第13話:これも一つのギャップだろうか

 今日も一日お疲れ様でした。

 鞄の中の教材を確認しつつ、図書室の利用状況について考える。


 本日は特に予定もないので、家でやるはずの復習と予習を詰めるべく図書室に行こうと思っている。図書室でやろうと思ったのは完全に気分。いつも家でやるけれど、たまには場所を変えて新鮮な空気で勉強をするのもありだろう。


 今日は古典を中心に復習して、予習は英語にしよう。英語は特に文法が苦手だから、そこを集中的にさらっとくか。


「そ~うま」


 鞄のチャックを閉めたと同時に、浅見の顔が視界に飛び込んでくる。突然のこともあったが、ふわりと彼女の髪が揺れいい匂いが漂い、ドキリと心臓が跳ねる。それに加え、顔が近い。


「なんだよ?」


 なるべくそっけなく返すと、特に気にせず「もう帰り?」と訪ねてきた。


「いや、これから図書室で勉強」

「うわ、また勉強ですか? 相馬って意外とガリ勉タイプなの?」

「どうだろう。勉強自体はそこまで好きでもないんだけど……小学校の時から親が勉強に関して煩かったから、自然とするようにしてるって感じかな」

「へ~。だから相馬って頭いいんだ」

「まあ学年五十位以内だからな。塾にだって行ってないし、バイトもしてるのに、それなりに凄いと思うぞ?」


 自惚れるわけではないが、それなりに自分のことは褒めているつもりだ。実際前回の中間テストは学年四十二位。上位の成績に片足突っ込んでいるのにもかかわらず、週四でバイトに入り大学の学費も稼いでいる。けして自分一人で払う気などないが、それでも親の負担を減らすために、せめて四分の一でもいいから稼ぐつもりだ。

 しかし、先程も言ったが、家は小学校のころから勉強には煩かった。そのせいもあり、成績の変動次第ではバイトは禁止と言われている。やはり親としても、出来る限り勉学に打ち込んで欲しいのだろう。


「まあ私は三位ですけどね」


 誇らしげに胸を張るが、正直その成績が本当なのか今でも俺は疑っている。だってこいつは事あるごとに俺にちょっかいをかけてくるサボり魔なのだから、授業態度からして成績がいいとは到底思えない。

 なので適当に「ああ、はいはい」と聞き流しつつ、俺は鞄を肩にかけて席を離れる。


「ちょっと~。いつになったら信じるわけ?」

「お前が俺よりも成績取ったところを見たら信じる」


 教室を出て図書室に向かう。


「結局期末まで待たないといけないってことか……」

「それよかお前、いつまで付いてくるんだよ?」


 この学校の図書館は三階にあり。俺たちの教室は二階にある。帰るなら必然的に階段を降りて一階に行くので、今まさに階段を登り始めてる俺とは別方向になるはずなのだ。しかし浅見は、当たり前のように俺の後ろに付いてきている。

 キョトンとした顔をするので、「俺は図書室に行くんだけど?」と帰るなら下だろと遠回しに促すが、「折角だから私も勉強しようと思って」と笑顔で返された。


「俺は勉強しに行くんだぞ?」

「わかってるよ?」

「お前に構ってる暇はないぞ?」

「あっ、からかうために付いてくと思ってるな?」


 それ以外に何がある。


「失礼しちゃうな~。これでもちゃんと勉強するために行こうと思ったのに。相馬はそんなに私のことが信用できない?」

「普段の行いを胸に手を当てて考えてみろ」

「つまり相馬は私と一緒にいることが嬉しいということだね」

「胸に手を当てて出した結論がそれかお前。ポジティブ過ぎるだろ。それと別に、俺は嬉しいとかそういうのはないからな。普通だからな」

「照れない照れない。ほら行こ?」


 いつの間にか先を歩き出した浅見に、深くため息が漏れた。

 こりゃあ静かに勉強はできないかもな。適当にやって、後は家でやろう。

 自分の中でそう決めて、スキップしそうなほど上機嫌の浅見の後ろに付いていくのだった。


 ~~~


 図書室は思っていたよりかは人がいた。けれど勉強ができないほど人で溢れかえっているわけではないので、利用する分には問題ないだろう。

 手頃の四人がけのテーブルに腰を落ち着け、俺の目の前に浅見は座る。


「相馬は何の勉強?」

「古典の復習と英語の予習」

「文法?」

「文法。苦手なんだよ」

「相馬って理数系だっけ?」

「そうだよ。そういう浅見は?」

「私はなんでも系」


 なんだよなんでも系って。苦手分野はないですアピールか。


「苦手分野ないけど、しいて上げるとすれば数学かな。ケアレスミスが目立つんだよね」

「さいですか」


 なんでも系についてはスルーすることにし、床に置いた鞄からノートと教材を取り出す。浅見もきちんと勉強するつもりがあるのか、ルーズリーフと教科書を取り出した。教科書の表紙を見ると、数学と書いてあったので、今日のところの復習をするのだろう。


「わからないところあったら教えてあげよっか?」


 浅見はいたずらっぽく笑うので、「寝言は寝て言え」と冷たくあしらい、勉強に入る。ぶつくさと何か言っているようだったが、さすがに声が小さすぎて聞こえなかった。




 そわそわと、気持ちがなかなか落ち着かない時間を過ごした。

 というのも、気が散った原因は目の前に座っているやつのせいである。

 特に何かしている訳でもないし、ちょっかいもかけてもない。ただ普通に勉強しているだけ、だけなのだ。しかしそれがなんというか、慣れない!


 真面目に、真剣に、浅見は教科書とにらめっこしながら問題を解いていく。おさらいだけあってそこまで手こずっている様子はないが、時折手を止めると器用に手の上でペンをクルクルと回して考える。

 そのあまりにも普通な姿が、逆に俺にとっては異様な光景に思えてしまい、真面目な姿は実は演技で俺が意識を反らした隙を狙っているのでは……なんて考えが起こる始末。おかげで逐一彼女の行動が目についてしまい、なかなか勉強がはかどらない。


 とてもじゃないが、効率的とは言えないな。まさか本当に真面目に勉強しているとは思っても見なかった。しかもなんか……こう……。


 ジッと、彼女が勉強する姿を見つめる。

 普段は常に緩んだような締りのない顔で可愛らしい表情が多い彼女だが、こうやって真剣な顔つきをするとグッと色っぽさが増す。少し節目ながちな瞳に、キュッと閉ざした唇。長い髪が顔にかからないように定期的に耳にかける仕草が、男心を擽るといいますか、むしろ抉り出して心臓鷲掴みぐらいになり、人を欲情させてくる。


 ただ勉強してるだけなのに。ただ勉強してるだけなのに!


 何故か負けた気持ちになるのは、いったいどういうことなのか理解に苦しむが、けして嫌な感情ではなかった。

 俺の視線に気がついたのか、彼女は顔を上げて俺を見る。バッチリと視線が噛み合うと、彼女は小首をかしげて、どうかした? と目で訪ねてきた。


 その表情を真正面から受ける止めることができず、浅見に聞こえる程度の小声で「なんでもない……」と呟くと、視線を下に向けて勉強に集中するフリをする。


 これはあれだ、普段見せないような姿に困惑してるに過ぎない。けして、見惚れてた訳じゃない。単純に、ギャップにやられただけだ。

 そう自分に言い聞かせるようにして、いまだに太鼓を叩くような音を体に響かせる心臓を落ち着かせようとする。けれどなかなか落ち着いてはくれず、それから数分の間、浅見にバレないように深く深呼吸を繰り返したのだった。

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