第130話(サイドh):本当にずるい
思い出すだけで恥ずかしさが込みあがってくる。
——今年は私と、文化祭を回ってください─―
去年までの私だったらまず、絶対に、確実に言わないようなセリフ。今年は一応の覚悟を決めて、偶然にも舞い降りた二人っきりというチャンスを生かせたと思う。それだけでも大きな変化だ。
それに、是が非でも誰よりも先に誘う必要があった。
相馬の周りには魅力的な女の子が多すぎる。よーいドンで動き出したら、たぶん私は彼女たちを追いこすことができない。それだけ私は、遅れているんだと思う。
それにいくらフライングで走り出したところで、一番の強敵にはあっさり抜かされる可能性がある。
「おはよ~、日角さん」
「あっ、おはよ~、あさみん」
彼女、浅見紗枝と相馬優の間には、それだけ確かな繋がりがあるのだから。
あさみんは鞄を自分の席に置くと、そのままの流れで彼女の一つ前の席に座る。ちょうど私の隣の席。私の思い人である、相馬の席。
「昨日のドラマ見た? 西島さんちょ~かっこよかったよね」
「うん。かっこよかった」
「私、あの人が警棒をシュッて出すとこ好きでさ」
「めちゃくちゃピンポイントだね。まあでも、わからなくはないかな。かっこいいよねあれ」
「うん。すごくかっこいい」
高校生女子がするような、そんな何気ない会話。彼女の誕生日を祝って以来、私と彼女の関係はそれなりに進んでいた。もちろんまだお互いの腹の中までは見せてないけど、これくらいの日常会話は普通にするようになった。
こうして彼女のことを知っていくと、実は私と似てるところが多いということに気づく。寂しがり屋で、人の視線を気にして、押してるように見せてるだけでかなりの臆病。普段の立ち振る舞いからは到底想像はできないけれど、数日間彼女のことを観察してわかったことだ。これは仮面をつけて生きてきた私だから、理解ができたのかもしれない。
私も人の視線をよく気にしてるし、一人にならないようにとうまく立ち振る舞うために仮面をつけるようになった。それは本心を隠すと同時に、臆病な自分を覆ってるに過ぎない。
それをはがされてしまえば、きっと私は人の顔をまともに見ることはできないだろう。
そんな雰囲気が、彼女にはある。
きっと時期が来れば、あさみんは相馬のことを文化祭に誘うのはずだ。それは確定事項で、相馬がその後の選択肢をどうするのかが問題だ。まあ、私が先に手を出している以上は、そう簡単に揺らぐことはないと思うけど。そういうところが律儀で、だから好きなんだけどね。
でも一応念のため、念のために釘は刺しておいた方がいいのかな。
「……そういえばさ――」
あさみんに牽制するつもりで話し始めたその時、「おはよ~」と聞きなれた声が真後ろで響き、あまりの突然の出来事に驚いて肩が跳ねた。
……あぶな。
「あっ、おはよ~優」
「おう。日角もおはよ」
「うん。おはよ、相馬」
なんとか笑顔を取り繕って、挨拶を済ませる。相馬は少しだけ私の顔をジッと見てから、特に触れることなく「紗枝さんどきなさい」と、いまだに相馬の席に陣取っているあさみんを見やる。
「後ろの席空いてますよ?」
「そこお前の席。俺の席はここなんです」
「たまには後ろから見る景色も悪くないと思いますよ?」
「ふむ。それもまた一興か……なんて言うわけないだろ。内申点に罅を入れたくないんだよ」
そう言われてしまうと、彼女もごねることはできず、「それくらい大丈夫でしょ~」と文句を垂れつつも椅子から立ち上がった。けれども今度は、机の端にちょこんと座って、席から離れるようなことはしなかった。
「……」
「……どうかした?」
「なんでもない……」
彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、相馬の反応を楽しんでいるようだった。相馬も相馬で、なんだかんだでまんざらでもなさそうだ。
ああ本当に、ずるいな~。
この席になって、毎日のように見ているこんなやり取り。お互いがお互いを意識しているのに、気づかないフリなんかしちゃってさ。
「妬けるな~」
ふと漏れてしまった言葉に、近くにいたあさみんが「ん?」と反応する。咄嗟に、なんでもないよと首を振って、「相変わらず仲いいな~と思って」と思ってることを十二分にオブラートに包んで言った。
「そうかな~?」
あさみんは本当にわかりやすい。口では否定しているけど、嬉しさが隠しきれてない。よくこれで今まで相馬の目を盗めたもんだよね。まあ、相馬も相馬で超がつくくらい鈍感だから、仕方ないかもしれないな。
「そういえば日角さん。さっき何か言おうとしなかった?」
「ん? 何って?」
「ほら、相馬が来る前」
「あ~……」
さすがに、もうこの場で言えないでしょう。好きな人の目の前で、あんまり自分の悪いところは見られたくない。それに正直、言うのだって勇気がいるんだ。
こんなことを言ってしまえば、私たちの関係はギクシャクするに決まってる。そうなったらいままでみたいに話せないし、笑いあったりもできない。だからさっきは、相馬が来てくれてよかった。そうじゃなかったら私は、相馬の嫌いな私になってしまうだろう。
人を陥れるような人になる。
それは嫌だ。理想は、私が告白しても崩れない関係でいられること。だったら言うのは今じゃない。本気で伝えられるくらい、覚悟を決めないと。
「なんでもない、気にしないで。どうしようもない話だから」
苦笑いしつつ「教科書取ってくるね」と逃げるように席を立ち、廊下にある1列2段の2人用個人ロッカーに向かう。まだ授業まで時間があるせいか、人はほとんどいなかった。
上段側を使用している私は、ブレザーの胸ポケットから鍵を取り出して、ロッカーのカギを開ける。その時に、罪悪感から大きなため息が零れた。
「ダメだな~……」
「何がダメなんだ?」
「――っ!」
ロッカーのドアを開ける瞬間に、なぜか隣にいる相馬に話しかけられる。驚きのあまり、また肩が跳ねた。
「ビックリした……脅かさないでよ」
「日角でもそんな風に驚くんだな」
「普通に驚きます。相馬は私をなんだと思ってんの?」
「仮面女子」
「……」
まさにその通りですけど、改めて言われるとちょっとむかつく。
私の後ろを通り過ぎて、自分のロッカーの前まで行く相馬を睨みつける。彼は私の視線に気づくと、苦い顔をして「ごめん……」と素直に謝った。
まあいいけどさ。本当のことだし。
「でも、そっちの方がいいよ」
「……えっ?」
「日角はそっちの方がいい。こないだも思った」
「……」
言われて、きっと文化祭に誘った時のことを言っているのだろうと察する。恥ずかしさに眉を顰めたが、それ以上に相馬に良いと言ってもらえたのが嬉しくて、複雑な感情が胸の中で暴れていた。
「まあ、いつもの日角もらしくていいけどな」
「……」
「でも何かあったら言えよ、力になるからな」
「……うん」
きっと難しい顔をしていたのを見て、心配になって来てくれたんだろう。現に相馬の手に持っているのは次の数学の教材じゃなくて、その次で使う現代文の教科書だった。
彼はそれだけ伝えて、教室に戻っていく。私はそれを見送ってから、開いたロッカーの中に頭を突っ込んで、大きなため息を吐いた。
「ずる過ぎるよもう~……」
好きすぎて、なぜかちょっとだけ怒りを覚えた。
でもおかげで少し気が楽になった。こんな単純なことで元気になっちゃうなんて、私って単純なのかな。
そう自分のことを自虐しながらも、そんな自分を嫌いになどなれず。上機嫌のまま、私は教室に戻ったのだった。
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