第26話:相馬優と塚本誠治

 ある日の昼休みのこと。普段通り弁当を片手に、隣のクラスに居る塚本のところに訪れる。高校に入ってから、弁当は基本的に塚本と食べる事が多くなった。というのも、高校一年生の時に、塚本とは席が隣同士ということと、あいつが気さくな性格ということもあり、かなり早い段階で友達になれたからだ。

 それからと言うものの、お互い相性が良かったのか一緒にいることが増え始め。今では仲のよい友人である。

 塚本という人間を表すとするなら、王子様。皆のアイドル。学校の人気者。そんな言葉が上がってくる。しかし俺からすると、その呼称は間違いだと言わざるおえない。もし俺が奴のことを表すとするならば、策士的な王子様。腹黒モデル。笑顔の詐欺師。きっとこれらの事があげられるだろう。

 表と裏。人間なら必ず持ち合わせている表の顔と裏の顔。前者を表とするならば、後者は裏。恐らく俺だけが知り得るあいつの真意だ。


 隣の教室の扉を開けると、案の定塚本は他の女子たちに捕まっていた。

 全ての女子にたいして柔和な笑みを浮かべ、当たり障りない返答をし、女子たちをキャーキャー言わせている。

 毎日のことなので相変わらずと思うが、いまだにあの輪の中に飛び込む勇気が出ない。というか以前、意を決して飛び込んだら女子たちに凄い目で睨みつけられたので、それが怖くて萎縮してしまっている。なので俺は、あいつが俺に気付くまでドア付近で待っているのだ。


 俺が見ていることを察知したのか、目線が合う。それを合図に一度廊下の窓際まで撤退する。

 生徒たちの喧騒に耳を傾けながら塚本が来るのを待っていると、弁当を片手に思いのほか早く姿を現した。長い時は五分くらいは来ないのに、今日は早めに解放して貰ったのだろう。


「お疲れ」

「な~に、疲れてはないよ。ちやほやされるのは好きだからね」

「それだけの為に、よくもまあそんなキャラ付ができるもんだ」

「夢を与えるのも王子様の役目なんだよ。それに、普通じゃつまらないだろ?」

「その気持ちはよくわからねぇよ」


 呆れてものも言えない。

 こいつはいつも、全ては女子たちにちやほやされるため、という邪な目的のために、こうやって自分ではない自分を演じている。だがなにぶん顔がいいため、普通なら苦労しそうな異性にモテるという行為を可能にしてしまった。そして異性に受けのいい笑顔と対応、学力や運動においても隙を見せない徹底ぶり。もはやちやほやされたいがために、そこまでするのか!? と思ってしまう。俺だったら絶対に無理な話しだ。


「相馬だって、女子にキャーキャー言われたいんじゃないの?」


 歩きながら道行く女性たちの視線を釘付けにし、そのほとんどの相手に律儀に手を振りながら、けれども話はちゃんと俺に向ける。いつもながらこいつの隣を歩くのは疲れる。


「そんなことはないよ。いつも見られてるみたいで息が詰まる。それだったら一人でいた方が何倍もましってもんだ」

「そういうもんかな。男って結局。女の子にカッコいいとか言って貰うだけで、バカみたいに頑張っちゃう人種だと思うけど。そういう経験ないの?」


 言われて考えてみて、つい最近そういうことをされたことを思い出した。ただあれは直接頑張れと言われた訳じゃないし、ジンクスって言ってシャーペン交換しただけだしな。


「ないな」

「そもそも言ってくれる女子がいないって?」

「……まあ。そうだな」


 いない。ということはないと思いたいが、今のところはそうだな。


「相馬。顔は悪くないんだから、その捻くれて陰鬱な性格さえ直せば、結構モテると思うよ?」

「余計なお世話だ。お前から言われてもお世辞とも思えねぇよ」

「これでも本気なんだけどね」

「えせ笑顔向けられても説得力ないな」

「酷いな~。心の底から笑ってるよ?」

「それは嘘だろ?」

「バレた?」


 階段を上って屋上手前の扉の前まで来る。ここでいつも、何気ない話をしながら二人で弁当を食べる。最初は教室で食べていたけれど、教室だと他の女子たちの視線が痛いので、俺がお願いして人の少ない場所に移したのだ。

 階段の縁に腰を下ろして、脇に置いた弁当を広げる。


「相馬はさ。女子にモテたいとか思ったことないの?」

「ないことはないよ。これでも男だからな。でもモテないことがわかって、今はそういうことは諦めてる」

「諦めるにはまだ早いでしょ。俺達は高校生なんだから、磨けば誰だって光るものだよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんさ」


 お互い手を合わせて「いただきます」と言ってから弁当を食べ始める。


「相馬の顔がいいのは本当だから、見た目を少しいじれば女子受けはいいよ?」

「別に女子全般に受けるのはいいんだけど……」

「特定の誰かにするのも、女子全般にするのも一緒だよ。目的が違うだけ」

「目的?」

「特定の誰かのために身だしなみを整えたら、その他もついてくるからね。違いがあるとすれば、自分の心づもりだけだね」

「なるほど」


 モテるやつは考えることが違うな。


「カッコいいと思われたい女子くらいはいるでしょ?」

「……」


 そう言われて最初に思い浮かべたのは、なぜか俺の後ろの席に座っているあいつだった。

 別にあいつにカッコいいとか思われたいと思ったことはない。これはただ単純に、ここ最近関わってる女子があいつだけと言うだけで、それだけの理由で思い浮かんだだけだ。好みの話しをすれば、俺はどちらかと言うと瀬川さんの方が好みである。だから断じて、あいつにカッコいいと思われたい訳じゃない。


「その顔はいると見たね」


 抜け目なく見抜いて来るイケメン。反撃とばかりに「お前はどうなんだよ」と訊ねる。

 ただ答えは見えてるけどな。どうせこいつのことだから、特定の誰かのためにやってるんじゃないよ。とか、歯が浮きそうなナルシストな台詞を言うに違いない。


「いるよ」

「またそうやって……えっ?」

「いるよ。俺はそいつのためにこうして王子様やってるからね」

「いるの!? えっ、本当に!? 好きな人!?」

「そんなに意外か? これでも男子高校生なんだから、好きな人の一人や二人はいるもんだよ」

「マジか……」


 本当に意外だった。あんなにいろんな女子にちやほやされるものだから、特定の誰かを想定はしていないものと思っていた。でもこいつなら、すぐにでも付き合うことはできるだろうし、もしかしたら既に付き合っているのかもしれない。


「そいつとは、どうなんだ? というか、お前の現状見て何も言わないのか?」

「相馬さ。俺がイケメンだからすぐ付き合えるだろとか思ってるでしょ?」


 図星を付かれて黙る。


「残念ながら俺のラブコールはいまだ届かないのだよ」

「お前でも靡かない女子が居るんだな」

「これが意外にも多くね。相馬の知り合いにも一人居るくらいだし」

「寺島か」

「イケメンだからって、最初から付き合えると思ったら大間違いということさ。だからこうして、自分磨きをしているって訳」

「それが王子様キャラってことか?」

「それは俺が単純にちやほやされたいだけ。それとは別だよ」

「なんだよそれ」納得して損した気分だ。

「はははっ。まあ俺が言いたいことは、好きな人のためなら努力は怠るなってことさ」


 なんだか最終的に言いくるめられたような感じになったが、自分ではよくわからない気持ちになる。


「よくわからねぇな」

「いずれわかるよ。好きな人ができればね」


 そんなもんか。


 まあ現状、好きな人が出来たことのない俺にとって、関係のない話か。いや……例え出来たとしても、俺がその人のために努力する姿が思い描けない。やっぱりありえない話だな。


 そんな風に思っていたけれど、そういうのはいざなってみるとわかるもの。塚本がこう言った言葉の意味を理解するのは、少しだけ先の話し。

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