ、それはわかる。相馬はそういうのしなさそう。ねぇ紗枝」
「そうだね。記念日とかも忘れそうだし」
それはさすがに心外なんだか。
「そういう寺島たちは、買い物か?」
「いや、私はたんなる暇つぶ……」
突如として寺島の口が止まる。そして紗枝と俺の顔を交互に見つめて「紗枝、相馬のプレゼント探し手伝ってあげたら」と提案してきた。
「えっ!?」
突然のことに紗枝はちょっと後ずさり、困ったように俺の顔を見てから、視線を下に向けた。
それに俺は、少しだけ寂しいものを感じた。
「でも、突然迷惑じゃ」
「はぁ? さすがにそんなことはないでしょ。ねぇ相馬」
紗枝を見つめる。彼女も俺の視線に気づいて一度見てくれる、やはり視線をそらした。
お互いに、気まずい空気が流れていた。
もちろん、俺は紗枝が来てくれれば心強いと思っている。女子目線からプレゼントを選べるんだから、俺一人で選ぶよりずっと効果的だと思う。けれど紗枝が俺と一緒にいて気まずいと思うなら、今は無理に一緒にいる必要はないのかもしれないと、どうしても思ってしまう。
ならいっそ、今は断ってしまった方が……。
そんなことが頭をよぎったその時、「面倒だから拒否権はないからね」と寺島が心なしか怒っているような声色で、両人の意志とは関係なく話を進める。
「紗枝」
「はい!」
「あんたはいい加減にしなさい」
「……はい」
二人にしかわからない会話に置き去りにされていると、睨みつけるような視線で寺島はこちらを見た。
「相馬!」
「はい!」
「これ以上、私を怒らせないで欲しい」
「え~……?」
なんで怒っているのか理由もわからないのに、理不尽にキレられてしまった。
ていうか、怒ってる寺島が凄く怖い……。
「はい、行く」
紗枝は寺島に押されて俺の方によろめく。
「えっ? 寺氏は来ないの?」
「行くわけないでしょ。じゃ、朗報待ってるから」
それだけ伝えて、寺島はそそくさとショッピングモールの出入り口に向かっていった。呆然とたたずむ、俺と紗枝を残して。
お互い顔を見合わす。
「とりあえず……よろしく頼む」
「……うん」
気まずさを脇に置いて、歩き始める。とりあえず今は、お姉のプレゼント選びを優先しよう。紗枝とのことは、今は流れに任せる。
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