サイドt:修学旅行での一幕

 修学旅行二日目の夜。

 私の友人である浅見紗枝が、想い人である相馬優との関係がギクシャクしてしまったので、いい加減どうにかせんといかんと思った私は強行手段に出た。

 その方法は、本来男子禁制である女子の部屋に相馬を連れ込み、逃げ場をなくしていやおうなしに話さないといけない場を設けるというものだ。

 お互いきちんと話せば場が丸く収まると考えてのことだった。実際に問題自体はなんやかんやで解決し、関係も相馬いわく(終始しどろもどろだったけど)修復できたとのことだったのだが。


「なにをどうしたらそんな緩んだ顔になるんだよ?」


 相馬と入れ替わる形で部屋に入ったら、紗枝は幸せオーラを全快にして待っていた。相馬がいなくなるのを確認すると、いままで堪えていた表情筋が活動し出して、にやけるのが止まらないのか、見たことないデレデレ顔を晒している。

 紗枝自身も自覚があるのか「えっとね……いやごめん。本当ににやけるのが止まらない」と顔を手で覆って見せないようにしている。


 これはあれか? 予想に反してついに告白が起こったのか?


 ない話だと思っていたが、意外に積極的だな。まあ二人は端から見れば好き同士。そんな二人を密室に閉じ込め、お互いの気持ちを再確認させたのだ。いくら相馬が鈍感くそ野郎だとしても、ワンチャンあってもおかしくない。

 長かったな。四月からだから約三ヶ月ちょっと。後期は相馬が勉強に集中し出すだろうから、夏休みの間にいっぱいイチャイチャすればいいさ。普段からもいっぱいイチャイチャしてたけども。


「おめでとう。今夜は赤飯ね」


 夕飯もう食べちゃったけど。


「……どういうこと?」


 私の言葉の意味が理解できてないないのか、ようやくにやけ顔が戻った紗枝は小首をかしげる。


「えっ? 相馬とご入籍したんじゃないの?」

「まだ結婚はしてないよ!?」

「けれど恋人同士にはなったと」

「なってないなってない! まだ友達のままだから!」

「……はっ? 嘘でしょ?」


 慌てて否定する紗枝に、純粋に驚いた。


「だって二人きりだったんでしょ? それに意外にも時間かかってたし……てっきり告白の勢いそのままにそっち方面で盛り上がってるのかとばかり」


 私の言葉の意図が伝わったのか、真っ赤な顔になる紗枝。


「そんなことするわけないでしょ!」

「冗談に決まってるでしょ」


 もしそんな行為してたら私は相馬を許さない。所詮体だけが目的のくそ野郎に、絶対に紗枝は幸せにできない。私が徹底的に教育してやる。


「ただまあ、告白くらいはするのかなって思ってたんだけど……」

「そんなことができれば苦労はないし。それに……」

「やっぱり告白は相馬からして欲しい?」


 素直に頷く。その反応が可愛い。


「じゃあ何があったのさ? というか、ちゃんと仲直りはしたんだよね?」


 相馬のことを疑ってる訳じゃないけど、再確認のため訪ねる。


「仲直りっていうか……元々、喧嘩してた訳じゃないんだけど」

「わかってるはそんなこと」


 喧嘩というより、関係がこじれて変な意識をしてしまうカップルだったからな。


「ちゃんと話したよ。お互いがどう思ってるのかも」

「うん」

「それで……ちょっとありまして」


 ちょっと?


 照れて斜め下を向く紗枝を、覗き込むように見上げる。すると紗枝は私の視線から逃れるように顔を背けるが、私は逃がさないように彼女の視界に自分が入り込むように動く。

 圧力に負けため息を漏らした紗枝は、渋々といったぐあいに話し出してくれる。


「途中、先生が見回りに来ちゃって」


 おっ。なんだか近視感。


「それで相馬を私のベッドに押し込んで、やり過ごして」


 うん。私もそんなんだったな。私の場合自ら入ったけど。


「そんで……そのままちょっと添い寝した感じになった」

「はっ?」


 そいね? そいねって……添い寝?


「何がどうなったらそうなるんだよ!?」


 あまりの急展開に脳の処理が追い付かない。というか自分から行ったのか? この純情乙女が自分から? ベッドの上に女子から行ったら、そりゃあもうGOサインのようなものじゃないのか!?


「本当に襲われてない? 平気だったの?」

「だからしてないって」

「本当のところは?」

「されてもいいかなって思いました」

「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど、まあいいや」

「えっ?」


 私的には、本当にされてないんだよね? って意味だったんだよね。思わぬ収穫でまた一つ紗枝の弱味を握ってしまった。


「まあでもよかったよ。襲われてたら私が相馬を物理(拳)かっここぶしで襲ってるところだったから」

「さすがに野蛮すぎるよそれ」

「なに言ってんの。すぐに手出してくる男なんてろくでもないに決まってるんだから」

「相馬は、ちゃんと紳士的な人だと思うけど」


 あばたもえくぼって言葉があるけど、そうならないことを祈ろう。


「なるほどね。添い寝までしたからそこまでニンマリとしてるってことか」

「……」


 顔を赤らめて視線をそらす紗枝。

 これ、他にも何かあったな。


「吐け、全部吐き出せ」


 そして面白い話題を私に提供しろ。


「絶対にいや!」

「言うんだ」

「嫌だ!」


 逃げるようにベッドの中に潜り込む紗枝。そうとう恥ずかしいことがあったのだろう。くそ。気になるな。

 ただ親しき仲にも礼儀ありだ。ここまで抵抗してるんだから、深追いは止めよう。


「はいはいわかったから。もう聞かないから」


 ベッドの中から顔だけ出して、疑ってる目付きで見てきた。信用ならんてか。


「本当に聞かないから」

「本当?」

「うん、本当」

「……わかった」


 掛け布団を捲り、再度向かい合うようにベッドに腰かける。


「まあでも、大丈夫そうでよかった」

「……うん。ありがとう、寺氏」


 彼女の満面の笑みに、頬が綻ぶ。

 二泊三日の修学旅行、その全部が気まずい状態ってのは味気ない。どうせなら、仲のいい状態で楽しんで欲しいものだ。

 これなら最終日は、少し騒がしい二人が見れるかもな。


 ~~~


 なんて昨日は思ってたけど。


 修学旅行最終日。京都市内を観光して、昼過ぎくらいには電車に乗ることになる。それまでの間は班による自由行動。なので私たちは、お土産を見ながら美味しいもの巡りでもしようかという話しになっている。

 きっと紗枝のことだから、猫かぶり全快で相馬をからかいに行くのだと思っていた。しかしどうだ。


「……」

「……」


 お互いを意識しすぎて昨日とたいして変わらないような距離感になっている。

 ただ嫌な感じというよりは、お互いを意識しすぎて避けてるように見えるから、昨日より気まずいと思う雰囲気はない。

 これはいわゆる、照れ避けというやつでしょうね。昨日本当に何があったのかわからないけど、それが尾を引いて今も意識しちゃってると。それはまあ……なんといいますかまあ……。


 中学生かよ。


 その言葉を飲み込んで、顔を合わさずも隣を歩く二人を見て、ため息が漏れるのだった。

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