第40話:相馬くんのバイト先①
朝9時過ぎ。夏休みだからもう少し寝ていたかったのだが、残念ながら今日はバイトの日。普段なら学校があるため夕勤なのだが、夏休みということもあり今日は一日中仕事だ。
けしてバイトが嫌いと言う訳ではないが、夏休みになったことで多少夜型になっていることもあり、朝のこの時間でも体が怠い。
心なしか肩も凝ってるように感じるし、やっぱり遅くに寝てるから疲れが取れてないのかな?
靴に履き替え、肩を回してから手を組んで、掌を真上に押し出すように伸びをする。多少は体の固さは取れたが、まだ本調子とはいかないようだ。
まあ、自転車こいでれば体も動くようになるか。
外出用のワンショルダーのバックを肩にかけて玄関の取っ手に手をかけた時、「優? 今日バイト?」と声をかけられる。
「ああ、うん……って」
話しかけてきたのは、大学が夏休み入ったことで日中家にいるようになった我が姉、
「なんつー格好してんだよお姉」
キャミソールに短パンと言った目のやり場に困りそうな涼しい恰好をしており、カチューシャで前髪を上げておでこを出し、アイスキャンディーを食べ、もう片方の手には財布が握られている。家の中だからとはいえ、さすがにだらしない姿だ。
お姉はアイスキャンディーを齧りながら「別に家なんだしよくない?」と開き直る。
「まあ、そのまま外に出る訳じゃないから俺はいいけど。母さんが面倒だろ?」
「別にいいでしょ、適当に流しとけば。あんたは母さんの言いなりになり過ぎ」
「その大半の責任はお前にあるんですが?」
「成績勝ってからものをいいな」
勝ち誇った笑顔にこめかみがピクピク動く。
「それより、外でるんでしょ?」
「そうだけど」
「お金あげるからアイス買って来てよ」
「別にいいけど。夜になるよ?」
「かまわん」
「……何?」
「ダッツがいい。チョコクッキー。あんたも欲しかったら買っていいから。はい千円」
食べ終えたアイスキャンディーの棒を口で咥えながら、財布の中から千円札を取り出した。
俺をそれを受け取り、一先ず自分の財布の中に仕舞う。
「いってら~」
「いってきます」
玄関を開けると、夏の日差しによって温められた風がお出迎えをしてくれて、息苦しさを感じる。
あっつ。
太陽に文句を言いたくなるような暑さだ。これがまだまだ続くと思うと、今年の夏はヤバいかもしれない。
玄関の隣に置いてある自転車の鍵を開けて引っ張り出し、押しながら勢いを付けつつ自転車にまたがる。
少しだけ風が冷たくなったように感じたけれどそれも結局最初だけ、駅前に着くころにはきっと汗だくになっているだろう。
~~~
結局汗だくになりながらも、駅前のバイト先にたどり着いた。
一見アンティークショップか何かと思うような、古めかしい佇まいのお店。外から見たらこれがコーヒーショップ件カフェだとは誰も思わない、むしろなんでアンティークショップじゃないんだよと言いたくなる、そんな外観。
入り口の扉にはクローズの掛札がかかっていて、まだお店がやっていないことがわかる。
シャツで汗を拭いながら、お店の扉を押し開ける。カランカランと鐘の音をさせて、入って来たことを知らせた。
中はシンといていた。入ってすぐにあるショーケースの中はまだ何も準備されておらず、奥の来客用の椅子がテーブルの上にひっくり返されている。
店長は裏か。
店の奥からカウンターの内側に入り、そこから厨房に足を運ぶ。
厨房では、冷蔵庫から丁度ホールケーキを取り出すキッチン服姿の店長の姿があった。
店長は鋭い目付きで俺を睨みつけると、「おう、おはよう」と挨拶をしてくれる。
「おはようございます」
「掃除と豆補充頼む」
「了解です」
スタッフルームに鞄を置き、お店のエプロンをして手をアルコールで消毒する。
さてと。
朝やることはそこまで多くない。適当に床の掃除とテーブルとカウンターをダスターで拭いて、持ち帰り用のコーヒー豆と入れ物の補充をする。
コーヒー豆はすでに挽かれた物を使い、瓶から専用の密閉袋に移し変えて販売する。重さは間違えないように計りにかけ、溢さないように入れないといけない。もし溢すと店長が凄い目付きで睨んでくる。
暖かみのある橙色の電気を付け、ショーケースの蛍光灯も付ける。
金庫からレジ金を補充し、五万円になるように調節すれば、朝の仕事はほとんど終わり。後は開店まで待つだけだ。
厨房から店長がやってきて、ショーケースの中にケーキを並べていく。ラインナップはショートケーキ、アップルシフォン、チーズタルト、ロールケーキ、フルーツタルトの五つ。どれも美味しそうだ。
「悪いな相馬、朝から」
ショーケースにケーキを準備し終えた店長が、お盆を手渡しながらそう言った。
「いいですよ。どうせ暇ですし」厨房に戻しに行きながら答える。
「夏休みだろ? どっか遊びに出掛けないのか?」店長はカウンターの後ろにあるドリップコーヒーの準備をしながら訪ねる。
「別にどこも行きませんよ」
「寂しいやつだな」
「酷い言われようだ」
厨房から戻りカウンターを出る。店に付けられた壁掛けの時計を確認して、そろそろ開店の時間が迫ってることを気がついた。
「店長。オープンにしますよ」
「おう。どうせ昼過ぎまで誰も来やしない」
お店としてそれはどうなんだと思うが、実際休日の昼間でもたいして人がこないので、いくら夏休みとはいえそこは変わらないんだろう。
掛札をひっくり返しオープンにする。店に戻ると、店長はお湯の準備をしていた。
「そういや相馬」
「はい?」
「今週の土曜出れねぇかな?」
「今週ですか?」
「おう。
普段だったらいいですよの二言返事なのだが、その日は浅見と出掛ける約束をしている。
「すみません。その日は難しいですね」
「なんだ、暇じゃないのか?」
「友達とちょっと出掛けるんです」
「……女だろ?」
「えっ……」
「なるほど……そうか。そりゃあ無理だな」
カマをかけられ簡単にひっかかる俺。
痛感する理不尽にこめかみが反応するが、相手は店長なので強くは言えない。グッと堪えてお客さんが来るのを待つことにする。まあ、そんな簡単に来ないとは思うけどな。
「ああそうだ。言い忘れてた」
店長はお湯に意識を向けつつ、俺の方を向く。
「今日、新しいバイト来るから」
「えっ? それ今言います?」
「今言わないでいつ言うんだよ。喜べ、女子だぞ」
「いや、喜べって言われても」
むしろ相手が女子な分、気を使う部分が多くなると思うんですが。
「10時には来いって言ってあるから、たぶんそろそろ――」
店長が言い終わるよりも早く、お店の扉が開く。カランカランと鐘の音をさせて入って来たのは、見たことある長い前髪の女性。普段はその前髪のせいで表情が読めず、交流もわずかなためどんな性格のなのかもクラスないでは定かではなかった。しかしこないだの修学旅行でついに彼女の性格が露見。まさかのオタクなうえ、意外にも饒舌という、見た目に反するキャラに圧倒されたものだ。
「こんにちは。今日からお世話になります。新嶋と……もうします」
俺と視線が噛みあい、言葉に詰まる。かくゆう俺も困惑している。まさか知り合いが新しいバイトさんだなんて。
「なんで相馬さんがここに?」
「それは俺の台詞だ」
「おっ? なんだお前ら知り合いか?」
「ええまあ……新嶋さんとは学校が同じで」
「なんだそうなのか。じゃあこれからのこと任せてもいいか?」
「えっ!?」
「だってその子ホールだし。ホールのことはお前の方が詳しいだろ? なっ」
なっ、って言われても困るんですが。
しかし困っているのは何も俺だけじゃない。今日来たばかりの新嶋さんも、どうすればいいのかわからず入口の前に立ち止まったままこちらの様子を窺っている。
一先ず放置する訳にいかないし、新しいバイトなら一応先輩である俺がなんとかしないといけない。むしろプラスに考えよう。全く知らない女子じゃなくてよかったってな!
「あ~、新嶋さん。一先ずスタッフルームに案内するよ」
「あ……よろしくお願いします」
お互いにぎこちなさを感じながら、なんとも言えない不安感にかられるのだった。
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