第27話:趣味ってあった方がいいんですかね?

 テストが終わったとしても、授業はいつも通り行われる。まああると言っても二週間だし、その後は修学旅行なので、授業自体はあってないようなものだ。

 先生の中には、範囲を先に進める人もいれば、他の時間に割り当てる人、雑談で話が終わる人など様々だ。生徒側からしたら、できるだけ勉強は避けたいと思うので、授業なんかしないでほしいと願っている人間が大半だ。

 俺は勉強が嫌いではないので、正直どちらでも構わない。ただ欲を言うなら、俺は勉強に時間を割り当てたい。なんせ期末試験は順位が下がったし、浅見はまさかの一位になってたし。だから今は勉強熱が高まっている。


「……」


 しかしそれは俺だけの話かもしれないし。現に、現国の先生はまるでお笑い芸人のごとく、その巧みな話術でクラスの笑いをかっさらっているし。そして俺の後ろに席に座っている女子、浅見紗枝は俺のワイシャツを引っ張って構ってほしいとアピールしてくる。今この教室の中で勉強にいそしもうと思っているのは、恐らく俺だけだろう。


「……」


 無言で、ただただ無言で、後ろの席のやつがワイシャツを引っ張ってくる。そろそろズボンからシャツが出てきそうだから止めて欲しい。というか、なんで無言なんだよ。いつもみたいに話かけてくるか、つつくかすればいいのに。

 ため息を吐き出し、少し椅子を下げて後ろを振り向く。いつもみたいに先生の目を気にしての肩越しからではなく、背もたれに腕を置き、体を横に向けた。


「なんだよ?」

「暇だな~、と思いまして」

「どうせ勉強なんてしないんだから、年中暇なもんだろ?」

「さすがに年がら年中暇な訳ないでしょ。暇なのは学校の授業だけだよ」

「そこは一番暇しちゃいけないようなところじゃないのか?」

「そうかな~?」


 全く悪びれもなく断言するけれど、実際授業はいつも適当に流しているのに常に上位の成績なのだから、勉強にかんして言えば別に授業を受けなくても問題ないんだろう。しかしこいつには言わなくてはならないことがあることを、俺は今まで失念していた。


「平常点って知ってるか?」

「授業態度とかで加算される点数でしょ?」

「そうだ。そしてこの学校は平常点が全体の二割をしめている。この意味がわかるか?」

「つまり八割が勉強の点数なんでしょ? それくらいはわかるよ」


 危機管理能力がないのか、それとも勉強さえできていれば問題ないと思っているのか。とにかく明るい表情で受け答えをする。

 平常点というのは評定平均にも関わってくる重要な項目だ。普段の授業態度から、教師側が査定し決めていく。平常点なんて必要あるの? とか思うかもしれないが、それが意外にも重要になる場面があるのだ。

 それが推薦入試など、一年~三年までの評定平均がガッツリ採用されるものなど、一般入試とは違うところで必要になってくる。例え勉強ができていようと、授業態度に難ありだと推薦は難しい項目になっていく。俺はもちろん推薦は狙ってるし、浅見もこれだけ勉強ができるんだから、わざわざ一般で入ろうなんて思ってないだろう。

 なので推薦を取るということは、それだけ平常点も必要になってくるのだ。意外にもこれを知らない学生は多い。俺自身も、推薦狙おうと思って調べたから知っただけだ。


「推薦狙ってるなら、平常点はちゃんと取った方がいいぞ?」

「相馬は推薦狙ってるの?」

「ああ。ってお前、もしかして推薦狙ってないのか?」

「うん」


 まさか過ぎる返答に、空いた口が塞がらない。


「一般かセンター狙いか? そんな勉強できるのに?」

「うん。まあ勉強できるから別に推薦じゃなくてもいいかな~って思って」

「なんてもったいない。もらえるものはもらっとけよ」

「なんだかんだくれるとは思うよ? こんだけ勉強できるんだから、学校としてはいいところ行って欲しいだろうし」


 なんという策士。学年一位だからこそ言える言葉だな。というか、さりげなく考えてはいるんだな。


「先のことはなるようになれだよ。でも心配してくれてありがと」

「別にお前のためとかじゃないからな。俺の平常点にも響くってだけ」


 ただでさえここ最近は、こいつの相手をしてるせいで平常点を落とし気味なのに、これ以上下がったら俺の推薦がなくなってしまう。


「大丈夫でしょ。成績は悪くないし、なんだかんだ言ってちゃんとまともに授業は受けてるし。私からみたらすんごい優等生だよ?」

「お前からそう見られてもしょうがないだろ。ともかく、後期からはあまりちょっかいかけないでくれよ?」

「は~い」


 完全な生返事に渋い顔になる。浅見はこれからもちょっかいはかけてくるのだろう。これはあれだ……席替えまでの我慢だな。


「相馬って本当に勉強ばっかりだけどさ」

「ん? うん、まあそうだな」

「趣味とかって持ってるの?」

「趣味?」


 趣味か……。


 普段から勉強をすることが染み付いてるからか、それ以外の選択が思い浮かばないな。ゲームをすると言えばするが、好んでやるという訳でもないし。音楽、料理、その他芸術科目においても、さほど興味はない。


「ないな。やっぱり勉強かもしれない」

「ええ~? 人の趣味はそれぞれだと思うけど、さすがにないわ~」

「そんなもんか?」

「私からするとね。ちなみに、もし勉強が一週間禁止とかになったら、相馬どうするの?」

「それは……」


 正直なにもすることがない。あれ? もしかして俺って……実はとてつもなくつまらない人間なのでは?

 今更ながら思い知らされる、このガリ勉加減。高校生でも勉強が趣味の人はいると思う。けれど俺の場合、勉強は好きとかではなくするもの。義務として取り組んでいるところがある。けして自分が勉学が好きでやり続けているという訳ではない。

 だからこれは、俺にとって趣味ではない。


「まあ、ない人もいるからそこまで深く考えなくてもいいんじゃない?」


 よほど真剣な顔をしていたのか、やんわりとフォローをいれてくれる。しかし思い知らされる自分の無趣味さに、よくわからない不安感が湧いてきた。


「趣味って……どうやったら見つかるんだろうな」

「それを言っている時点で、結構不味いよ」

「浅見は、なにか趣味ってあるのか?」

「私は料理と手編みかな。あと相馬弄り」


 最後の以外はかなり女性的な趣味だ。あと思ったよりインドア派なんだな。


「手編みって、この時期何をするんだ?」

「冬に向けてマフラー作ったりするよ? あとは編みぐるみとかも作るかな」

「なんか、似合わねぇな」

「叩くよ?」

「だって仕方ないだろ。お前は見た目はかなりギャルっぽいんだから、もっとはっちゃけたことが趣味だと思うじゃん」

「意外にもインドア派なんだよね~私」

「そこも結構意外だよな」

「アウトドアも楽しいけど、家でゆっくりするのも好きなんだ」

「家でゆっくりね~」


 確かのそれはわかる。俺も休みの日はできるだけ家でゆっくり過ごしたい派だ。ただそれは、家でなら勉強ができるからと言うだけで……それ以上の理由はない。


「わかんねぇな」

「相馬って実はアウトドア派なの?」

「ん? ああ、違うよ。俺もインドア派。今のは趣味の方」

「ああ、そっち」

「そっち」

「だったらさ。夏休み。色々やってみればいいんじゃない? まだ二年生だし。少しは余裕あるでしょ?」


 確かに。これから夏休みなのは助かる。普段だったら勉強かなとも思うが、それだけというのも寂しいものだ。せっかくの夏休みなんだし、有効に使っていきたい。


「なんだったら、一緒にどっか行ってもいいよ?」

「その時になったら頼むかもな」


 煩くなりそうだけど。


「本当? 男に二言は無しだよ!?」

「武士かよ」


 というか、思ったより食いついてきたことに少し驚いている。

 浅見は「約束だよ!?」と再度念押しをして、嬉しそうに笑った。その様子に、なんだか心の底の部分がむず痒くなって、自分の首をさすりながら前を向く。

 黒板の前では、いまだに先生の愉快な話が止まらないでいた。頬が緩むのを感じるが、それは先生の話からなのか、それとも夏休みに浅見と会うからなのか……その真意については考えないでおこう。

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